盛岡タイムス Web News 2011年 5月 13日 (金)

       

■ 〈不屈の意志〉
   すし業組合盛岡支部長・吉津賢次郎氏に聞く 客足は元に戻らず

     
  山留社長の吉津賢次郎県すし業生活衛生同業組合盛岡支部長  
 
山留社長の吉津賢次郎県すし業生活衛生同業組合
盛岡支部長
 
  盛岡市内で寿司(すし)店の「山留」を3店(緑が丘、大通、カワトク)経営する吉津賢次郎社長(59)は県すし業生活衛生同業組合盛岡支部長。今回の大震災で、市内の加盟47店にはキャンセルが続出。大打撃を受けた。2カ月経過した今でもまだ通常の客足には戻っていない。そんな中、三陸応援隊を立ち上げ被災地支援に乗り出した。大震災による被害と今回の支援などについて聞いた。
(大森不二夫)

  -大震災での被害やそのときの対応は。

  吉津 歓送迎会や入学祝いなど春需要の最盛期に入るときだった。みな仕込みで忙しくしていた。そこにグラグラと地震がきた。電気がつかないのでどうにもならない。大変なことになった。その日の宴会などに使う食材は行き場を失った。11日から13日までの3日間は営業がストップした。当然、冷蔵・冷凍庫も動かない。幸いガスだけは使えたので煮炊きはできる。それ以後は貝類、魚類は加工して弁当として販売した。焼いたり、煮たり、揚げたりして弁当にした。加工されたものの食材は高級品。それでも500円、600円で売った。外で売ったのは30年この商売をしているが初めてだ。コンビニもストップしていたので売れはした。コンビニやスーパーが動いてからはやめた。役目を終えたと思った。その後、3月中は店は昼だけ。開けていても客は来ない。当店では三陸の市場から直接買うことも多かったが、三陸の市場はこの震災で駄目になった。ただ、盛岡の市場には青森や北海道から魚が入ってきていた。物流が動き出してからは関東からも回ってきた。三陸産は使えなくても食材は豊富にあった。値段もそう変わらない。ただ客が来ないので仕込みをする量は少ない。宴会はみなキャンセルだし自粛ムードも広がり、なおさら客の足は遠のいた。厳しかった。3月はまったく駄目だった。半分の売り上げ。

  -いつくらいから動き出したのか。

  吉津 大震災からほぼ1カ月経過した4月10日ころから。入学式も始まったころからだったが、それでも祝いの会などはなかった。親しい友人ら数人で集まって食べる程度。飲み会を禁止した金融機関もあった。自粛は当店に限らず加盟店はみなに及び、厳しい経営を強いられた。今もまだまだ。ただ大通店は少し動きが違ってきた。常連客でない人が食べに来るようになった。今でも続いている。被災地の方のようだ。親戚を訪ねて移り住んだり、自分で家を探して住み始めるなどしているようだ。ゴールデンウイークは期待していたほどでなかった。もう前のような景気には戻らないだろう。復興特需が終わればどうなるのやら。2カ月経過した今も売り上げは70%ほど。当支部の会員もほぼ同じように厳しい。

  -そんな中で三陸応援隊を立ち上げた。

  吉津 われわれも大変ではあるが、被災地はそれどころでない。われわれで、できることを考えた。寿司を食べてもらうことでなんとか被災地支援ができないかと。それで今回、三陸応援隊を立ち上げ、雅メニューとして売り出した。全47店でやろうと決めた。雅メニューにはそれぞれの店の特徴を出した。にぎり10個に卵、おわん、2100円とするのは共通。食べてもらうと200円が義援金となる。4月28日から開始した。10月27日まで行う。チケットは5千部作った。プレゼントもできる。47店には三陸応援隊のポスターを張った。盛岡商工会議所も協賛した。

  -水揚げしている三陸の市場も出始めた。

  吉津 少しずつのようだが動き出してはいる。ぜひ頑張ってもらいたい。今まで三陸のものが入るのは当たり前のように感じていた。こんな中で仕事をしていたことを知らされた。今度は浜を応援しないと。これから早い復帰をしてもらいたい。そして水揚げされた三陸の魚を早く使いたい。地産地消でともに頑張りたい。


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