盛岡タイムス Web News 2015年  9月 30日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉115 三浦勲夫 膝上と膝上げ


 転倒する危険、機会は無数にある。大好きな八百屋のおじいちゃんが軽トラで野菜を売りに来る。走って飛び出した幼児が前向きに転んで、額にかすり傷を負う。ジョギングの高齢者が、ちょっとした凹凸に脚を取られてズデンドウと「ヘッドスライディング」する。酒酔いや頭痛のフラフラで、室内でつまずいて、頭を家具にぶつける。

  転倒を防ぐにはどうするか。柔道の選手が対戦中、ワルツやタンゴのような軽快なステップは踏まない。そんなことをしたらスキだらけ。投げ飛ばしてください、である。力士は「すり足」を練習する。腰をしっかり下ろし、両腕(かいな)をすぼめて、押しの圧力をかける。これなら、相手の圧力に抵抗できるし、つまずく心配もない。

  しかし、すり足で日常の外出はできない。道路は土俵、稽古場ではない。想像するだけで、おかしくて、吹きだす。それよりはさっそうと、膝を高く上げ、靴底を地面から高く離して、「行進」するごとくに歩行する。そうすれば物につまずくことも防げる。脚力も腹筋もつく。ラグビーの選手は膝を高く上げて突進する。タックルを食らって引き倒されても、ボールをパスし、受けて、馬のごとく、がむしゃらに、ひたむきに、膝を高く上げて、突進する。トライ目指して、次々と波状攻撃をかける。

  高齢者が、脚を上げられなくなり、つま先が物に当り、ころりと転ぶ。骨折、負傷、思わぬ傷害や障害を負う。さあ、ここまで書いたら、自分の番だ。数日前、8`を脚を上げて歩いた。それはいい。その後、あと2`は走れる、と図に乗った。ゆっくり走り出したが足が上がらず、あえなく何かにつま先を当てて、前のめり。「大丈夫、立てる」と思ったが、送り足が続かない。結局、腕を伸ばして、少しでも衝撃を吸収して、「前倒し」の始末。手のひらなどから、出血した。後期高齢1年生に対する、痛い教訓となった。

  傷も癒えた4日後(9月26日)、「ケアガーデン高松公園」(軽費老人ホーム)の「敬老会」に招かれた。「家族会副会長」として、脚と肩のマッサージ器を入居者の方々に贈呈した。当然、手足肩をもみほぐして健康にお過ごしください、とあいさつする。さらに一言、自分の失敗を上げて、「自信、過信はけがのもとです。脚も上げて歩いてくださいね」と加えた。注意、慎重、謙虚なエージング(加齢)が必要である。

  「敬老会」には、日本舞踊と吹奏楽バンド(パシフィック・ブラス・オルケスタ)の実演もあった。日舞は平和と長寿を祈る「八千代獅子」を若柳優さん(若柳流師範)が舞った。着物も舞った。裾、袖、たもと、前身頃、後ろ身頃の模様が所作や表情に連れて何かを語るようだった。バンド演奏は「あまちゃんのテーマ曲」「ふるさと」「津軽海峡冬景色」「南部蝉しぐれ」「川の流れのように」だった。印刷の歌詞を見ながら口ずさむと、なんだか涙が出そうになった。いくつかの打楽器が、独特の音を添えて、珍しかった。

  膝で思う。久米の仙人は、吉野川で衣を洗う乙女の白いふくらはぎを見て、仙力を失い、空から女の前に落ちた。私は、何も見ずに、転倒した。今や、「白ハギ」にはざらにお目にかかれる。膝上10aのスカートにもよろめかないが、膝上げ10aを忘れればよろめき、倒れる。アンチエージングはいいが、安全許容範囲がある。
   (岩手大学名誉教授)


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