盛岡タイムス Web News 2011年 3月 22日 (火)

       

■ がれきの街、消えた人々 被災の大船渡で新聞発行続ける

     
  一面がれきの野と化した陸前高田市内(20日、本紙馬場恵撮影)  
 
一面がれきの野と化した陸前高田市内(20日、本紙馬場恵撮影)
 
  大船渡市に本社を置き、気仙地方3市町をエリアに発行する東海新報(鈴木英彦社長)は東日本巨大地震発生翌日の12日から新聞を発行した。停電で止まった制作ラインを自家発電で一部再生し、震災発生を号外で報道。2日目からは輪転機を動かし、宅配できなければ社員が被災者に手渡した。3月中は無料で配る。停電と交通の寸断で、一時は孤立無援となった新聞社が、被災地に情報の灯りをともしている。未曾有の危機に報道機関がどのように対処したか、鈴木社長と編集局に聞いた。

  ■高台の上から目撃

  大船渡市大船渡町鷹頭の東海新報社は国道45号近く、大船渡湾口を見下ろす高台に建つ。11日の地震が収まると、眼下の海面が不気味に動き始めた。鈴木社長は「津波が来るだろうと見ていたら、引き潮が何回かあって、あっという間に真っ黒な波が一気呵成に来て防波堤は見えなくなった。町の中はすさまじいことになった」と話す。

  明治から昭和、チリに続く4度目の惨害が襲った瞬間だった。そこには勤務中の社員と家族、そして読者がいた。祈るしかない。津波に備えて立地を選んだ社屋は難を逃れたが、停電で電話、携帯、パソコン、印刷など機材の機能は停止。IT社会のもろさを痛感した。

  鈴木社長は「ただちに記者は取材に行ったが、様子を見に行って戻ってこられない社員が多かった」。周辺の道路は大混乱に陥っていた。「約40人のうち、その日のうちに戻って復帰できたのは半分くらい。総務も営業も寄せ集めて10数人で対処した」という。残った人員で必死に機能の回復を図った。

  ■自家発電機が動く

  命綱は自家発電機だった。「10年以内の宮城県沖地震に備えて、2年前に自家発電機を導入したばかりだった。パソコンは4台ほどは動かせることが分かった」。

  生命線はかろうじて維持したが、輪転機は動かせない。それでも新聞は発行する。印刷できなければコピー機で。間断ない余震の中、残った社員は号外の制作に総力を挙げた。

  鈴木社長には苦い教訓があった。1960年のチリ地震津波では旧社屋が被災して1週間、新聞を出せなかった。すぐ大々的に報じた全国紙や県紙に対して、地元紙が被災者のため役立てない。50年前の轍(てつ)を踏まないため、ここが正念場と腹をくくった。

  とにかく第一報を。対策本部が置かれた大船渡市や関係機関への取材と、総合的な情報を集めて深夜までに判明した分で記事をまとめた。2枚の衝撃的な写真と合わせて構成し、翌朝までにA3の紙に2千部刷り上げた。見出しは「大津波、街を呑む」。

  使命は達成したが、歴史的事件を報じた高揚感などない。発生後から安否不明の社員が出ていた。「家が壊れた社員も多く、一人姿を見せない記者がいて心配した。今も行方が分からない社員が一人」。鈴木社長は心痛を押して陣頭指揮に立った。

     
  被災情報の収集と編集に全力を挙げる東海新報社の記者たち  
 
被災情報の収集と編集に全力を挙げる東海新報社の記者たち
 
  ■がれきの街に新聞を携え走る

  管内の陸前高田市も壊滅したことが分かった。生き残った街は闇に沈み、電池式のラジオ、テレビだけが宮城から八戸まで、三陸全域の悲報を叫んでいた。「外からの情報が全然入らない。何でも構わないから送り届けてほしい」と市民は切望していた。

  社員らは一夜明けたがれきの街に小さな号外を携えて走った。悲劇的な記事の頭に、見慣れた「東海新報」の題字があった。恐怖と寒さに震えていた市民は、早くも地域社会が息を吹き返したことに安堵(あんど)した。

  しかし、さらに深刻な事態が分かった。被災地の新聞販売店が流され、機能するのは3つだけ。何より配達先そのものが失われていた。2日目からは輪転機を少しずつ動かし、4nで7千部刷り、社員が手分けして避難所に配った。制作ラインの復旧を急ぎ、不眠不休で現場を取材し、膨大な安否情報を手分けして打つ作業が始まった。

  ■避難者が欲している情報を最優先に

  佐々木克孝編集局長は「外部から入ってくる情報が限られている中で最大限、正確で避難者が欲している情報を最優先している。悲惨な現実だけでなく、被災者を元気づける、笑顔が出てくるような記事も意識的にあげている。安否情報は1n当たり千人以上を手打ちしている。スーパーやコンビニの販売情報など生活情報も、記者以外の社員に協力させ、出社する際に確かめ、貴重な情報として扱っている。被災地の地元にある新聞社として大勢の人に伝えたい」と話す。地域の総力を挙げて難局を乗り切ろうとしている。
  (鎌田大介)

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