盛岡タイムス Web News 2013年  10月  19日 (土)

       

■ 鍋倉城跡、清心尼公墓を巡る 南部藩志会 遠野南部氏の歴史をたどる旅

     
  清心尼公の碑と墓。元は南部家の菩提寺があったが廃され、現在は墓だけが残る  
  清心尼公の碑と墓。元は南部家の菩提寺があったが廃され、現在は墓だけが残る
 

 南部藩志会(大内豊会長)は12日、「第4回南部藩のルーツを訪ねる旅」と題し、遠野市内を巡った。同会会員と南部家44代利英氏の令嬢3人やその友人ら、計40人が参加した。南部藩を語る上で欠かせない遠野南部氏のゆかりの地や同市の博物館などを見学。ボランティアガイドや学芸員らの話を聞いて遠野南部氏の町づくりに理解を深めるとともに、民話の里遠野の魅力を味わった。

  南部藩の歴史を学んで今後の地域おこしなどに役立てようと、同会が年1回行うツアーの第4回。3年前の初回は始祖南部光行が出たとされる山梨県南部町、翌年は青森県三戸町、秋田県鹿角市と続いている。

  同日は、初めに鍋倉公園を散策した。当地の豪族・阿曽沼氏が鍋倉城を築き、没後は遠野南部氏代々の居城となっていた。園内の南部神社に参拝し、本丸の展望台で同市内を見渡した後、ボランティアガイドの菊池孝さんの案内で城跡二の丸にある遠野南部氏代々の墓地を訪ねた。

  その後、遠野市博物館、遠野城下町資料館を見学。学芸員の長谷川浩さんの解説で、江戸時代に八戸を治めていた根城南部氏が所替えにより遠野へ移ったときの様子を描いたと言われる絵や、全国的にも価値のある遠野南部氏ゆかりの品々などの資料を見学した。

  昼食会は同市新町のあえりあ遠野で、同市の及川増コ副市長らを迎えて行われた。大内会長は「先の大震災で、遠野市は後方支援に大変活躍された。どうもありがとうございます」とあいさつ。及川副市長は「遠野では毎年春に入部行列を組み、みんなで歴史を確認・理解している。南部藩は私たち遠野にとっても誇りとする歴史で、そのことを大事にしながら、まちづくりに一生懸命取り組んでいる」と話した。

  午後、一行は遠野南部氏ゆかりの寺などを巡った後、市の中心部を離れ、遠野南部第21代領主で「女殿様」と呼ばれた清心尼公の墓を訪ねた。第20代領主直政の妻だった清心尼は、29歳で夫を亡くすと剃髪して出家した。八戸から遠野への転領に当たり養子の第22代直栄を補佐し、遠野南部氏250年の基礎を築いた女傑と伝えられている。

  参加者からは「遠野の基礎を作った清心尼の墓に行けたのが一番の収穫」「遠野南部氏について改めて勉強できいい機会になった」「次はぜひ八戸や七戸に行って学びたい」といった感想が聞かれた。

  南部家44代利英氏の長女である鈴木淑子さんは「資料館はとても分かりやすくまとめてあり、興味深く拝見した。遠野は古いものを大事にしながら新しいものと調和させていく町づくりがとても上手にできている」と述べた。同じく三女の渡辺敦子さんは「子どものころ、父はよく盛岡の中をいろいろ連れて行ってくれたが、遠野はまだ2回目。いろいろな資料を拝見でき、有意義な一日だった」と振り返った。
  (相原礼以奈)

     
  鍋倉城跡二の丸の場所にある遠野南部氏代々の墓を参拝する参加者ら  
  鍋倉城跡二の丸の場所にある遠野南部氏代々の墓を参拝する参加者ら
 





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