2013年 11月の天窓


 2013年 11月 30日 ―特定秘密保護法案の審議―
 「特定秘密保護法案」とは一体に何なのかと疑問に思っているうちに26日の衆院で法案が通過してしまった。
▼与党自民党は法案の審議に40日もかけたのだから十分に議論は尽くされているとしている。与党の自・公と日本維新の会、みんなの党との間で修正がなされたものの、日本維新の会は採決の場には加わらなかった。結局、27日午後7時過ぎからの衆院本会議で自民党、公明党、みんなの党など賛成多数で可決されたが、根本的な問題の審議は参院に移されている。
▼特定秘密保護法案は「防衛、外交、スパイ活動、テロ」の4分野について、特に秘匿する必要があるものを、各省の大臣が特定秘密にする。秘密を漏らした公務員には最長で懲役10年の刑が科せられる、といった内容である。
▼指定の範囲が広く曖昧(あいまい)なため、何が秘密かよく分からないまま情報を受け取った側にも罪が問われかねないなどとして野党などから修正の要求が提案された。修正案は@特定秘密の範囲A指定期限B指定できる行政機関C監視機能―について政府案を見直した。
▼しかし、法案の骨格は何ら変わらず、「指定や解除の基準を検証する第三者機関の設置検討」を法案の付則に盛り込むなどした。問題を抱えた状態のまま欠陥法案を成立させてよいものだろうか。

 2013年 11月 29日 ―飲酒事故がなければ20歳の涼香さん―
 飲酒運転や暴走車による死傷事故が後を絶たない
▼顧みれば被害者遺族らの厳罰化を求める署名運動が国政を動かし、危険運転致死傷罪創設案が国会で可決したのは01年11月28日だ(翌月成立、施行)。その日は二戸で飲酒運転車が登校中の小学生9人の列に突っ込み、当時7歳の大崎涼香ちゃんの命を奪ってから1年目の命日だった
▼ほかに7人が重軽傷を負い1人は入院先で亡くなっている。涼香ちゃんの父・昌幸さん、母・礼子さんは深い悲しみの中で、加害者の業務上過失致死傷罪という罪名を聞き驚く。裁判で加害者は事故を起こすことを予感したと証言している
▼それなのに「過失」という矛盾。さらに判決では妻の看病疲れなどを考慮し加害者は最高刑5年を1年減刑、懲役4年となる不可解さ。大崎夫妻は全国の同様遺族らと連携し厳罰化要求の署名活動に力を注ぐ
▼署名総数は37万人を超え窃盗罪(最高刑10年)より軽かった処罰法は、くしくも涼香ちゃんの命日に最高刑20年の厳罰法となる。今月20日には事故後に逃げ、酔いを覚ます逃げ得などを許さない自動車運転死傷行為処罰法も成立している
▼二戸のあの事故がなければ今年20歳の涼香さん。まな娘を目に浮かべる両親の無念が伝わってくる。法整備など不要といえる運転者倫理の深化を願うばかりだ。

 2013年 11月 28日 ―石割桜を守り継承する―
 盛岡地方裁判所の敷地内にある国の天然記念物「石割桜」の雪囲いが22日に行われた。
▼石割桜の雪囲いは盛岡の初冬の風物詩になって
いるが、多くの通行人が見守る中で真新しい縄やわら、こもなどを使って手際よく幹などが巻かれていった。幹の傍らには3本の吊(つ)りざおが立てられ、天井から約110本の縄が張りめぐらされ、枝を雪の重さから守る。
▼盛岡市本町通の老舗造園業豊香園(藤村孝史社長)の職人10人によって一日がかりで行われた。22日は二十四節気の一つ「小雪(しょうせつ)」で大安日であった。豊香園は1932年から石割桜の手入れを行っているが、5代目社長の藤村孝史さん(61)の話によると、石割桜の幹周りや岩の割れ目などは年々大きくなっており、いまだ成長していることが確認できるという。
▼今年の夏は異常な暑さであったから、今冬は寒さが厳しいのではないかと思われる。石割桜の雪囲いがなされるとチラホラと空から雪が舞い降りてくるが、雪を喜んで迎えるのは犬と子どもたちである。そのほかには「スキー場」だろうか。冬がしばれるから春の桜が美しいのだろう。
▼石割桜の種子を育てて、桜並木を造る計画が釜石市などで行われている。雪を恐れることなく利活用していかなければならない。

