盛岡タイムス Web News 2011年 4月 19日 (火)

       

■ 〈イタリアンチロルの昼下がり〉120 及川彩子 町を守る記念碑

     
   
     
  東日本大震災から1カ月あまり。いまだに原発問題が懸念されているようですが、主要道路の復旧や仮設住宅の建設など、日ごとに進む復興の様子は、イタリアでも連日のようにテレビで報道されています。

  ミラノの日本領事館やローマの日本大使館からも、犠牲者名簿から帰国情報まで詳細な知らせが届き、支援活動も始まりました。

  先日の週末には、ヴェネチア大学の日本語学科主催で「日本の災害と復興の歴史」についての特別セミナーがあり、学生たちの関心を高めました。また、構内では、救済のための「日本バザー」が開かれ、収益は日本赤十字社へ。わが家も、浄法寺塗りのわんや三陸産の乾燥ワカメなどをバザーに寄付しました。

  先日、インターネットで日本の新聞を見たところ「ここより下に家を建てるな」と記した石碑が、今回の津波から集落を守ったという記事がありました。明治以来、2度の大津波で壊滅的な被害を受けた宮古市重茂地区の先人の教えの碑だそうです。

  ここアジアゴの公園や学校、教会など市民の集まる随所に「戦争の悲劇を忘れるな」と書かれた記念碑があります。その傍らに、戦争の爪跡を語る大砲や掘り出された砲弾・鉄兜で作ったオブジェが飾られ〔写真〕、軍用地を利用した
散策マップも売られています。

  アジアゴの一帯は、第1次大戦の時、オーストリア軍の進入を防ぐ砦(とりで)となった激戦地。普段、見過ごしがちな記念碑ですが、いつの間にか、人々の心に焼き付いているのです。

  親しい近所のパガニンおばさんに、「日本には『天災は、忘れた頃にやってくる』ということわざがあるよ」と話すと、「イタリアの『人の苦しみは、予期せずに来る』と同じ意味だね」と教えてくれました。

  日本支援の輪が世界に広がる頼もしさを感じつつ、「災害」から人を守り、「平和」を与えてくれるのが、先人の教えであり、歴史であることを、改めて思い直しました。


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