盛岡タイムス Web News 2015年  12月 16日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉304 三浦勲夫 どじょっこふなっこ


 東北地方のわらべ歌「どじょっこふなっこ」は、小川や農業用水路や田んぼの水棲動物を、季節ごとに、ユーモラスに、歌った。春になれば、「すがこ」(薄氷)がとけて、ドジョッコだのフナッコだの、夜が明けたと思うべな。夏になれば、わらしこ泳ぎ、鬼こ来たなと思うべな。秋になれば「木の葉こ」散って、舟こ来たなと思うべな。冬になれば「すがこ」が張って、てんじょこ(天井)張ったと思うべな。

  このような情景は、戦前、戦中はあったが、戦後の4、5年で失われたのではなかろうか。どじょっこ、ふなっこ、はおろか、ウナギやナマズもいっぱいいた。うそのような本当の話。農薬を盛んに使うようになって激減し、作付が減反され、休耕田となり、最後には宅地化されて永久に姿を消した。食卓や、食堂で、うな丼、うな重、柳川鍋という形でしか、お目にかかれない人たちが多そうだ。その昔、田んぼや農業用水路の泥をクワですくって、道端で平らに伸ばすと、ドジョウや小魚が、ピチピチ出てきた情景が思い出される。

  あれから、食生活の変化、コメ離れ、経済成長、工業化が進み、牧歌的農村風景が消えた。盛岡の盛南地区大規模開発は穀倉地帯を巨大商業地区に一変した。昔は田んぼだった土地に建つ家がなんと多いことか。昔の新庄田中、今の若園町に住んだ事があったが、そこは水田跡だった。現在住む北天昌寺町もそうである。この家の真ん前に長いこと水田があって、四季折々の風情を楽しんできたが、今年限りでそれも終わった。現在、アパートの建築中である。

  刈り取り後に、建設が始まった。田んぼの土の真っ黒いこと、泥土がねっとり、ねばねばしていること、ドジョウもフナもとうの昔に姿を消したこと、を再確認した。軟泥ともいえる土地に、たくさんの長いコンクリートの杭がズボズボ打ちこまれ、林立した。どうするのかと見ていると、コンクリート切断用のこぎりで、地上1・5bぐらいに切った。数日おいて、地上30aぐらいに切り詰めた。今、何かと話題の多い「杭打ち作業」の一つだろう。今度はそこに盛り土して杭の頭をうずめた。この後、工事はどう進展するだろうか。アパート本体が組み立てられるのは間近い。

  おびただしい数の杭がどれだけ、基盤を固めるかは分からない。しかし、水田の跡地に非常に気を使っていることは分かる。「田んぼの跡に、杭コが打たれ、ドジョッコだのフナッコだの、墓コできたと思うべな」。とうの昔に姿を消したドジョウやフナの霊が、自分たちや祖先の霊を慰める墓標だと、思うだろうか。

  乱杭歯のように林立したコンクリートの杭の林は、「伐採」されて、地下の部分だけをうずめている。盛り土の上にこれからアパートが建つ。一方、聞こえてくるのは「カアチャンのためならエーンヤコーラ、トーチャンのためならエーンヤコーラ」と歌った美輪明宏の「ヨイトマケ」である。乾いた土を、ヨイトマケの太く長い木の錘(おもり)で、「どしーん、どしーん」と突き固めた。軟弱な水田跡地にすぐにアパートを建築する基礎工法の大きな違いは「コンクリートの杭打ち」である。その杭の地上部を切って、頭を盛り土でうずめる。「ウーン」とうなりながら見守っている。
   (岩手大学名誉教授)


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