 2013年 11月 27日 ―死亡診断ミスが招く笑いと涙―
 高齢であっても寿命が尽きることは、悲しい出来事である
▼作家の五木寛之さんは、その悲哀に満ちた雰囲気の中で亡くなったはずの当人がしゃべり出す逸話を著書「大河の一滴」(幻冬舎)で紹介している。五木さんの友人の祖母が衰弱し、診ていた医師が呼吸などを確かめ「ご臨終です」と告げる
▼家族の一人が「あ、死に水をとらなきゃ」と言う。それは水を含ませた脱脂綿で遺体の口元を湿らせる儀式のことだが、言い出した人が「脱脂綿はどこに入っているんだろう。どこだっけ」と周囲と話し始める。その時に息絶えたはずのおばあちゃんが、細い声で場所を教えたというのだ
▼「タンスの上から三番目の左側」と。皆がびっくりしている中で家族が言われた通りにタンスを開けると、3番目左側に脱脂綿があったというのである。おばあちゃんは最後の指図をした直後に本当に息が絶え、医師の判定がわずかに早すぎただけで落着している
▼それに比べ今月20日に中国で呼吸器疾患による死亡診断書のある赤ちゃんが、火葬直前に泣き出し救出された事件は深刻だ。診断ミスのほか故意に死亡とした恐れもあり調査が続く。治療を放棄した両親が愛児に名前を付けていないことも判明した
▼先のおばあちゃんは笑いも誘うが、赤ちゃんのむごい扱いには泣けてくる。

 2013年 11月 26日 ―トヨタ自動車東日本岩手工場20年―
 金ケ崎町のトヨタ自動車東日本岩手工場が21日、操業20周年記念式典を開いた。同工場は1990年に敷地96万4千平方bを取得、93年10月3日、関東自動車工業の東北拠点として生産を開始した。
▼2005年に年産30万台体制を確立し、リーマン・ショック後もコスト削減などで工場内の仕組みを改善して「良い車を安く早く作れる工場」に成長してきた。現在はアクアを全量生産するなど小型車に特化し、従業員約2500人をもって12年度は、4車種を過去最高の41万2千台生産している。12年12月まで累計生産台数は300万台を突破した。
▼同社は部品の現地調達を拡大中で、北上市にはバネ製造の東北日発が、今秋までにトヨタ向けバネ製造ライン増設に向けた取り組みを行っている。
▼数年前、関東自工時代に「コロナエクシブ」の生産ラインを2度ほど見学し、分刻みで新車が仕上がっていくオートメーション化された超近代的な工場を見て驚いたものだった。人間が機械に駆使されているのではないかと勘違いしたが、部品の運搬もシステム化されていて無人台車で 運搬されているのには目を光らせざるを得なかった。
▼当時、北米などへの輸出車が多く生産されていると聞いたが、地域の雇用や経済へ貢献度は高い。さらなる発展を願っている。

 2013年 11月 25日 ―《完全な安全》はない原発―
 原発維持側にいた小泉純一郎元総理が一転。「原発ゼロ」を歯切れよく主張している
▼安倍総理にも方針転換を迫り、特集並みの報道をするテレビ局もあって小泉劇場再来の気配も漂う。「原発事故により今も県内外に避難する福島県民はおよそ14万人に及ぶ」とのアナウンスもしばしば耳にする
▼それを聞くと発震年の夏に福島で開催された全国高校総合文化祭で、福島の女子高生が叫んだ言葉がよみがえる。彼女は「私の夢」として次のように言う。「福島に生まれて福島で育ち、福島で働いて福島で結婚し、福島で子どもを産んで育て、福島で孫、ひ孫を見て最後の時を過ごす」(要旨)と
▼今も自宅に帰れずにいる人たちも同じ夢を抱いていたであろうが、それをずたずたに断たれている
▼妻と子は他県に避難、夫は福島の職場近くに借家するなど家族バラバラを強いられている人たちも少なくない。現代科学の粋を結集しても原発に完全な安全はない。日本には使用済み核燃料の最終処分場もない。それができても約10万年は危険が伴うという。だから小泉さんの主張は説得力を持つ
▼元総理は世界で唯一というフィンランドの最終処分場を視察し原発ゼロを決断したという。電力確保の道筋を考慮しながらも、国民的な論議も原発ゼロへと加速するのではなかろうか。

