2010年 8月 3日 (火)

       

■ 〈古都の鐘〉43 大事な脇役 チャペック・鈴木理恵

     
  パリ音楽院学生時代、ペロフ先生のコンサートでの譜めくり  
 
パリ音楽院学生時代、ペロフ先生のコンサートでの譜めくり
 
  室内楽をする時に、欠かせないのが譜めくり、ピアニストの楽譜をめくってくれる人である。譜めくりと侮る事なかれ、地味な役柄ながら、これが意外と簡単なものではない。

  パリの音楽院の学生だったころ、師事していた先生の紹介で、ルーブル美術館の音楽ホールの譜めくりとして何年かアルバイトをしていた。1回の演奏会で当時80フラン、大体晩ご飯1回分くらいの報酬。時にはリハーサルにもつき合うことになったから、決して割のいいバイトではなかったけれど、演奏者の舞台裏、素顔を間近に見られるのが興味深くて、逆にずいぶん勉強させていただいたと思う。

  良い譜めくりのこつみたいなものを、ずいぶんそこで身に付けたから、ほかのところでもよく頼まれるようにもなった。

  というのも、わたしもいろいろな人に譜めくりをしてもらって分かるのだが、芳しくない譜めくりだと、演奏者はかえって不安の材料を抱えることになってしまうからである。それくらいなら自分でめくれるように、どうにか工夫した方がよほどいい。

  初めのころは知らない曲があると、事前に譜を見たりCDを聴いたり予習して出かけていったものだった。繰り返しの有無などは演奏者によっても異なるから、手のひらに1楽章は2回、2楽章は3回などと書いたりしたこともあった。

  同じ曲の譜めくりも、普通の部屋なら問題なくできても、ホールの音響によって舞台上ではずいぶん異なって聴こえることもよくあるので、このパッセージはチェロのパートを追っかけて聴いてなどと思っていると、意外に聴こえづらくて焦ることになったりする。そういうことから、譜めくりを通して楽譜を鳥瞰的に見ることも学んだと思う。

  ページをめくるタイミングは早すぎても遅すぎても困るので、余裕を持って立ち上がり、かといってあまり早いと舞台でボーっと突っ立ったままになってしまうから、適度なころ合いをみて、演奏者の迷惑にならないように左上からページの上をつまむ。

  ジャケットの袖や身頃が鍵盤を覆わないようにも注意。間違って2枚一緒にめくらないように、指先で瞬時に紙の厚さを把握することも忘れない。ページの最後の小節のあたりになったら、いつでも演奏者の欲する時にめくれるように、譜を目で追いながら、同時に演奏者の微かな合図にも気を配る。

  そこという時に素早くめくり、空調でページが元に戻ったりしないよう、さりげなくかつ演奏者の視界を妨げないようにページを押さえる。そして音を立てないように静かに素早く座る。

  演奏者によってはずいぶん緊張してナーバスになっている人もいて、そうするとそのガチガチの緊張が譜めくりにまで伝わってきて、こちらまで震えてしまうこともあった。

  一方、リヒテルの譜めくりをする羽目になったカッサールというピアニストは、かわいそうに大御所に低い声で、シッパイシタラコロスゾ!と言われたとか。譜めくりにとっては背水の陣もいいところ、身の境遇を嘆くしかないだろう。

  思えばこれまでずいぶんいろんな譜めくりをしたものだ。フランク・ペーター・ツィマーマンとロンキッヒの絶妙な、長年デュオをやっているものにしか出せないような、あうんの呼吸。ベロフ先生らによるバルトークの2台のピアノと打楽器のためのソナタの譜めくりは、シャンゼリゼ劇場の何千人もの聴衆の前だったので、恐ろしく緊張したこと。

  ラジオの公開生放送で突如譜めくりを頼まれ、それが手書きの楽譜だったから読みにくい上、ページをめくったら白紙が現れ、わたしの頭も真っ白になったこと。これにはかなり動転して、同行した友人によると、ピアニストから楽譜を取り上げ必死に次ページを探す必死なわたしと、なんとか曲をめちゃくちゃになりながら続けようとする必死な演奏者の姿があったという。(これはさらにもう1ページめくればよいのであった)

  白井光子とヘルムート・ヘルの素晴らしかったシューマンの夕べも忘れられない。白井さんが、その服、素敵ね!と、本当にフレンドリーに接して下さったこと、譜めくりがやりやすいように、失敗のないようにと考えられた、ヘルさんの楽譜の書き込み。

  某CDの録音では、譜めくりが立ったり座ったりする時に、スカートの裏地がカサコソするから気をつけてと言われたこともあった。

  シェボック先生の晩年の演奏会の譜めくりは、傍にいるだけで何かとても大切なものをいただいているような、貴重な幸せな時間だったこと…。

  こうして奏者のごく近く、ほんの40−50aほどの距離にいると、演奏には奏者の人となりが、隠しようもなく現れるものだなとつくづく思う。その人の発するオーラのようなものが、花のにおいをかぐように強く感じられるのである。世の名声は人の目を眩(くら)ますけれど、音楽は正直に物事を語る。身震いがする。さあ、わたしも練習しなくちゃ。

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