盛岡タイムス Web News 2011年 6月 24日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春育んだ書簡群〜学友たちの手紙〉30 八重嶋勲
  絶景筆紙に尽くすべからず

僕は二十日の朝七時出発にて岩手山に向ひ申し候、何にも途中には変化これなく候らへば告げまゐらすこともこれなく候、只柳沢といふ處に小さい奴等は吾れ吾れに群れて一様異様なアクションで「ぜゞぜにこまがせ」といふ前後はつき纏ふ、登山は一方ならぬ難儀なり、これ等に就而は御面談か節のもの種として只足元に迫る雲霧恐ろしいかすごいか前後左右は緊乎見えない怪鳥の声はすさまじい、雪はまだ残ってゐる部分の谷には、木の芽未だ吹かず、ふしぎな菫が咲いて、草の様なつゝじ咲いて、雲の上で雲雀が鳴いて、楽極國か地嶽といっていゝやら、うれしい様な、心細い様な、たのしい様な、悲しい様な、こゝらの感じを以て凡て登山する、九合目に行って(不動尊こゝに小舎あり春より秋まで五日変り人ゐる由、一泊五銭、九合目にあり焼石で囲んだ小舎なり)、宿を取った此處はもう足手が冷たくって縮む様だ、朝の三時に起きて旭を拝むのだ、絶頂に達した時は雲(も)の凄い程襲ふて来るので旭は影ダも拝まれぬ、嘗(却)って九合目の方は橙色の曙光を認めた位だ、噴火口の周囲を廻って中へ下るとその跡か歴然として現れてゐる、すさまじいものだ、見るだもぞっとする、草花の咲いてるも憐れた、この荒涼たる焼山の絶頂高く雲雀が鳴いてゐた、快なるかなと思はず叫んだ、岩手山より高く揚ってるのである、それから道を異にして一目散に焼山を飛んで七合半の處までかけつけて草鞋をぬきかけた(ら)、雲はれて来た、目を轉じて瞰下すれば、巒峰彼の眉の如くその頂には常に雲の蔽ふ處で、恰も波の畝るか如く屹然と聳えて見えた山は、さながら小岳の様、盛岡は鉛を打ち伸へだ三筋の北上、雫石、中津川の合ひ目に白いものが點々輝いて見えた、絶景筆紙に尽すべからずとはこれなるかな、一目眇々、其際涯なきが如く連山の上に曙光を輝いてかがみの如くはこれ海なり、暫しこの景光に打たれて物言ふ人もなかりけり、これ等の景は海と豪も違はぬと思ふ、成程海は荘厳だ、幽玄たといふ、併しこの高山の眺望たるや(る)廣大なり、雄揮(渾)なり、彼れは凄切なれば此れば陽気なり、素朴なり、豪傑風なり、呼鳴、吾れに海非らざるもこの高山あり、満足すべきなり、誰れかこの景に接して美妙に打たれあるものやある、山高きを以て貴からず、木あるを以って吾れは貴としとするものなり、十人許り往ったが、皆な俗な連中で大(い)に困った、虎人、寒葉位なものだった、
 
これから君が帰ってから久(九)米八を見た、それを拝して見よふ、最初日伸べのは
孕山姥 文賣
尼か崎 光秀
二回目の御いとまごいの時は
三十三間堂棟木の由来、御柳
白浪五人男、辨天小僧
今脚本から一つ経(計)策して穴を欠打してやろふ、それから九米八の枝(伎)藝評する積りだ、
  孕山姥
「はてあの三味が嘗つてわが眷と……」門外に佇んて尋ゐ(ね)て見ようかと躊躇する四方。煙草屋が使に煙草のませて追ひ出す。煙草屋が切腹して「汝これより吾が霊を受けて身に苦痛覚えなば十月を待って……」男の霊を受けて松の根を引こぬいて立廻りを初めるなど、院本作者のろう劣手波(並)に出づるなり、あまりに実相に離れて非自然に陥れるなり、作者の非難これなり、第一との問ふお姫様の軽率早や呆れた御轉婆なり、未だ多少のきずなきにしも非らざれども評する限りに非す、要するに劣等なる作なりと余は信ずるとのなり、
  枝(伎)藝評
此の優にして斯の如きを得るなり、眞の女性愛嬌たっふり容子たるや言ふ迄もあらす、花道を静々と歩み出て、三味の音聞くと思ひあたった彼の如くすっきり立って耳を欹て一旦思ひ返して沈む、又思ひ出てゝ門を叩く、その容子実によく女性の特長を示した一挙一動、人目を引くべきものだ、白廻しのをっとりした處も何となくこの場合に適してゐた様だ、御殿へ這入って恋人に逢って腹の立った處、ザオとする程であった、床は又一層である、それから切腹の時男の霊を受けたといって困るしむ處、何だか拍子貫けがした、更に立って松を貫いて取手と戦ふ四方如何にも勇しい様ではあるが、脚本の悪い為めかどうしても感しが薄いのである、
  尼が崎
「必定久吉この中に忍ひ居るこそ……」といって母をさし殺すなど院本作者が卑怯半波(端)なり、後は評に及はず、サツバツな割合に詩的な處が多い。
月くさにもある通り少しかゝみ腰になって腰より下は直くにして曲げない、無雑作に足を踏む、もの言ふ毎に頤を衿に入れて少し振る、あくまで成田屋を眞似たのである、矢張竹藪からいそいそと現はれて四方をうかゞふ、竹を切って家へ蹈(踏)み込むに一々態度である、味いには味いが成田屋を眞似たとよりいはれぬ、重(徳)次郎物語りのとき「てもはて言ひ甲斐なき者共よな」扇を取って後へにばったと投げつくる四方、少しく調子貫けがしたれども、却ってこれがこの優の特長が現はれたか知れぬ、切破つまった急性がよく現らはれた白もじんと脳にしみ込む様な結びた、何處となく殺気を帯んたるなど心よし、久吉、にじりじりっとせめよる處、團州そっくらなるべし、(この手紙は次回に続きます)

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