 2013年 11月 24日 ―ケネデイ駐日大使着任―
 初の女性駐日大使、キャロライン・ケネディ氏(55)が15日に来日した。19日はオバマ大統領から託された「信任状」を天皇陛下に奉呈して、正式に就任され、本格的な活動を始めた。
▼皇居松の間で行われた信任状奉呈式には、黒っぽいワンピースに真珠のネックレスを身に着け、午後3時ごろ東京・丸の内の明治生命館前から宮内庁の2頭引き儀装馬車に乗り込まれ、護衛の騎馬隊と共に約1`、多くの沿道の人たちの声援を受けながら皇居前広場を経て正門から皇居・南車寄せに到着された。
▼ケネディ氏は1963年11月22日に暗殺されたジョン・F・ケネディ元米大統領の長女で、当時5歳であった。宮殿で最も格式の高い松の間で奉呈式を終えられた後、記者会見では「母国を代表することができて大変光栄に思う」と述べられた。
▼オバマ大統領、ケリー国務長官などとの太いパイプを持ち、米国民からの支持も高いといわれている。式の後も馬車に乗って皇居前広場の北側約1・7`のコースを出発地に戻られた。
▼来日直後の記者会見では、松尾芭蕉の「奥の細道」に高い関心を示され、「古池や蛙飛び込む水の音」の一句が飛び出している。日本の歴史文化に関心が高く、奈良や京都、みちのく平泉などにも興味を持っておられるものと思う。

 2013年 11月 23日 ―世に連れ生まれる新語―
 15歳、14歳に12歳も加わる女子中学生3人が、6件の放火をしていたことが発覚
▼年長2人は逮捕され12歳は児童相談所通告となる事件が関西であった。火を付け消防車が来て大騒ぎになる時の高揚感がたまらなくてやったという。大人たちが絶句するだけでなく真面目な少女たちも、若年女子流行語の「激おこぷんぷん丸」を口にし憤っているかもしれない
▼それは激しく怒ってぷんぷんするとの意味で、20日発表の「13年新語・流行語大賞」候補50語にも選ばれている。世に連れ生まれた新語だが若者言葉の短絡的な表現には面食らう。怒り語も強弱により6段階あり先の言葉は4番目の強さだ
▼ちなみに3番目の語は候補選外だったが、「ムカ着火ファイアー」と表記する。ムカついて心に火が着き炎になるという意味だ。連続放火には関連はなかろうが少女たちが心でなく器物に着火し、炎上させた事件が起こる世情と重なるような言葉にゾッとする
▼さて来月2日に発表される大賞はどんな流行語になるか。NHKドラマ「あまちゃん」が普及させた本県久慈発の「じぇじぇじぇ」も優勢だが「今でしょ」や「お・も・て・な・し」「倍返し」も浮上している
▼毎年上位10語でその年を振り返ってきたが歳末の発表には、またも光陰の速さを思い知らされることだろう。

 2013年 11月 22日 ―習近平体制の舵取り―
 中国共産党の習近平総書記体制が発足して15日で1年が経過した。冷え切った日中間のよりを戻す動きがあって良いのだが、現在の情勢では関係改善に向けて大きくかじを切るのは難しい状況におかれているように見受けられる。
▼指導部としての意向なのか、習総書記自身の方針なのかは計り知れないが、尖閣諸島や歴史認識の問題で安倍晋三政権への強硬路線は依然として敷かれている。
▼それでも8月ごろから民間や地方間で対日交流を徐々に復活させ、9月には中国の大手企業10社の代表団が日本を訪問、関係改善の模索が始まったように見えた。一時期、安倍首相との首脳会談を真剣に検討する、とした習総書記の前向きな発言があったのだが、その直後、中国軍艦と海上自衛隊の護衛艦がにらみ合うような情勢で後戻りした。中国側では、閣僚の靖国神社参拝や自衛隊の活動を引き合いに出して、対日批判を強めている。
▼12日に閉会した共産党の中央委員会第3回全体会議(3中全会)を挟んで北京市・天安門前にウイグル族と見られる家族が車で突入し、炎上した事件、さらには、山西省太原市や新彊ウイグル自治区等で襲撃による死傷事件が発生している。国内の治安強化を打ち出しているが、それらの内紛は何が原因なのか、注意深く見守る必要がある。

