盛岡タイムス Web News 2016年  5月 25日 (水)

       

■  〈口ずさむとき〉489 伊藤幸子 「ヤマナシの花」


 梨の花とんで母屋の塵となる
                平畑静塔

 所属する短歌会より笑える原稿依頼があった。A5判、200nの全国誌に「カレードスコープ」という写真入りの紹介記事があり、男女2名で毎月掲載される。それに使いたいのでと5項目ばかり書かれてある。

  略歴や短歌を作り始めた経緯などはいいとして、最近の全身の写真が必要とあり、困った。編集部に電話すると笑って「写真屋で撮った正装用などではなく、なるべく物語性のあるスナップ写真がいい」とのこと。ますます困ったことになった。

  子どもたちが小さかったころは、どこに行くにもカメラ持参だったが、最近はほとんど持ち歩かなくなった。パソコンもないのにデジカメを買って、いちいち写真屋さんに処理してもらうのがおっくうで、ますますカメラを遠ざけてしまった。撮って人にあげたりもらったりする習慣も最近は少なくなったように思う。

  春らんまん、わが家のヤマナシが満開だ。ことしは5月3日のうぶすな神社のお祭りには咲かなかったが、8日ごろから咲き始め、13日には満開になった。下はフキのみどりが波打ち、私は何度もシャッターを押した。

  今回の依頼に応えるためにはモデルが入らなければならない。辺りは田植えシーズンで遊んでいる人はいない。妙齢モデルさんならともかく、「私を撮って」と頼むには勇気がいる。

  朝、5時すぎ、新聞配達さんが来た。全国紙と盛岡タイムスを配達の若い男性。わけを話すと快く応じてくれた。

  フキの葉に腹の辺りが隠れ、胸には息子の嫁さんの母の日プレゼントのスカーフ。背景に梨の花越しに神社の赤い鳥居が見える。ウン、「物語性のあるスナップ」って、こんなところかな。しかしよく見たら、梨の木の枝が私の左肩から伸びた形に写っていて、フキの葉も一部裏返っていて惜しまれる。出来上がりが悪いとつい撮り方が悪いと思いたくなる。

  私には今も母の泣ける思い出がある。まだ施設に入る前だった。母に写真を撮ってやって交代にカメラを渡した。ところがいくら待っても、カシャッと鳴らない。「どうしたのよ!」といらだつ私に「へだって、なんぼ押しても、押ささらねえおん」という小さな声―。

  笑いとも悲しみともつかぬ、じれったそうな目がどこかあどけなく、口を少しゆがませて一生懸命言い訳をする母から私は無言でカメラを受け取った。あの時もヤマナシの花が揺れていた。
(八幡平市、歌人)



本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします