盛岡タイムス Web News 2011年 5月 10日 (火)

       

■ 〈不屈の意志〉アクトディヴァイス・浅沼久社長に聞く 小さな企画から届けたい

     
  震災直後の状況について語る浅沼社長  
 
震災直後の状況について語る浅沼社長
 
  盛岡市の舞台制作のアクト・ディヴァイスの浅沼久社長に、東日本大震災津波のあとの興行や被災地での文化活動について聞いた。同社はホールイベントの照明音響を受注している。3月には発注元のプロモーターのキャンセルや、県内のホールの被災などで、年内のスケジュールがほぼ白紙に戻った。被災地への公演ボランティアなどを仲介し、現地に心のうるおいを与えている。自粛と風評を克服して、イベントの早期復活を求めている。(鎌田大介)

  -3月11日の地震発生後の状況は。

  浅沼 中止とキャンセルで仕事は今年いっぱいほとんどなくなった。4号線沿いの会館は3月は休館した。壁が落ちた、ひびが入ったとかチェックがあった。大船渡は高台にあって避難所になり、久慈もつぶれなかったが被災地になった。宮古、釜石は全滅し、指定管理で入っているところはキャンセルだった。

  揺れているさなかには、客が入っているホールも、保守点検をしているホールもあった。揺れがいったん落ち着いてから外に出ようという指示が利用者にうまく伝わった。どこのホールも春と秋と避難訓練している。まだ昼だったので人は少なかったが、夜なら電気が落ちて大変だったろう。

  沿岸には太鼓フェスティバルなど世話になった人たちがいた。復活したいという話を聞いた。今月末には関西から団体が来て、そこで復興の立ち上げをしたいという。あちこちで神楽の復活などやり始めた。やれる範囲でやろうと始まっているのが頼もしい。

  -盛岡観光コンベンション協会によると、イベントの自粛により4万3千泊分の宿泊が失われたという。風評克服の手だては。

  浅沼 あまり花火を上げなくてもいいが、それなりの考えを持ち、イベントをやって義援金を募集するのもいい。さんさ踊りやチャグチャグ馬コはやるという。コースを変えて縮小するのでもいいから、派手なお祭りにならない程度に、ご先祖様のことを思い出すようある程度のことはやるべきだ。

  どこのホールが使えるのか3月中は問い合わせが多く、内陸は大丈夫と伝えた。駄目になった宮古や釜石や、避難所になった大船渡は難しい。プロモーターはどこに問い合わせをしていいか分からないので、業者間で教え合ってプロモーターに伝わった。岩手は大丈夫だと。4月からは内陸は貸し館が復帰した。宮城県はまだ止まっている状況で、ツアーを組むにも半分は駄目になったとか、見直しが聞こえる。

  演歌の場合は今はやるときでないというタレント事務所の問い合わせがあった。演歌は沿岸のお客さんが多い。盛岡でやっても沿岸からのお客さんが多いとできないことがある。復興支援チャリティーに名前を置き換えてやり始めているのもある。千昌夫がボランティアでやりたいという話が入ってきた。新沼謙治や千昌夫が「北国の春」を歌ったら、皆さん感動するのではないか。

  -三陸沿岸のため何ができるか。

  浅沼 カセットデッキくらいの小さなシステムでもいいから、やれるところから。大きなチャリティーコンサートを大会場を借り切ってやろうという話が出てきたが、それどころではないから自分がやれることを、少しずつ大きくしていく。避難所で今はどういうことが求められているかリストアップして、向こうが求めているものとマッチングし、コーディネートして連れて行く。芸術文化でなく手遊びで体を動かすラジオ体操でもいい。

  何を今求められているか、避難所によっては読み聞かせしかこないとか、音楽はしょっちゅう来るとかいうところがある。音楽もいろんな団体に、ジャグリングなどにも賛同してもらっている。その方たちと子どもたちが風船で形を作ったりとか、受け入れやすいのかと思う。つてを頼って避難所の責任ある人に会い、自分たちの紹介とリストアップした芸術系や、さまざまなイベントに行ってくれる内容のリストを見せて何をやりたいか聞く。乗用車1台に乗れる範囲で、動くことができる。 

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