盛岡タイムス Web News 2013年  7月  10日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉179 三浦勲夫 梅雨の土曜日


  7月6日(土)は午前中、豪雨が降った。数日来、降雨、曇天、高湿度のぐずついた日が続いたが、ついに豪雨だ。しかしせっかくの週末。夫婦で愛犬をつれてドライブに出た。目的地は川目の106号線に3月に開通した新道である。ゆくゆくは簗川ダムが建設され、ダム湖を見下ろすことになる新道。山と谷と小さな川の合間に高さ50bはあろうかという高架道路だ。

  家を出た時は小雨だったが、盛岡市の中心部を通るころから豪雨になった。梅雨の季節は梅雨らしく、ワイパー全開で市内を東へ抜けた。旧道から右折して新道に入る。真新しく広い新道は登るにつれて地表からの高さが増す。大きなつり橋が美しい幾何学構造を見せ、見下ろす「谷間の村」は緑と雨と白いモヤにかすむ。この風景を家内に見せることがきょうの主目的だった。新道を上りきってからUターンして、帰路についた。

  午後は雨が上がったが厚い雲が市内を覆った。今度はよく2人で行く別の川べりに行った。雫石川の土手道は20年来の付き合いだ。「勝手知ったる」川沿いだが、ここに来る人たちはかなり変わった。道も砂利道から舗装道路になった。思い出は思い出として、自分たちの「庭」みたいな感じでやってくる。歩いて足慣らしをしてから、自分だけで走った。湿度が高いから汗が余計出た。しかし、ここに来て汗を流せる幸せを感じる。

  いや、汗を流さずに歩いただけでも、幸せを感じる。川土手に持ち込んだ、さまざまな浮世の憂さがきれいに晴れるからだろう。空は雲でも心はカラリと。憂さはごく自然な人事現象だ。そんな気持ちになる。すぐ身近にこんな素晴らしい場所があって、吸い取り紙のようにどんな憂さでも吸い取ってくれる。あんなこと、こんなこと、いろいろと。

  ここに来る人たちは顔なじみになるが、その顔触れも20年で一変した。たまにスーパーなどで見かけたこともあるが、全然どこでも会うことがない人たちが多い。どこかで元気にしているだろうか? 木でも倒れたのもあるし、切り倒されたのもある。キジの声が多い年もあれば、少ない年もある。ここは御所ダムの下流で、時折ダム管理事務所の放送が流れる。「ダムの放水により川の水が増えますからご注意ください」

  簗川ダムはどんな顔を見せるだろう。今は川目大橋から見下ろせば「桃源郷」のように畑、農家、谷間がつながっている。戦後、四十四田ダム(北上川)、御所ダム(雫石川)、綱取ダム(中津川)と盛岡を流れる川にダムが設けられ、平成になってから簗川ダムが簗川にできる。ダムが建設される前後で景観は一変したが、自分がよく前後を見てきたのは御所ダム前後の景観だ。

  その昔、繋温泉に行くには別ルートだった。狭い川幅、広い河川敷は白い石ころ、細い橋が長く、こちら岸から繋温泉のある向こう岸へとつないでいた。あの当時の時代、人、交通機関。今は満々たる水をたたえる人造湖である。その下流の川土手で今は歩き、走り、かつての人や日々や浮世のあれこれを思い出す。梅雨は梅雨。しとしと雨、ざあざあ雨、山崩れ、洪水。川の増水に心を砕き「堤防決壊だ」と叫び回った日々もあった。雫石川の流れも時代を追って右へ、左へと大きくうねってきた。
(岩手大学名誉教授)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします