盛岡タイムス Web News 2011年 3月 31日 (木)

       

■ 〈津波被災の現地から〉宮古市 足りぬ人手

     
  宮古市金浜地区の避難所に個人で物資を届ける雫石町の男性と被災者たち  
 
宮古市金浜地区の避難所に個人で物資を届ける雫石町の男性と被災者たち
 
  ガソリンなど燃料不足が幾分解消され、被災地では救援物資を持参する出身者や親族らの個人支援も進んでいる。下着などの不足はあるが、各避難所に物資が行き渡り始めている。震災から約3週間、生活再建に向け、何が必要になってくるのか。(大崎真士)

  ■思いは感謝、でも

  田老漁協(小林昭栄代表理事組合長、組合員約660人)は、防波堤を超える波が2階床下まで押し寄せた。

  理事1人が行方不明のほか、サケのふ化場にいた組合員4人のうち1人が亡くなり、1人が24日現在も不明だ。加工場や養殖場も被害を受けた。24日も動ける組合員が建物内の整理に追われた。

  藤井充参事は人的な支援について「思いはありがたい。漁協で集約するのはできない。ボランティアは行政サイドの支援として受けたい」と話す。

  「流された施設設備を回復するのに1、2年では無理。組合員の高齢化もあり、亡くなったり不明な者もいる。地区外へ転居する可能性もある。生産意欲のある者がどれだけいるか」。表情が曇る。

  ■人手が必要

  宮古市産業振興部農業課主査の山崎正幸さん(45)は日本防災士会県支部事務局長。

  県支部は08年6月の岩手・宮城内陸地震後に発足した。3月に津波防災の研修開催へ段取りをしていた矢先、巨大地震が起きた。被災者、行政としてかかわることになった。

  「復旧するにつれ需要が変わってきた。ステップの3つ目ぐらい。人が必要になっている」と説く。「年度末で役所の日常業務に対応する人がいない。多数の被災で罹災証明を出す人手が足りない。素人でも業務はできる。疲労で何人か職員が倒れている」。

  ボランティアに対しては「その土地で世話にならない。自己完結で必要なものは自ら持っていく。あしたの分の食料がない、では困る」と理解を求める。

   ◇  ◇

  「連れて来れるだけ連れて来たかった」。雫石町西山地内の温泉宿主人の男性(61)は沿岸にマイクロバスを走らせた。自分の宿に無償で被災者を受け入れる考えだった。長期化が懸念される避難所生活に、支援をしたいという一念だった。

  県主導で被災者の内陸移送も動き始め考え方を変えた。米や生鮮食料、調味料、酒類など嗜好(しこう)品を祖母の実家がある集落に救援物資として届けた。

  燃料や物資があれば必要なものを自ら届ける支援ができる。山崎さんの言う人的支援も可能だ。個人、民間の支援の連携、ネットワーク化が図られれば、きめ細かく必要な支援を内陸から差し伸べることができる。支援の動きを支援する担い手も必要だ。
(終わり)

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