盛岡タイムス Web News 2012年 2月 25日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉251 岡澤敏男 小作料の適正化をもとめて

 ■小作料の適正化をもとめて

  賢治は日本の農村の骨子を地主や役場や農会ではなく「小農、小作人」に原理を求めていました。しかもこの原理は土地が国有化して不在地主がなくなっても「将来ともこの形態は変らない」と示唆した驚くべき観念でした。

  昭和2年、賢治のもとに訪れた甚次郎にこの原理による「小作人たれ、農民劇をやれ」とパブテスマしたときの賢治師は32歳、使徒甚次郎は19歳の青年でした。

  「黙って十年間、誰が何と言はうと、実行し続けてくれ」という授戒を背に負い「私は十九歳の春から今日まで、土に親しみ、土に愛されながら、一つの目標に向って強い声なき叫びを続けて、正直に一生懸命に働いて来た」と、甚次郎は小作農として行動した生活記録をつづる『土に叫ぶ』(昭和13年5月上梓)の序に述べている。

  それは師が申したように「粗衣粗食、過労と更に加わる社会的経済的圧迫」を体験した10年の歳月だったのです。このとき甚次郎は「小作人たれ」と授洗した賢治師とほぼ同年齢の30歳となっていた。この間に小作農をとりまく社会的環境は厳しさを増していた。

  満洲事変(昭和6年)、日中戦争(昭和12年)を経て準戦時体制に急速化する国内諸情勢は小作権、小作料問題を強く取上げてきた全国農民組合(全農)を解散(昭和12年)に追い込み、同13年に反動的な大日本農民組合に衣替えしたが3年後の同15年には解散してしまった。

  このような準戦時体制下にあっても小作争議件数は全国で6千件を上回っていたのです。

  甚次郎の「土に叫ぶ」が文部省推薦図書となり13年8月、新国劇一座により「土に叫ぶ」(土地問題をテーマに和田勝一郎脚色)が東京有楽座で上演され、昭和14年12月6日には「小作料統制令」が発令し、甚次郎は「適正小作料」の実施をめざして行動を起こすことになった。

  しかし農民組合のような争議手段には訴えず、村民と共に話合いで「小作料適正化」運動に取り組んでいくのが甚次郎流でした。「本村の田地は決して良好にあらず、又小作料は高く、一日も早くこれを適正化して小作農民の生活をたすけて生産増強をはかる」と考えその機会を狙っていました。

  たまたま恩師宮沢賢治の10周年忌にあたる昭和17年9月21日、村塾に70名以上の村民が集会したので、甚次郎は「本当に農村を築いて農業をなすものは小作人だ」と賢治の考えを説いたところ、「適正小作料」を速やかに本村でも実施させようと合意し、ただちに10名の委員を挙げ「農業報国推進準備会」を結成したのです。

  しかし村当局との交渉は村長はじめ農地委員らのぬらりくらりとした遅延策ではかどりません。そうした陰湿な妨害にもめげず甚次郎と委員は各集落を毎晩のように回って懇談会を開き意志を確認し合いました。

  ようやく11月8日に農業報国会が結成されることになり、稲舟村の大部分にあたる500名の村民が学校の体操場を埋めるなかで地主側、小作側、村当局による委員会が開かれ適正小作料について討議されました。

  地主側の18年度実施説を跳返して、小作側の望む17年度より実施(ただし小作料の減額差を二等分して支払う)することになった。こうした甚次郎の粘り強く的確な指導力には賢治への使命感もあるが、小野武夫(法大名誉教授)氏の助言のあったことも推察されます。

  小野氏は名著「永小作論」を頂点とする土地制度史の研究で知られた農村問題の秦斗で、甚次郎は昭和6年に知見を得て何度か東京の小野教授私邸を訪問しています。とくに地主側や村当局の説得には小野氏の権威あるアドバイスがあったものと思われます。


 ■安藤玉治著『賢治精神の実践』(松田甚次郎
   の共働村塾)より抜粋
 
  思えば昨年九月十八日より交わりもなき村の三〇〇余の小作人、その代表二二名と私共同志が深夜となく、忙しい真昼となく雨風の夜も吹雪の昼も十数回小さな塾に集まって此の農業報国会結成とその促進に尽力したのである。私はこの間位、同志や小作人やその委員の方々からいろいろな教えをうけたことがなかった。一日中せい一ぱい働いた汗まみれの身体で夜仕事は妻子にのみまかせて一里半の夜途を或は徒歩で、或は頭を下げて隣から自転車をかりて幾度もかけつけてくる熱心さ、或は刈取りや取入れに忙しい日中稲場日和で尻に火のつく様に忙しいとき、昼食もとらず、茶菓がわりのいもをかじりながら雑談一つまじえず熱心に協議する様、私はこんなに素直にして熱心な協議会は初めてである、と自分にいく度も言いきかせたのである。 私はこの間いまだ学び得なかったことを体験し、多くの教えを受けることが出来た。そして更に自分の使命と責任の重さを感じた。そしてまた一方に於ては、見栄や権威や財宝にしばられている人々の無気力と不誠意について驚いたのである。


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