盛岡タイムス Web News 2016年  2月 26日 (金)

       

■  〈潮風宅配便〉290 草野悟 被災者には節目だろうか


     
   
     
  東日本大震災から5年の節目。節目をどう捉えるか、被災者の方々にとっては「節目」なんだろうかといつも疑問に思います。日々忘れることなく生きていることは、さまざまな現場で被災者の方々とお話をするたびに感じます。報道はここにきて「節目」が大きなニュースとなってきています。ある意味、「風化」に対する警鐘としての効果は大きいのだろうと思います。直後の写真を整理するたびに「まだほんの少しの経過」と感じてしまいます。

  この写真は陸前高田市の教育会館です。避難所となっていたため、多くの方が犠牲になりました。2011年の2月25日に友人を訪ねて行ったのが、この教育会館です。友人は教育委員会次長の職にありました。古くからの友人で、3月末に定年ということで、激励を兼ねて職場を訪ねました。教育会館の3階の会議室に2人で入り、定年後の遊びの相談に花を咲かせました。故郷をこよなく愛する友人でした。

  それから約2週間後、3月11日、何度電話しても通じず、数日後携帯の回線が復旧したあとも留守番電話だけでした。不吉な予感は11日からあったのですが、もしかして電話がかかってくるかもしれないと期待もありました。4月に入り、カバンを持ったままのご遺体が発見されたとの報に言葉もなく落ち込んでしまいました。今でもその思いは特に2月になると鮮明によみがえってきます。残されたご家族はさらにつらい日々を送ってきました。

  「節目」という区切りはありません。ニュースには出ない数多くの負のエピソードがあると思います。こうした実情は最前線にいる県職員や自治体職員、地元リーダーの方々は身をもって把握しています。それでもままならないのが「復興」です。「復興」の手法は常に半々の意見に分かれます。それだけ難しいかじ取りが要求されます。笑顔いっぱいの三陸になる日を夢見ています。
(岩手県中核観光コーディネーター)



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