盛岡タイムス Web News 2016年  2月 25日 (木)

       

■  〈風の筆〉135 沢村澄子 スペイン編(4)「グラナダ」


  マドリードに3泊。イタリア人とスペイン人の若いカップルが暮らすスタイリッシュなアパートに居候した。

  連日美術館へ。プラドでは宗教画のオンパレードに、その数のあまりの多さに、画の良しあしより描かれた内容から人間の業を見せ付けられる感じがしていささか気がめいったが、それでも、エル・グレコに気を引かれる。子どもの頃からずっと見たかったピカソのゲルニカにはソフィア王妃芸術センターで対面した。想像していたものと実物はかなり違って、戦争に対する怒りや悲しみといったものより、画を描く喜びにいるピカソを強く感じた。ティッセン・ボルネミッサ美術館でのムンク特別展には驚愕(きょうがく)。感慨深かった。
     
   あでやかな宮殿、たおやかな庭を守る要塞。この土が赤いために「赤い城」と呼ばれたという説も  
   あでやかな宮殿、たおやかな庭を守る要塞。この土が赤いために「赤い城」と呼ばれたという説も
 

  マドリードからバスで5時間のグラナダへ。もし、将来もう一度スペインへ行くことがあったなら、今度はこの街に長く滞在してみたい。今回の旅で最も美しいと思われた古都・グラナダ。落葉盛んだったイチョウの黄色、急な登りの路地の石畳、そこを歩く人々の風情といったものにさえ、乾燥したスペインにしては珍しい、何ともしっとりとした情緒があった。

  グラナダ市東部の丘にアルハンブラ宮殿が建つ。入場制限がありチケット予約が必要だが、そんな手間はいとうに足らないほどの価値ある一日を過ごす。

  宮殿内も、庭も、かつての要塞も、素晴らしすぎて言葉が出ない。とにかく、息をのむ。美しい。かつてわたしはローマのバチカンでも呆然(ぼうぜん)と口を開けたが、あの時かすかに覚えた(権力の?)威圧感のようなものはここでは感じなかった。他の要素の方が強いのだろう。美しい。

  この宮殿はスペインにおける最後のイスラム政権ナスル朝の王宮で、アルハンブラは「赤い城」を意味するアラビア語がスペイン語に転訛(てんか)したものだと聞くが、全体に白いこの宮殿がなぜそう呼ばれるかというと、増築時に夜を通してかがり火が燃やされ、それがグラダナ平野からは城が赤く燃えているように見えたから、というのが通説らしい。ここでの歴史的背景も非常に興味深いが、今それを記すスペースに足りず、とにかく、イスラムとスペインの文化融合が非常にエキゾチックですがすがしく、魅力にあふれた宮殿である。
     
   アルハンブラ宮殿「二姉妹の間」の天井。その鍾乳石装飾の緻密さと美しさにはただただ言葉を失う  
   アルハンブラ宮殿「二姉妹の間」の天井。その鍾乳石装飾の緻密さと美しさにはただただ言葉を失う
 

  内部を飾るタイルのさまざまな幾何学模様の表情に驚く。鍾乳石装飾が施された八角形の天井は今にも垂れてきそう。左、右、どこを見ても、それぞれの細工や意匠に、一体これはどれだけの労力や時間が費やされてきたのかと、やはり言葉を失う。

  職人の仕事というものは、明らかに芸術家のそれとはタチが違うように思うのだが、そのコワさ、底力のようなものを、この時ほど強烈に感じたことはなかった。無私という私の強さ。それがズンズンドスンとわたしに響いてくる。しかも、軽妙に。

  ここの庭の良さはくつろぎにあると思った。全く気張っていない。どこもかしこも自然体で、目の前の木には、2、3個のオレンジがふらりとなっていたりして。竜安寺の方丈石庭も嫌いではないけれど、わたしはアルハンブラの方を好む。呼吸が楽で、いくらでもその中を歩くことができる。自分を、この身を、その庭を通過する風のように感じた。(盛岡市、書家)


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