盛岡タイムス Web News 2011年 12月 31日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉243 岡澤敏男 藁(わら)のオムレツと藁酒

 ■藁(わら)のオムレツと藁酒

  根拠がなく何とも奇妙なことを指す漢字に荒唐無稽とか奇妙奇天烈という熟語がある。賢治が童話「馬の頭巾」、「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」に登場する「藁のオムレツ」や、童話「ポランの広場」や、「ポラーノの広場」に登場する「藁酒」などは、さだめしこの熟語にピッタリなまことに珍無類な飲食物というべきでしょう。

  例えば「馬の頭巾」で馬をかわいがる甲太に床屋がからかって言うのです。
  「おい。お前の馬の今夜のご馳走は何だい。」
  「やっぱり藁と燕麦(オート)だ。」
  「藁はそのまゝぢゃ消化が悪いよ。鶏卵をかけてオムレツをこさえてやったらどうだい。」

  という場面が出てくる。また「ペンネンネンネンネン、ネネムの伝記」では、フゥフィーボウ博士のほかに誰も決して食べてならないというから、「藁のオムレツ」は高級料理として位置づけられているのです。

  その「藁のオムレツ」をネネムが食べることを許されたのは、ばけもの世界裁判長に出世してからでした。

  いったい賢治が発想した「藁のオムレツ」とはどんなものか。オムレツとは「掻き立てた鶏卵を塩・胡椒などで調理し、(味付けした肉や玉葱などを包んで)紡錐形に焼いた料理」(『広辞苑』)を指すもので、だから、「藁のオムレツ」とは「馬の頭巾」の床屋のせりふどおりに「藁に鶏卵をかけて調理したオムレツ」を指しているいるのでしょう。

  食べる相手が馬ならヤダキリ(秣切り)で刻んだ藁を鶏卵で包んで調理したオムレツでもごちそうだろうが、フゥフィーボウ博士やネネムには咀嚼(そしゃく)も消化も不可能でとても〈高級料理〉とは言いがたい代物と思われます。

  ところが宮崎清著『藁T』(「ものと人間の文化史」法政大学出版)によると、藁を細かく刻んで水に漬けアク出しをして乾燥させ、それを摺って粉にしたものを他の粉類とこね合わせてつくられた「藁餅」があって、飢饉の時の救荒食物として東北地方で食されていたものらしい。

  この「藁餅」は能田多代子著『青森県五戸語彙』に出典するもので、『南部のことば』(佐藤征五郎編)に「わらもち」(藁の根を細かにきざみ粉にひき、糯米・そば粉をまぜて搗(つ)いてつくった。飢饉食)と収録されています。

  このような「藁餅」をバターで炒め鶏卵で包んで調理したものが「藁のオムレツ」であればフゥフィーボウ博士もネネムが喜んでフォークとナイフで食することも納得がいくのです。賢治が旧南部藩五戸地区において食された窮荒食物「藁餅」をアレンジして「藁のオムレツ」を発想したとすれば、荒唐無稽でも奇妙奇天烈でもなく独創的な新メニューのオムレツだと拍手してよいのです。

  しかしもう一つの「藁酒」の方はどうでしょうか。やはり「藁餅」の製法に準じて藁を細かに刻んだのが原材料で、「藁餅」の工程により摺って粉にしたものを水に漬けて柔らかくして乾燥させるとサラサラした粉になるという。それは生米を水に漬けて柔らかにし臼で搗き砕いてつくる「しとぎ(粢)」同様の食物と共通するのでしょう。

  太古の神酒は女人が「しとぎ」を噛み、自分自身の唾液アミラーゼで澱粉を糖分に変えて、空気中から入って来た酵母によってアルコールを生成し醸し出された「口噛み酒」だという。どうやら「藁酒」なるものの原理がほの見えてきそうです。


 ■童話「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」より(抜粋)
 
  ネネムはよろこんで叮嚀におじぎをして先生の処から一足退きますと先生が低く、
「もう藁のオムレツが出来あがった頃だな。」と呟いてテーブルの上にあった皮のカバンに白墨のかけらや講義の原稿やらを、みんな一緒に投げ込んで、小脇にかゝへ、さっき顔を出した窓からホイッと向ふの黒い家をめがけて飛び出しました。


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