盛岡タイムス Web News 2016年  2月 17日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉313 三浦勲夫 サイレント・ルーキー


 キッチンの闇の中。無表情で、感情を押し殺した声が、突然、沈黙を破る。「ドアが開いています」。開いていたら、締めてくれよ、と思う。そこまではやってくれない。あなたが立ってきて、自分の手で冷蔵庫のドアを閉めなさいよ!とばかりに。

  電話機は「録音は1件です」。ストーブは「運転を開始します」。「機械女史」のキッカイ(奇怪)な声。ドアを締めないと「うらめしや〜」と言ったりするかな?それとも「コラ、閉めや〜」かな。パソコンは声を出さずに、字がユーザーに「聞いてくる」。サイレント・トーキーである。弁士なし。「写真メールが送信されずに残っています。送信・キャンセル」と、3日ほど前に、私に聞いてきた。さて、いかならん?「送信」をクリックしても送信されない。何度も同じことを聞いてくる。これまた無表情、無感情、かつ執拗(しつよう)である。「キャンセル」しても、いっかな聞く耳を持たない。メールは相手から届く。が、こちらからは飛んでいかない。

  メールの「便秘」は不便である。しかし、窮すれば通ず。2日後に、自分には二つのメール・アドレスがあり、一つだけを使い、他方は使っていないことを思い出す。他方を試すと、返事が出せた。ヤレヤレ。安堵(あんど)の胸をなでおろすと、詰まった写真も落ち着いて「除去」できた。二つのアドレスは無駄ではなかった。ホットメールも入れると全部で三つある。これからは三つ使ってメール連絡をする。八木節は威勢がいい。四角四面の櫓(やぐら)の上で三角野郎が音頭を取る。44386(獅子三八郎)の獅子奮迅である。

  柄に合ったガラケイ愛用者のガラパゴスである。ケイタイで撮った写真がパソコンに取り込みにくい。方法はあるのだが。それより、タッチパネルにしたら、という声も聞こえる。時代の声でもある。時代は進化する。自分は進化を止めて、ガラパゴス島に残る「希少種」か。進化、変化の波はとまらず、身の回りを流れ、去っていく。

  流れ、去る。流れ、去り、どこかに消える。極端に言えば、これが流行である。新しい波、ヌーベルバーグが押し寄せる。潮が差し、やがて引く(エブ、ebb)。Webの潮はebbとは当分ならないだろう。しかし、分からない。満ち潮あれば、引き潮あり。様式(マナー)が、生まれ、普及し、陳腐(マナリズム、マンネリ)となり、消える。芭蕉に「不易流行」、長明に「うたかた」あり。「よどみに浮かぶ、うたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」。ガラパゴスの獅子三八郎も、機械の有声無声、有象無象(うぞうむぞう)、に囲まれている。うつつの流れの波は、よどみに浮かぶ、おぼろの小人を取り囲み、籠城戦を挑む。「しのげるものなら、しのいで見よ、この不便を」。こちらは当面の不便を忍び、活路を見いださねばならない。

  でも孤軍奮闘ではない。見渡せば、援軍はたくさんいる。これまでも援軍に支えられて、情報社会を何とか生きてきた。録音テープ、カセットテープ、ビデオテープ、フロッピー・ディスク、CD、MD、メモリー・スティック、メモリー・カード。デジカメ、ブログ、フェイス・ブック、その他。消えては結ぶ、うたかたの流行の中、鴨長明も松尾芭蕉も知らない、不易流行綾なす、平成の浮世、憂世を生きていく。(岩手大学名誉教授)



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