盛岡タイムス Web News 2016年  3月 10日 (木)

       

■  子どもたちの笑顔のために 県医師会開設の高田診療所 56カ月で活動に区切り 内陸の医療従事者が尽力 心のケア継続は大事 県小児科医会会長 三浦義孝さん(盛岡)


     
  高田診療所での診療の様子(三浦さん提供)  
 
高田診療所での診療の様子(三浦さん提供)
 

 2011年3月11日に発災した東日本大震災では、沿岸部の医療体制も大きな打撃を受けた。そのフォローをするため、県医師会と各郡市医師会、各科組織が連携し、内陸の医師らも支援に尽力。中でも深刻な影響が出た陸前高田市には、県医師会が同年8月に「高田診療所」を開設。今月末で終了するものの、4年8カ月にわたり地域医療を支援してきた。高田診療所や各健診、子どものグリーフ(悲しみ)ケア活動に携わってきた県小児科医会会長の三浦義孝さん(61)=盛岡市中野1丁目「みうら小児科」院長=に話を聞いた。

  三浦さんは30年ほど前、県立大船渡病院に勤務していた。震災後、沿岸地域を巡り、大船渡の街を見たときには涙が止まらなかったと振り返る。「大船渡病院には陸前高田の患者さんも多く来ていた。高田診療所の支援は当然で、行かなければと思っていた」。

  同診療所では基本的に北上・奥州市・一関市医師会の医師が活動したが、その地区の小児科医が少ないことから、県小児科医会としての協力が決まったという。三浦さんは「県医師会の主導のもと、県小児科医会の先生方のおかげで継続した支援ができた」と話す。

  高田診療所で行うのはあくまで一次診療だが、大きな病院の手助けという位置付けで継続してきた。通常の診療だけでなく予防接種も実施した。「患者さんと顔見知りになり『(次は)いつ来るの?』と言われることも。そうすると、地域に小児科は必要なんだなと思う」と三浦さん。

  今後の支援について「復興に伴い、公的な支援が縮小し形を変えるのは当然だが、仮設住宅の住人がいる限りは何らかの支援も必要と考えている。心のケアも地域医療の枠内で継続していくことが大事。県医師会の主導のもとで、小児科に関することで応援できることがあればお手伝いしたい」と話す。

  子どもの心のケアの一環として、被災地の子どもたちを対象にしたグリーフケアキャンプにも携わってきた。キャンプには絵馬や作文を書く活動もある。当初は「被災した人に笑顔が戻りますように」「東北がんばろう」などと書く子が多かったが、回を重ねると「お金持ちになりたい」など子どもらしい素直な願いを出すようになってきたという。「周囲の状況を見て、無理に自分の気持ちを抑えようとしていたのでは。日常を取り戻しつつあるのかなと感じている」。

  子どもたちの笑顔のために、小児科としてできる活動を続けている三浦さん。高田診療所の診療の帰りには、市内を見て回っている。「街の様子は全然変わらない。皆さんいろいろ苦労して頑張っているが、復興はまだまだだと思う」と実感を口にする。

  「子どもたちが遊べる運動場、自転車で走れる道があればいいと思う。外で子どもたちが思い切り遊べる状況に戻ってほしい」と話した。
    (相原礼以奈)


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