盛岡タイムス Web News 2013年  7月  24日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉181 三浦勲夫 若さ


 「若さ」という題を書いて「はて?」と思う。何をどう書いたらよいものか?「つれづれなるままに日ぐらし硯に向かひて」と書いた吉田兼好。今「若さ」という題に向かって「心にうつりゆくよしなしことを」書こうとしている自分。「そこはかとなく書きつくればあやしうこそもの狂ほしけれ」である。奇妙で狂喜じみている、と。

  昭和40年代中盤の青春歌謡(歌・アン真理子)には「若いという字は苦しい字に似てるわ」があった。橋幸夫など御三家も吉永小百合も若さのシンボルだった。若さは苦しさでもあり、明るさでもあった。あの歌(「悲しみは駆け足でやってくる」)の1番の歌詞は「明日という字は明るい日と書くのね」だった。若さ、それは明日。苦しくても明日がある。今も変わらない。

  あのころの若者、その後に続いた若者。何十年かを経て、今はみんな年を取った。「花はどこへ行った」というフォーク・ソングもあった。英語好きのごくごく少数の方々が集い合ってあの頃からの夢に向かって、再勉強を楽しんでいる。あの頃は英語など「苦しかった」と思っていた人でも、なにか明るい未来を目指して再挑戦。そしてその夢が見事にどんどん花開いている。「好きこそのものの上手なれ」。「あやしうこそものくるほしけれ」(見苦しいことと言ったらこの上ない)と謙遜しても、夢は開いていく。

  自分も若いころから、健康のために走ったり、山に登ったりした。好きで続けた英語が仕事になった。壮年の学習は若い人一般に比べると打ち込み方が違う。入試という重圧がないし、お金と時間があって外国旅行も気軽にできる。学びに来る人たちは「明日という字」のように明るい。苦しそうな顔を見せない。問題を抱えていてもこらえ性がある。そういう人が多い。学習の場が力となる。新しい仕事につく人たちもいる。

  自分の「走り」も30代前半までは若さにまかせた。あのころ買ったストップウオッチが残っている。そのストップウオッチは文字通り、今はストップしている。あんなことを続けていたら卒倒して、最悪の場合は―。今年は雪が解けた3月にちょっと走ったが、その後、走っていない。代わりに室内で柔軟体操やストレッチを行った。このまま走りをやめるのだろうか? いやきっと、走り出すだろう。走らなくなった原因は家族(犬を含む)の事情にある。それが解消するか、軽減すれば、また始めるだろう。

  学習会のためにも自分は元気でなければならない。話す、聞く、読む、書く。語学は感覚器官、運動器官を総動員する。若いころにはこのようなことを予見していなかった。出たとこ勝負でここまでやってきた。これからもそれが続くだろうが、自分の中に残っているかもしれない「体力」と「若さ」を信じてやるほかない。ただし大きな自戒がある。春や初夏に運動を始めると体がついてゆかず、風邪を引く。今年も風邪を引いた。暑さにつけ寒さにつけ、体と心を気候に順応させなければならない。

  幼い孫との会話、十代、二十代の学生たちとの接触、元気な壮年の人たちとの出会い。若さを頂くが、しかし人は年を取る。年を取れば体力が衰える。上手に体力を温存し、活用する心掛けが必要である。
(岩手大学名誉教授)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします