盛岡タイムス Web News 2014年  4月   2日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉216 三浦勲夫 あの歌あの小説


 先週は紫波町の英語学習会に行った。場所はオガールプラザ。一昨年完成した大きな明るい催事・商業複合施設である。二階に「スタジオ」が大小いくつかあり、こじんまりした一室が教室である。学習の一部として「英語の歌」を聞いてみた。

  「80日間世界一周」という映画の主題歌「アラウンド・ザ・ワールド」である。歌詞を英語と日本語で確かめる。歌手は高齢世代には懐かしいビング・クロスビーである。「ホワイト・クリスマス」で知られている人だ。「なるほど、こんな意味なのか」と味わう。しかし、歌手や映画について知る人はもう珍しい。世代のギャップである。いちいち驚いてはいられない。時は移る。知らない方が当然なのだから。古い英語の歌を少し知っているからといって大きな顔もできない。こちらも映画の原作小説は読んでいないし。

  そこで読書の話になる。10日ほど前になる。「よいしょ」と声に出して本箱から厚い「世界の文学」シリーズの一冊を取り出した。「イギリス集・W」と書かれている。20世紀の戦後の話題作が6編と短編が12編入っている。ようやくこれを読む気になった。それまで長年にわたって「いつか読もう」と外側だけをガラスの扉越しに眺めていた。

  まず読んだのが「蠅の王」(ウィリアム・ゴールディング)と「長距離走者の孤独」(アラン・シリトー)だった。どちらも初めて読む。題名は知っていても、専門外だとか、おっくうだとかいう理由で読む気にならなかった。読んでみると面白い。つまらないとは思わない。3番目の作品「ピンフォールドの試練」(イブリン・ウォー)も読み始めた。読むには、好奇心と時間が必要ということになる。

  日本の「古典文学」と「現代文学」の全集を学校関係に寄贈したのは昨年だった。とても読み切れないと思った。その後、手元に残った全集が気になった。そんな次第である。せっかく買ったのだから少しは目を通そう、という気持ちだ。目を通すと、そこは別世界、別人間(考えも人種も)、別世代である。しかし想像で味わえる部分も多い。

  前述の歌「アラウンド・ザ・ワールド」にしても、自分の知っていることは、映画「80日間世界一周」の主題歌だったことだけである。今では知らない人がほとんどだし、別な形で知っている人もいる。かつてのテレビ番組「兼高かおる・世界の旅」のテーマ曲だったのだ。自分が知っていることを他人は知らず、他人が知っていることを自分は知らない。それをわきまえないと、あるとき突然、知識や体験のギャップに驚くことになる。

  映画「80日間世界一周」の原作は、フランスの作家ジュール・ベルヌの同名小説だった。自分が生まれる前の世界の小説だが、読めばきっと古い時代や人を面白く感じるだろう。現代とどうしても比べることになる。「懐かしのメロディー」を聞くときと通じる懐かしさがあるだろう。普段接する新聞、テレビ、ラジオ、インターネットなどのマスメディアは社会や人間の不合理、不正、非道を報道する。これでもかというほどだが、半面では、幸せや温かな人情や助け合いも身の回りに広がっている。小説の世界にはさまざまな社会や人生や個人が描かれている。理屈なしにそれを楽しむこともできるし、楽しみながら何か大事なことを見つけることもできる。
(岩手大学名誉教授)


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