盛岡タイムス Web News 2013年  9月  16日 (月)

       

■  〈幸遊記〉141 照井顕 20年〜30年ぶりの再会


 陸前高田で音楽喫茶、ジャズ喫茶、日本ジャズ専門店ジャズクラブなどと冠を変えながら「ジョニー」という名の店を自分が経営していた1975〜2000年までの25年間を、時折、振り返えさせられる人、人、人が現在の盛岡・開運橋のジョニーまでやって来る。

  大船渡から時折、幼稚園や小学生の頃に父親に連れられて店に来ていた、かわいい坊やが大学時代に父とまた来て、今度は盛岡に就職したと言って、1人でジョニーに来てくれた新川君。

  高校、大学時代に店に通い、今、仙台太白区でクリニックを開業しているという、陸前高田出身の内科医、熊谷裕司君が、先日は自分の娘さんを連れて店に来てくれた。

  汽車(ディーゼルカー)通学で大船渡から高田高校へ通って来る生徒の中には時折、学校に行かず、授業が終わる時間まで「ジョニー」に入り浸っていたり、学校帰りに寄る生徒たちが少なからずいた。その中の1人だった前田哲也君も先日ひょっこりやって来て名刺を見せられたら東北銀行大通支店長の肩書き。

  店は最初、陸前高田の荒町というところにあった小さな店だったが、どうしても表通りで店を開きたいと2年余りの後、駅前通り突き当り丁字路の大町商店街の入り口に、ジャズ喫茶(日本ジャズ専門店)の大きな看板を掲げた。すると今度は、学校帰りの小学生たちが、店のドアからのぞき見するようになり、ドアを開けると、ワーッと逃げてた子たちが、いつの間にか堂々と、表のドアから入って店内を眺め、裏口から出て行く通学路と化した。のどの渇いた子に水をあげたり、時折ジュースを振る舞ったりもした。ところが最近、「その小学生の1人が僕でした」と、開運橋のジョニーに宇都宮から現れた畠山綾希君。

  「僕が小学生の時?もしかすると千厩中学の頃だったか、ジョニーさんが学校で講演した時、ヒゲをはやしたら皆にヒゲされるようになったと言ったのを、今ようやく理解できるようになりました」と言って来た、青森朝日テレビのカメラマン・伊藤耐治郎君。

  「昔、私の母が陸前高田に来た穐吉敏子さんのコンサートを聴きに行っていたので、今度、10月30日盛岡に来る穐吉さんのコンサートを聴きたい」と予約してくれた陸前高田出身、遠山病院の管理栄養士・志田さん。時の流れのありがたさを感じる、きょうこの頃です。
(カフェジャズ開運橋ジョニー店主)


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