盛岡タイムス Web News 2011年 4月 17日 (日)

       

■ 〈古都の鐘〉46 チャペック・鈴木理恵 苦難から希望へ 

     
  ウィーン1区フライウングのイースターマーケット。復活祭に欠かせない卵の殻に絵をつけた飾りが並ぶ  
 
ウィーン1区フライウングのイースターマーケット。復活祭に欠かせない卵の殻に絵をつけた飾りが並ぶ
 
先日の地震のニュース以来、しばらく頭痛と不眠が続いていた。テレビに映し出された故郷のまちの変わり果てた映像は、心に重くのしかかり頭から離れない。同じように友人は吐き気が止まらないとも言っていた。ウィーンにいるわたしたちでさえこうなのだから、被災者の方々の辛労は本当にどれほどのものであろうか。一刻も早く復興し、平和な生活に戻れることを心から願っている。

  オーストリアでも連日、地震、原発関連のニュースが大々的に報道されていた。25年前のチェルノブイリの影響を、1200`離れたものの少なからず受けたこの国、また、現在もドイツ、チェコ、スロヴェニアと国境沿いに原子力発電所に囲まれているこの国にとって、この災害は対岸の火事ではないことがうかがえる。

  偶然それは日本に起こったが、他の場所に起こっても不思議はなかった。

  今回わたしのところにも、日本人のみならずヨーロッパの多くの友人知人から、家族の安否や日本の状況を気遣うメールや電話が相次いだ。このウィーンでも買い物の際など、わたしが日本人と知ると近所の人たちからお見舞いの声をかけられる。人の心の温かさにふと触れてありがたいなと思う。

  それにしてもなぜこのようなことが日本の東北に起こったか。実際的な理由はいくつもあるだろう。しかしながら、なぜ地道に慎ましく生きている良い人たちが苦しい目に遭って悲しまなくてはならないのか。良いもの、美しいものが滅びなくてはいけないのか。この世は不条理だなと胸が重くなる。

  聖書にこんな場面がある。弟子は盲人を見てイエスに問う。この人が目が見えないのはなぜですか、この人が悪いからですか、それとも親が悪いからですかと。イエスは答える。「この人が悪いのでも、親が悪いのでもない、ただ神のみわざがこの人の上に現れるためである」

  日本のニュースを連日追っていて、ふと心に火をともしてくれるような記事をよく目にする。避難所に地震以来初めて郵便が届けられて慰められた話。久しぶりに口をゆすぐことができて気持ちよかった話。被災して行方が分からなくなっていた牛が母校に戻ってきた話。子どもたちが何十`の道のりを歩いて食料を届けていた話。3週間も海を漂流していた犬が飼い主と再び会えた話。被災したイギリス人が政府の迎えを振り切って日本に残った話。友人を残して自分だけいい思いをするなんて、と言って―。忘れかけていたなにか大切な気持ちに再び気付かせてくれて、泣きたいような気持ちになる。

     
  イースターマーケットから。復活祭の象徴としてウサギが描かれている  
 
イースターマーケットから。復活祭の象徴としてウサギが描かれている
 
  わたしの座右の銘である聖書の言葉を二つをもってささやかなお見舞いにしたいと思う。わたし自身、苦しい時に慰められ支えにしてきた言葉たちである。

  「神は人を耐えられないような試練には遭わせません。試練に耐えられるように脱出の道も備えて下さいます」

  「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです」

  震災から1カ月、宮古では初競りが行われたと聞いた。ウィーンの街でもイースターマーケットが立ち上がってきた。復活祭は間もなくである。皆一人ひとりが震災の傷を抱えつつ、なお復活できるように祈っている。
(ピアニスト)

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