2010年 3月 18日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉131 北島貞紀 終の棲家

 先日、盛岡市内の喫茶店で「H氏をおくる会(偲ぶ会)」が開かれた。15、6人集まったその日のメンバーは、サイクリングを通じての仲間で、僕だけが枠外の人間だった。ただH氏がこの店に来るきっかけを作ったのは僕だった。そして、僕を含めてその日集まった誰一人として、H氏の素顔、詳細を知らなかったのである。

  2月の中旬に「H氏が亡くなった。しかも1週間もたってから見つかった」というメールが入った。「えっ、ウソだろう?」だって、1カ月前くらいに顔を合わせて、元気に言葉を交わしたばかりなのに。大阪出身で、退職後、奥さんの実家がある盛岡に越してきたと僕は聞いていた。とても気さくで、楽しいことに積極的な人という印象だった。

  この店で、半年に1回ライブをやっているのだが、その告知をFMの番組でおこなった。2年前のことである。それを聴いて、H氏は店を訪ねてきたのだ。たまたま、この店のオーナーの趣味であるサイクリング(といっても本格的で、指導者なのだが)で、文字通り歯車があって、そのチームに入ったのである。H氏は、もうひとつのサイクリングチームにも所属していて、この日は二つのチームのメンバーが、H氏の思い出を語りあった。どうも、彼は自分のことは意識的に話さなかったらしい。いくつもの「?」が浮かぶ。

  H氏の唯一の肉親である妹さんが出席するはずであった。彼女は、ロスアンゼルスに在住で急を聞いて駆けつけたが、煩雑な手続きや処理の心労がたたって欠席した。後日、彼女からの話を聞いて驚愕した。

  「兄は弁護士でした。父は裁判官であちこち転勤したが、盛岡が気に入り退官後、家を建てて居住しました。両親亡き後、兄は退職したのを機に盛岡に越したのです」、「兄はあまり世間とのかかわりを持つのは好きではなく、友人も少なかった」

  H氏は盛岡でそれまでとは別の人生を生きようとしていたのかもしれない。合掌。


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