2010年 8月 29日 (日)

       

■ 〈介護士日記〉7 畠山貞子 詩人になったMさん

 猛暑が続き、朝露に光っていた稲の葉先もやわらかになり、実を付け始めた穂が重そうに垂れてきた。訪問先のMさんは長い間、農家を支え家族を支え、90歳になんなんとしている。今は別棟に独り暮らしをしている彼女が、上がりかまちに腰をかけ、ポツポツと語る姿はまさに詩人のようであった。

  「おれ、なして?あのとき、自分のわらす(子ども)外に連れ出さなかったのかなあ…」自戒の念を込めて言う。戦後間もなくの物不足の時代、姑が後妻として嫁入りした娘を迎え、応対していた。婚家先の子どもを連れて里帰りしたのだった。姑が卵を割って、炊きあげたばかりのご飯にかけ、その子どもに勧めた。「わたしも!」とMさんの子どもが茶わんをのべたときには卵の黄身はなく、少しの白身としょうゆだけだった。何しろ鶏は飼っていても、卵は貴重な現金収入なので、めったに家で割って食べることはなかったのだ。かわいそうにMさんの娘はワーッと泣いて「おしょうゆしかない!」とわめき立てた。Mさんはたまらず、わが子を引っ張ってきて撲(ぶ)ってしかった。大人たちの間には気まずい雰囲気が流れたが、やがて忘れ去られてしまった…。

  ところが、子どものころの記憶はどこまでも鮮明である。自分でも孫を持つようになった娘に最近、口説かれたという。「あのとき、母さんにしこたま撲たれたよなあ…」と恨むように言われたとき、返す言葉がなかったという。

  年を取った特典は正直になっていくことだと思う。一枚一枚、汚れた皮を剥(は)ぐように素直な自分になれる。わたしがこの仕事を得て本当によかった…と思えるのは、こういう話を聞けたときだ。

  そんなお話をお聞きしてからも連日、暑い日が続き、さすがのMさんも元気がなかった。気になりながら退去した日、夕刻訪れた娘がいつになくぼーっとしているMさんの異変に気付き、熱中症が騒がれているときだ…すぐに衣服を脱がせ、熱いタオルで清拭(せいしき)したという。それで生き返ったようだったと伝えてくれたMさん。やはり、家族でなければできないことがあると、肝に銘じたことであった。

(紫波町)


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