盛岡タイムス Web News 2011年 3月 28日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉12 照井顕「宮静枝のわたしはここにいる」

 連日、東日本大震災の報道が続く。3月も下旬というのに、雪まで降る毎日。ふと、故・宮静枝さんの詩、2編が頭に浮かんだ。

  「海に雪降る 海うずめよと むなしく杳(とお)いそのいとなみの 海をうめつくした時 雪の衣を身にまとい 若者よ あなたは海の底からふたたび還ってくれるだろうか 海に雪降る 海うずめよと 雪ぞ降る」

  “さっちゃんは戦争を知らない”という詩画集に載っている一編だ。僕はこの詩を書にしたため曲をつけ、2007年2月11日彼女のお別れ会で歌わせていただいたのだったが、いつもベッドで、この歌のカセットを聴いてくれていたと聞かされ涙が出た。

  宮さんが開運橋のジョニーにやって来たのは開店した年の2001年11月4日。そして02年の11月4日「村上昭夫の動物哀歌をうたう」というライブに来てくれて、村上昭夫について涙を流しながら語ってくれた光景が思い浮かぶ。

  あの時すでに92歳。つえはついていたが地下から階段を一人で上がって行く後姿にはビックリしたものだ。

  もう一編は「わたしはここにいる 失うものはすべて失い 截(き)る者を切に耐え 来ぬ者を待ち続け
  さりげなくうたい 白いひとすじを下る 人はわたしを川と呼んだ 旅をここまで来た 静かな日だまりだから 過ぎこしは指折らず あの日より少し悲しく みちのくの城下町の川のほとり わたしはここにいる」。

  これは03年に盛岡の馬場町に建立された宮静枝さんの詩碑に刻まれている詩なのだが、何故か僕の今の心境そのものなのだ。この詩を昭和38年4月19日に川原の小石に書いた少年のこと、その石を拾って、ずっと持っていた当時の少年のことなどの記憶が戻ってくる。共に彼らは60代半ばだろうし、僕もすでにさしかかっている。

  この3月24日、陸前高田から新沼茂幸さんが開運橋のジョニーにやってきた。母が盛岡の病院に入院したのだという。彼の会社も津波で流されてしまい、醸造直販という配達方式でお客に届ける昔ながらのおいしいしょうゆをつくっていた人ですが、陸前高田の街はもう、この盛岡のジョニーにしか残っていないと泣いた。
(開運橋のジョニー店主)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします