盛岡タイムス Web News 2015年  9月 10日 (木)

       

■  〈風の筆〉117 沢村澄子 「寺の面接」

 

  わたしは面接がダメで、よく落ちる。以前大きなトライにドボンと落ちた時、推薦してくださった先生の奥さんから「何て答えればいいか、どんな回答を期待されているかくらい分かるでしょ!」と言われて返事ができず(分からないから落ちたわけで)、「アナタには失望したわよ!」と目いっぱい怒られて泣き面にハチ。そこへ先生から「面接する側からすれば、同じ答えばかりでイヤになる日もあるから、オマエみたいなのは面白いと思ったんだけどなぁ…」と微妙に慰められたりして、さらに落ち込んだ。

  きのう、相手が望んでいることが分かる、こう答えれば喜ぶことが分かる、という人に会ってびっくり!いいなぁ。こういう人は面接で落ちない。うらやましくなってこの稿を書き始めたのだが、しかし、面接で聞かれたことに正直に答えたらダメだとは知らなかった。落ちてからそれが分かったと友人に話すと、「違うでしょ。すみこちゃんの正直が好かれなかっただけ」と、またまた傷口に塩。挙句、「私は立場上よく面接をしますが、さすがにいまだ説教された経験はありません」と言う人まで現れて、え〜っ、わたしの回答って説教だったの?面接官に盾突いてた?と蒼白(そうはく)になるも後の祭り。ただ聞かれたことに単純に答えただけのつもりだったのに…。でも、じゃあ、面接の意味って何?ウソを聞くことを前提に、そのウソの中から真実を探すこと?それとも、面接官側に従順な人間を見つけること?いや〜、何を言っても賊軍なのよね。相手の望む答えがまるで分からないのだから。

  数年前、東京で、突然ある人から京都の寺へ行けと言われたことがあった。そこで展覧会をさせてもらえ、今、電話をつなぐから面会の日時を決めろと。あまりに唐突なことで、いぶかしがっているうちに日が決まり、作品を持っていくよう言われたので、急きょ、途中下車して、鎌倉のコレクターさんの家で作品を借り受けた。

  京都で石段を登りながら驚いたのは、そこが大きなお寺だったこと。入山料900円。面接に900円とは高いのか安いのか分からなかったが、右手に作品、左手に持てと言われた菓子箱を抱えて、長い長い階段を登るのが一苦労だった。

  ゴージャスな応接間に通され、飲み込まれるようなソファに身を沈め、重厚なテーブルが顎の高さにあった。あまりに非日常的でいよいよ何が何やら分からない。そこへ現れた僧侶に忙しいから早く説明せよと言われたが、一体何を説明すればいいかも分からない。それで、作品を見せるのが一番かと思って風呂敷を解き始めたら「アンタなんかに興味はない!」と言い放たれて、当惑。じゃあ、と「何に興味があるんですか?」と尋ねてみたら、相手はポツリ「自分」と。そして、ソファから飛び上がった。

  その後、敷地内にある展覧会場に通されたが、縁側にびょうぶを立てたいと言うと庭が見えなくなるからダメだという。完全に見えなくなるわけではない、びょうぶの隙間から見えると言ってもダメという。それで、障害があった方がよく見える、と言ったら、なんとそのお坊さん、また飛び上がった。

  わたしは「よく飛び上がる人だなぁ…」と思っていたが、紹介者は寺から「あんな奴は二度とよこすな」と言われたのだそうで、もちろんその時もわたしはその面接に落ちた。でも、あの「自分」という一言が何となくうれしくて、これはこれで結構楽しい落第の思い出なのである。
     (盛岡市、書家)


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