盛岡タイムス Web News 2012年 2月 11日 (土)

       

■ 〈昆虫パワーをあなたにも〉19 鈴木幸一 専門の教科書は夢の道しるべ

 昆虫研究を生業とした若い時から、専門の教科書を出版することが長い間の夢でした。たくさんの文献資料を読みこなした上で専門書を執筆するのではなく、自らの研究成果もオリジナルな分野として取り入れつつ、できれば大学の講義で使用されるような教科書作りです。

  それには二つの理由がありました。一つは、47年前の大学1年生の「物理学」の講義中です。大胆不敵なクラスメートが教員に向かって、先生は専門の本を書かないのか、われわれは先生の本で授業を受けたいという辛辣(しんらつ)な抗議でした。

  難しい物理学が理解できないための単なる腹いせか、大学紛争の前触れかは定かではありませんが、自らの専門書を提供することが、学生から信頼される証にもなるという印象が残っていました。

  二つは、次の年に専門課程で使用した教科書「改訂新版応用昆虫学」(朝倉書店、昭和41(1966)年、1200円)です。この教科書に引用されているカイコの頭部と胸部の解剖図は、研究者の道を選ぶのに大きな影響を与えました。

  すなわち、ホルモンの分泌器官を説明する解剖図は学生にとってあまりにも美しく、大げさに言えば、杉田玄白がオランダ医学書「ターヘル・アナトミア」の解剖図に驚嘆したのと同じかもしれないという感動でした。このカイコの解剖図を作成した教授を志願して、大学院に進学するとはその時まだ知る由もありません。

  その教科書の出版から31年経て、同じ出版社から「昆虫機能利用学」という教科書を出版できました(平成9(1997)年、4500円)。執筆者らは研究分野で中堅であるが、10年後には十分研究成果を上げ活躍している人材で、教科書はわが国最初のもので、必ず社会に受け入れられるものであると、出版担当者に力説して実現したものです。

  すでに15年経て内容も古くなっているのですが、学生世代に受けた強烈な印象を次の世代に与えられたかどうか自信はありません。

  教科書ではないのですが、処女出版はすでに絶版となっている地域の出版社からの「岩手の昆虫百科」(昭和63(1988)年)です。つい先日、H市で新書と古本が混在している不思議な本屋に入りました。県内のどの書店にもないはずの処女出版物が、色あせたまま2冊並んでいたのです。四半世紀前のもので、まだ振り返る余裕もなくそそくさと出てきました。
(岩手大学地域連携推進センター長)


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