盛岡タイムス Web News 2015年   1月   20日 (火)

       

■  〈イタリアンチロルの昼下がり〉218 及川彩子 街の中の国境


     
   
     

 暖冬の北イタリアは、新しい年が明けても一向に雪の気配がなく、車の移動には大助かり。そこで、週末、イタリアとスロベニアの国境の街ゴリツイアを訪ねました。

  ここアルプス高原の街アジアゴからベネチアへ。さらに北東へ車で2時間ほど走ると、隣国スロベニアは目前。両国のちょうど境に位置する街ゴリツイアはイタリア名ですが、スロべニア語ではゴリカと呼ばれます。

  車のナビに従い、最初に向かったのが「新ゴリツイア」を意味するノバゴリカ駅。その駅前通りが国境になっているのです。駅自体はスロベニアですが、正面玄関前には、イタリアのゴリツイアの街が広がり、背後の線路の向こうがスロべニアという、風変りな趣に、駅前広場の国境線をまたぎ、記念撮影をする人が絶えません[写真]。

  かつて、ゴリツイアは、旧ユーゴスラビア連邦スロベニア共和国に属する一つの街でした。第二次大戦後、国境が引かれ、街の大半がイタリア側、駅裏の荒れ地がスロベニアに渡り、ドイツの首都ベルリン同様、コンクリートの厚い壁で分断されてしまったのです。

  けれども、共同作業するなどの交流が続き、スロベニアが独立、そして10年前、ヨーロッパ連合に参加してからは、検問もなく、自由に往来可能になったのです。

  駅前に車を止めた私たち家族は、好奇心から横断歩道を渡る感覚で、いざスロベニアへ。看板に並ぶ言葉、道行く人の姿格好、車のプレート…目にするものの変化以上に、一歩一歩、異国の肌触りを感じるのでした。それは、民族の誇りか、消えない歴史の爪痕なのか…。

  両国語で書かれたレストランのメニューには「スロベニア産」の名物が並び、イタリアでは禁止のカジノも繁盛の様子。取り払われた壁跡のフェンスから、うっとうしそうにはい出すツタ。この先もずっと見守り続けたいゴリツイアでした。


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