盛岡タイムス Web News 2011年 6月 4日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉214 岡澤敏男 「赤い鳥」に向かない賢治童話

 ■『赤い鳥』に向かない賢治童話

  大正14年ごろに『赤い鳥』主宰鈴木三重吉が読んだと見られる賢治の童話は、『注文の多い料理店』収録の7篇と未発表生原稿「タネリはたしかにいちにち噛んでゐたやうだった」(以下「タネリは略称)に限られているから、「あんな原稿はロシアにでももっていくんだなあ」と評したのは直接には生原稿に対するものだが、間接的には『注文の多い料理店』7篇をも包括するものと受け取られます。

  「子供の純性を保全開発するために、現代第一流の芸術家の真摯なる努力を集め、若き子供のための創作家の出現」を迎えようと期しているほどの三重吉だから守旧派であるはずはなく「おれは忠君愛国派だからな」と述べたのは、晩酌?しながら菊地武雄を煙に巻いたほんのジョークだったのでしょう。

  三重吉が『赤い鳥』への掲載を拒否または敬遠した真の理由というものは、賢治童話にただならぬ気配がしたからなのでしょう。それはどんな気配なのか。

  そのただならぬ背景には柳田国男が『遠野物語』の序文に「国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」と述べたように、賢治童話の幻想世界には〈都会人を戦慄〉させる「山神山人」が存在することに気付いたからだと思われます。

  三重吉が『赤い鳥』に求めたのは「センセィショナな刺激と変な哀傷」を排除した童話で、不思議な幻想世界があっても戦慄とは無縁の情緒的ストーリーなのでしょう。

  例えば大正10年4月『赤い鳥』に発表された小川未明の「北の国のはなし』はどうか。

  未明は賢治と同様に北国の新潟県出身で、この童話はある寒い冬の日に食べ物にぜいたくな主人から川魚を釣ってくるように言いつけられた下男が、あちこち釣り場を探し歩いたあげく凍った池にたどりつき、一晩中釣糸を垂れて魚をつり上げた幸福感を夢みながら凍死する悲劇です。

  下男の死の動機は「魚を釣ってきたら、お金をたくさんやる」という主人の約束に、季節を無視してとびついたエゴへの罰だったのです。

  これと対比される賢治作品に「ひかりの素足」がある。

  雪の深い冬のある日、炭焼きの父親の小屋に泊まりに来た一郎と楢夫の兄弟が家に帰る朝、昨夜の夢におびえて楢夫が泣く。兄弟は帰りの峠道で道を見失う。風雪の中を黒い岩の側で一郎は楢夫をかばって座りこむ。そして一郎は夢を見る。

  夢の中で赤鬼に鞭で追われる子供たちの列の中に一郎と楢夫も居るのです。一郎は鬼の鞭から一心に楢夫をかばい続けている時、一郎はどこからか「如来寿量品第十六」の声がするのを感じた一郎は、思わず「にょらいじゅりょうぽん」と繰り返しつぶやきます。

  すると白く光る素足の人が「おまえたちの罪は世界を包む徳の力に比べれば小さな露のようなものだ、なんにもこわいことはない」と諭した。そして楢夫はそこに残り一郎はもとの世界へ戻れ、弟を捨てなかった心を忘れるな、とその素足の人は一郎の頭を撫(な)でました。こうして峠の雪の中で夢が覚め、一郎は助かるが楢夫は死んでしまうのです。

  三重吉がこの「光の素足」を読めば一郎と楢夫の兄弟愛は評価するとしても、あの世の世界での臨死体験や「如来寿量品」に関連する説話について『赤い鳥』の子供たちには向かないと首を振るのでしょう。

 ■小川未明童話「北の国のはなし」(抜粋)

  やっと池をさがしあてると雪が一面に積もって水をうずめていました。しかも寒さで、その上は凍っていました。「ああ、こゝでしんぼうするんだ」と下男は思いました。そして、雪を分け、氷を破ってそのすきまから、糸を垂れました。…彼は、そこにうずくまりました。いつしか雪の上に腰を下ろして、じっと暗い水の上にただよっているうきを見つめていました。いまにもそれが動きはしないかと、そのときばかり考えていました。

  寒い風が空を吹いています。哀れな下男はいつしか疲れてうとうととなったかと思うと、いつのまにか短い冬の日が暮れてしまいました。彼は、夢とも現(うつつ)ともなくうとうととした気持ちになりました。いくつも、いくつも魚が釣れた。なんという幸福なことだろう。頭の上には振りまいたように、金色の星や、銀色の星が輝いている。よくみると、それは、みんな星ではなく、金貨に、銀貨に、宝石や、宝物の中に自分はすわっているのである。…彼は、りっぱな家を持って、その家の主人となっていました。
  あくる日、木の枝でからすがなきました。ちょうど彼の頭の上でないていました。けれど、彼は釣りざおを握ったままじっとしていました。雪の上に凍りついて、目はガラスのように光っていました。

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