盛岡タイムス Web News 2011年 4月 4日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉13 照井顕 みよし・ようじの「心情」

 「爺さまは歌う、婆さまは歌う、孫らは手拍子、父ちゃん母ちゃん踊りだす。家族皆んな揃ってヨ〜、金札米食べ食べジャズをする。みちのく江刺のジャズシンガーど〜、おらのごど。鶏にぎやかコケコッコゥ、裏の畑でハ〜ポチおしっこもらしたの〜。」

  すごいジャズの演奏と共に熱唱した「みよし・ようじ」の「ながらジャズ音頭」は、1986年から87年にかけて、ラジオ日本の「オール・ナイト・ニッポン」で何度も流れ、聴きながら走っている深夜のトラックが思わず蛇行するとまでいわれた傑作。

  作詞・作曲・歌「みよし・ようじ」本名・柳田美吉。「ミキチ」を「みよし」とし、つまようじの柳に引っかけ「ようじ」としたシャレの芸名。このシングルレコード以前の84年に出したLP「心情」も、全10曲彼のオリジナル作品。

  自らのギター弾き語りの「青い鳥」をはじめ、二階堂修のクラシックギターをバックに歌った表題曲の「心情」そしてB面最後のメイン曲であった「浦島太郎」では、超!フリージャズの板倉克行トリオとの共演「ちれいな人魚ちらちらちらっとちらめいた、腐った魚のこだれだようなあの目つき、魚心あれば水心、ビッど水得た魚のように本能さっそぐくすぐった、こっちこっちと呼んでいる、釣った魚にゃエサやらん、おいしい話にゃ気ィ付けろ、ふぐはちょうちんなってもまだこわい」はまさに日本のジャズだった。

  彼独特のメチャクチャなチューニングでギターをかき鳴らし、ドラムの菊池コージ、サックスの高橋幸世と3人「ながらジャズトリオ」、いわゆる仕事を「しながら」のアマチュアバンドを組んで、休日利用のツアーを重ね、東京のジャズライブハウスにまで出演し「出前一丁手前ミソ」という、エッセイ集の本まで出版し、笑えば顔半分を口にした人。2001年3月(僕は開運橋のジョニー・開店準備中)彼は亡くなった。

  あれからちょうど10年。大津波後の11年3月28日、陸前高田のジョニーがあった場所に立ってみた。街も店も、あった無数の物もあとかたもない。なのに離れた所でチラッと見えたたった1枚のLPジャケット。拾って見たらそれは彼の「心情」だった。
  (開運橋のジョニー店主)


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