盛岡タイムス Web News 2011年 12月 21日 (水)

       

■ 〈大震災私記〉75 田村剛一 引き裂かれた夫婦

 夫婦一緒に亡くなった人もいれば、津波に一緒に襲われながら、一方は亡くなり、一方は助かった人たちもいる。この人たちこそ、津波で夫婦の仲を引き裂かれた人たちと言えよう。

  今、分かっただけでもそんな知人夫婦が8組いる。そのうち、助かったのは夫である男性7人、妻のほうはわずかに1人。この数字が、一般的な傾向なのか、私の周辺での特異な現象であるのか、それは分からない。

  これが一般的傾向であったとすれば、今回に限って言えば「男は強く女は弱かった」と言えるかもしれない。ただ、断っておかなければならないのは、これは、私の知る範囲内でのこと、被災状況が正確に分かってくると、別の数字になる可能性もある。

  8組の夫婦で共通しているのは、逃げ遅れて、家の中、あるいは、逃げようとして家を出たばかりの人たちのようだ。

  この8組のうち、私の家の周りに3組の夫婦がいる。1組は80代の高齢者夫婦、津波が去った後「助けてくれ」という呼び声を近くにいた人が聞いた。壊れかかった家の中に男女2人がいた。男性は、そのまま助け出されたが、女性の方は、がれきに押しつぶされて息がなかったと言われる。

  もう1組は、家にいて津波に襲われた。みるみるうちに水位が上がり、一階天井の梁に水がつきそう。男性は、必死になって水の上に顔を出して助かった。女性の方は、同じようにしていたが、力尽きて水の中に沈んで行った。それを見ていた夫の気持ち。想像できない。

  もう1人は私の友人。手を結んで逃げようとしたが、引き潮の力に抗し切れず、手を離してしまったという。まさしく、津波に仲を引き裂かれた悲しき夫婦たちである。友人は仮設住宅で単身生活。他の2人は、息子夫婦の所に身を寄せている。

  「まさか妻が死ぬとは思いませんでした」という知人もいる。家で夫婦一緒にいるところを津波に襲われた。流れついた所で2人とも救出されたが妻の方は息が絶え絶え。そんな体で中学校に運ばれた。ぬれたまま小雪の降る寒風にさらされたのだから大変。しかも、そこに山火事が迫り、夜中に高校に移動。この時の無理がたたったようだ。

  翌日、救急車で宮古病院へ。レントゲンを見て医師は夫に告げた。「肺に泥水が入っていて助かりません」。知人は奇跡を願ったが、それはかなわず3日後に亡くなったという。

  男性で一人犠牲になったのは、私の幼な友達。奥さんには会えないでいるので詳細は分からない。知れば知るほど、悲しい物語だけが増える。
(山田町)


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