盛岡タイムス Web News   2018年  2月  10日 (土)

       

■ 県教委 原敬日記など4件を県文化財へ 自筆の83冊と絶筆メモ 近代日本史の一級資料


 

     
  有形文化財(古文書)に登録された原敬日記と絶筆メモ  
  有形文化財(古文書)に登録された原敬日記と絶筆メモ
 

 2017年度第2回県文化財保護審議会(委員長・佐藤由紀男岩手大教授)は9日に県庁で開かれ、盛岡市の所有する「原敬日記 附絶筆メモ及び本箱」を含む計4点を県の文化財に指定すべきと答申した。3月の教育委員会議の議決を経て、4月の県報公示をもって正式に指定される。

  「原敬日記 附絶筆メモ及び本箱」は、有形文化財(古文書)に登録される。盛岡市出身で1918年に初の政党内閣を樹立した原敬(1856〜1921)の自筆日記83冊と、21年10月26日から11月4日の暗殺当日までの絶筆メモ4枚、そして日記を収納し保管する本箱1基で構成される。質、量ともに類のない日本近代史の第一級資料であること、その日記が郷里に伝存していることなどを大きく評価した。

  日記は1875年4月14日から1921年10月25日までの記事が記されている。若年の修業時代に始まり、立憲政友会総裁就任、内閣総理大臣就任、そして暗殺直前までが詳細に記録されている。特に1896年7月の朝鮮特命全権公使赴任以降は毎日に近い形で記述されている。

  立憲政友会総裁、内閣総理大臣の就任後は、日々の言動はもとより公私の面談者との談話、閣議内容など最高機密、敵対する藩閥政治家との交渉などが克明に記されている。明治後期から大正期にかけての政治情勢、政界の裏側、政治家の思想や行動様式を理解する上で貴重な資料とされる。

  絶筆メモは洋紙罫紙に鉛筆書きされたもの。原は常にメモを取り、後に日記に清書したとされる。本箱は防虫効果があるといわれるクスノキ製で、堅牢な鍵もついている。これら一式は原の暗殺直後に盛岡市の古川端の別邸「介寿荘」の蔵に秘蔵され、現代に伝えられた。後に盛岡市に寄贈され、現在は原敬記念館に保管されている。2004年6月1日には盛岡市の指定有形文化財に登録された。

  原敬記念館の田ア農巳主任学芸員は「原敬日記は日本近代史における貴重な資料であり、指定されたことは喜ばしい。政治家としてだけでなく、一人の人間としての原敬を知ることもできる資料なので、内容がもっと世に広まるよう努めたい」と話す。同館では通常、原敬日記の複製を展示しているが、今回の答申を受け、2月末まで現物を展示する方針という。

  今回の審議会では原敬日記の他、平泉町の毛越寺が所有する「紙本著色 刀八毘沙門天画像」が有形文化財(絵画)に、花巻市の「早池峰岳流 浮田神楽」が無形民俗文化財に、二戸市、軽米町、九戸村にまたがる「折爪岳のヒメボタル生息地」が天然記念物(動物)に指定された。

  今回の答申を受け、県文化財は391件となる。


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