盛岡タイムス Web News 2016年  3月 18日 (金)

       

■  平泉政権の関連色濃く 紫波町発掘調査報告会 上級の居館跡か(南日詰大銀U)


     
  調査報告会後、出土品を見学する参加者ら  
 
調査報告会後、出土品を見学する参加者ら
 

 2015年度紫波町発掘調査報告会(町教委主催)は16日夜、同町日詰の町中央公民館で開かれた。町担当者が同町の比爪館遺跡に関連する南日詰大銀U遺跡の1次調査の内容を報告し、幅60aの塀跡、中国産の黄釉(おうゆう)陶器盤1点の発見などを説明。同規模の塀跡、黄釉陶器盤は県内ではこれまで平泉・柳之御所遺跡以外では確認されていなかった。希少な遺構の確認で、比爪館に関わる上位階級の居館があった可能性が急浮上し、4月以降の2次調査に期待が掛かる。

  報告会には地域住民ら約20人が参加。鈴木賢治文化財専門調査員が調査結果を説明した。同調査は町汚泥処理施設建設工事に伴うもの。面積は約400平方b。検出遺構は掘立柱建物跡9棟、塀跡2条、土坑跡2基、柱穴跡504口。遺物はかわらけがコンテナ約15箱分、常滑産など国産陶器、中国産陶器と磁器、鉄製品など。

  うち幅60aの巨大な塀跡は12世紀の前期から中期のものとみられ平泉、比爪館と時代は一致する。幅の大きさや遺構の形から丸太による塀があったとみられる。敵の侵入を防ぐための強固な造りから、重要人物の居館があった可能性が高い。

     
   南日詰大銀U遺跡で発見された幅60aの塀跡。丸太による塀があったとみられる  
   南日詰大銀U遺跡で発見された幅60aの塀跡。丸太による塀があったとみられる
 


  また、黄釉陶器盤は柳之御所遺跡から数点しか発掘されていない一方、比爪館遺跡からは出土していない。平泉、柳之御所と関連深い遺跡と推測され、4月開始の2次調査(約1千平方b)でさらなる発見が期待される。

  かわらけ、国産陶器、中国産陶磁器の平泉に関連する出土品の発見のほか、三面庇(ひさし)掘立柱建物跡も発見され、比爪館に関連する施設(居館)の存在が推測される。

  仮説として鈴木調査員は藤原清衡の四男、清綱に触れた。清綱は、比爪館を拠点に周辺を支配した比爪太郎俊衡、比爪五郎季衡の父。俊衡、季衡は比爪館の居住とされるが、清綱の居住地は分かっていないという。北上川流域に近い大銀U遺跡の立地は、清衡が居館を構えたとされる柳之御所に酷似している。

  鈴木調査員は「塀跡の大きさからも、位の高い人物の居館があったことは明らか。今後の調査で裏付けできれば、大きな発見になる」と話した。


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