盛岡タイムス Web News 2016年  4月 6日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉482 伊藤幸子 「エヴェレスト街道」


 ザイルにて結べる友と岩壁と青く澄みたる空だけが見ゆ
                              馬場 昭徳
                   「角川現代短歌集成」より

 「ノースコルの上、第四キャンプあたりから見たエヴェレストのピラミッド。左側に、北東稜の尾根が見え、第一ステップ、第二ステップを経て、地球の唯ひとつの場所へと続く稜線がある…」これは夢枕獏さんの「神々の山嶺(いただき)」のワンシーン。

  そして私は今、7900bの第四キャンプを越えたサウスコルの地図に見入っている。8848bのエヴェレスト山頂では、常に風速50b以上の風が吹き、気温マイナス50度、気圧は地上の3分の1になるという。

  地球の最高峰、エヴェレスト。本当にいつかあの頂を自分の足で踏んでみたいと、誰でもが一度は胸に思う。思いながら忘れてゆく。いや、忘れるのではない、諦めてしまうのだ。日本ではすでに忘れられかけている天才クライマー、羽生丈二(阿部寛)。その男を見届けたいと思って追ってきたカメラマン深町誠(岡田准一)。

  岸文太郎が青風山岳会に入ったのは1974年の4月。羽生丈二が30歳のとき。岸は18歳、大学の山岳部には入部せず、青風山岳会を選んだのはそこに羽生がいたからだ。映画「エヴェレスト」での岸(風間俊介)は垂直の岩肌にへばりつく顔に恐れといとけなさのまじる、なまの目の動きが印象的。

  落ちた岸と羽生はザイルでつながっている。岸は羽生から30b下方に宙づりの形でまだ生きていた。何度かザイルを手に持って引き上げようとしたが無理だった。ザイルは岩に擦られて切れたのではなく、羽生が切ったのではないかといううわさが流れた。

  そして、岸の妹、涼子。映画の撮影では、実際に5200bのベースキャンプまで、10日間かけて登り酸素の薄い山岳でロケに当たった由。ネパールの、シェルパの長老アンツエリンにも惹かれた。羽生とつきあっていた涼子がカトマンズを訪れたとき―。そこで見たものは、羽生はこのアンツエリンの娘と夫婦になり、アンツエリンに「息子よ」と呼ばれている光景だった。土壁をめぐらした家に粗朶(そだ)の燃える音だけがする暮らし。そこで新しい家族といる男を置いて日本に帰ってくる岸涼子(尾野真千子)。

  原作と映画は違って当たり前。私は原作をくり返し読み、羽生と深町のルートをたどり、映画も2度見た。そしてシェルパのほとんどが来世を信じて祈る姿、エヴェレスト街道の豊かさに感動した。やがて無酸素単独登頂を試みた羽生の亡きがらを見る深町。凍った羽生の手首に、涼子に託されたターコイズ(トルコ石)を掛けてひざまずいた―。
    (八幡平市、歌人)



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