2010年 3月 29日 (月)

       

■ 〈トシコズ・ドリーム〉63 ケネディセンター・ソロ・ライブ 照井顕

 ニューヨークへ初めて行ったのは93年。92年にオープンした「ファイブ・ペニーズ」のオーナーで友人の荒谷光彦さんが、僕を連れて行ってくれたのだった。かつてニューヨークに住んでたジャズピアニスト・健末路氏企画のジャズクラブ巡りツアーへの参加。

  92年、穐吉敏子ジャズオーケストラを盛岡と大船渡で主催したとき「ファイブ・ペニーズ」オープンスペシャルという冠を付けたことや、彼が経営している「ビル・エヴァンス」という美容室で行った「ジャズライブ」のミュージシャン調達係みたいなことで手伝っていたことから、彼が僕を招待してくれたのだった。

  翌94年からは、僕が個人的に「ジョニーと行くニューヨーク」という旅を企画し、その4回目の00年、われらがジャズピアニスト・穐吉敏子さんが初めて米国立ケネディセンターから、コンサートを依頼されたと言うので、全国の知り合いや、穐吉ファンに声を掛け18名で聴きに行ったのだ。これは大阪に住む実の姉・美代子さんも友人2人と一緒に参加してくれた。

  時は4月1日。100年前に東京から贈られたという、日本の桜が満開のワシントン・DC。そこで、70年前満州(現中国)で生まれた「大和撫子」(やまとなでしこ)がソロピアノでジャズの花を咲かすという美しい光景のコンサート。

  実はこのコンサートに臨むにあたって穐吉さんは、なんと1カ月近く日本中をソロピアノでツアーを敢行。その最後に「陸前高田ジョニー」で仕上げライブを行い、その4日後にケネディセンターのステージに登ったのだった。

  穐吉さん70歳の時のこのコンサートは、ライブ録音され「ソロ・ライブ・アット・ケネディセンター」として発売になったが、なんとCDのライナー・ノーツを書いて欲しいと発売元・クラウンからの依頼にビックリの僕。CDには日本から行った御一行への、ステージ上での穐吉さんの言葉も残されていた。


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