盛岡タイムス Web News 2012年 2月 8日 (水)

       

■ 〈夜空に夢見る星めぐり〉300 八木淳一郎 オールウェイズ

     
   
     
  「今年の冬は零下10何度というのがないから、まだいいね。」という話が出た途端に零下12、何度が何回かあり、「今年は雪が少なくていいね。」との話が出た矢先に大雪です。やっぱりこれが盛岡の冬なのです。昔を思えばこれでもまだまだ楽な方ではないでしょうか。

  昔と言えば、上映中の映画「ALWAYS3丁目の夕日」は昭和30年代の日本に暮らす人々の生活を描いていて、懐かしむ人も多いことでしょう。

  盛岡も裏通りの風景や人々の生活、人情は同じようなものでした。敗戦のどん底から復興し、明るい希望の光がともり始めた昭和30年代。大人も子どもも何をするのも皆一緒。子どもたちの遊びは専ら外。それは同時に外の世界を学ぶことでもありました。

  冬はソリに下駄スケート、長靴スケート。たまに通りかかるトラックの荷台につかまって滑るなど、今だったらもってのほかです。年下の子ども何人かを箱ぞりに乗せて毛布をかぶせ、年長者が南極探検よろしく、街の中心部やはずれの方に吹雪をついて行進します。

  夏は夏で、ご飯!と大きな声で呼ばれるまで、街灯の少ない真っ暗になった町内を10人、20人もの子どもたちが走り回ります。空には天の川が見える盛岡のまちでした。

  夏休みなど、3、4人連れだって夜の学校を訪れます。宿直屋には必ず学校の先生が泊まっています。声を合わせて、「せんせい、星見るから望遠鏡借りてもいいですか」「おう、あまり遅くなるなよ」。

  はーい、と言うが早いか理科室に走り込む少年たち。わくわくしながらいい香りのする望遠鏡の入った木箱を二人が持って、あとの二人は三脚をかついで校庭へ。真っ暗な空にたくさんの星が輝いていて、その星のまたたきに合わせるかのようなカエルの合唱が聞こえてくるのでした。

  あれから何年、いや、地球は何回太陽の周りを巡ったことでしょう。街の光が洪水のようにあふれ、あの頃の少年たちは年のせいで視力も落ち、そんなこんなで見える星数がめっきり少なくなってしまいました。

  けれども、あの時代に見た星の印象は鮮明に心に焼きついています。そしてそれは星がどう見えたかということばかりでなく、じかに自分の目で確かに見たのだということも、発見の喜びとして生涯忘れられない出来事となったのです。

  大気も汚れ、星の光が弱くなってきました。その代わりに人工の光が増え、ついでに星も電気の光で見せれば事足りるとする時代になりました。これからはロボットが進化し、同時に人間がロボットに近づく世の中になるのでしょうか。

  社会も人もIT産業にのみ込まれ、この世界に生まれ落ち生きていくこと、そしてこの社会さえもが、バーチャルリアリティー(仮想現実)になりそうな気配です。だからこそ今のうち、今の子どもたちに星を見せることを大切なこととして考えていかなければなりません。
(盛岡天文同好会会員)

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