 2013年 11月 21日 ―安倍路線の危うさへ監視の目―
 参院選大勝でねじれを解消した安倍総理は、保守本丸の旗色を鮮明にしている
▼昨年末の政権奪取後しばらくは波風を避け経済施策を軸に安全運転。国民も安心感を支持率の高さに反映。総理は好感に便乗するかのように温めてきた政策を次々と打ち出す。現行の小中学生への「道徳の時間」を、15年度から正規の「教科」に格上げする方針も公表
▼世論は騒然とする。国定道徳教科書で子どもの心を国にとって都合のいい方向に誘導するのかと、憂慮の声も噴き出す。国会で激論中の「特定秘密保護法案」も懐疑を広げている。国内外に知られると困る国の秘密情報保護が目的だが国民の理解は進まない
▼「公務員はしゃべるな」「マスコミは伝えるな」と命じ違反者は厳しく処罰するという法案だ。国民は「見ざる聞かざる」の状態に置かれることを危ぶむ。戦前回帰かとの不安も募る。法案論争の裏面からNHKの経営委員会問題が浮上。安倍批判が過熱する
▼12人で構成する同委員会は「知らせる」使命を担う公共放送の最高意思決定機関だ。安倍総理は国会同意による委員人事に着目。既に自身の元家庭教師など近しい人を送り込み、NHKへの影響力を確保している。その無節操に怒りが噴出したのだ
▼好感は冷え始めて世論は鋭く安倍路線に監視の目を向けている。

 2013年 11月 20日 ―石川啄木記念館の新たな管理運営―
 石川啄木記念館の「感謝の集い」が17日、盛岡市立渋民中央公民館で盛大に開催された。財団法人石川啄木記念館(嵯峨忠雄理事長)が主催した。
▼12月1日からは法人法の改正に伴う対応として、管理運営が盛岡市に移管される。歴代の理事長、記念館長、学芸員をはじめ、関係職員の努力に深く感謝したい。
▼啄木顕彰は大正11年4月13日、啄木没10周年記念として、啄木の教え子を含む渋民村民がこぞって岩手山、姫神山を仰ぐ北上河畔に啄木第一号歌碑が建立されたことに始まっている。以来、綿々と引き継がれて91年が経過している。昭和45年に財団法人石川啄木記念館として創設され、全国に広がる啄木ファンに愛され、現在まで啄木顕彰の拠点として重要な役割を果たしてきた。
▼昨年は、啄木没後100年を迎え、啄木没後百年記念事業実行委員会により、さまざまな事業が展開された。先の東日本大震災津波では陸前高田市の高田松原にあった啄木歌碑が流失したが、啄木愛好家の浄財で、啄木の古里から重量4dの姫神小桜石に、啄木のひ孫の石川真一さんの揮毫(きごう)によって「頬につたふ/なみだのごはず/一握の砂を示しし人を忘れず」の歌が刻まれ、14日建立された。
▼被災地の再建とともに、啄木記念館の隆盛を期待している。

 2013年 11月 19日 ―今冬は灯油が最高価格に―
 今年もこの季節になると筆者が住む地域には、灯油販売のタンク車が毎週初めに定期便のようにやってくる
▼昔からの米穀店経営者がお米の配達先から、石油も届けてほしいという声が相次ぎそれに応えて始めたらしい。時期は堺正章らがNHKで歌った「北風小僧の寒太郎」がアニメ化されて、大ヒットした1980年代初めだというからもう30年になる
▼タンク車は遠くからこの歌を流しながらやってくる。「♪北風小僧の寒太郎 今年も町までやってきた ヒューンヒューン〜冬でござんす〜」と。耳にした近所の人たちがカラフルなポリ灯油缶を持って待ち構える。さながら冬の風物詩である
▼最近は便利な配達システムもできタンク車を待つ人も微減はしているが、人気は衰えていない。買う方法よりも利用者の関心は高止まりした価格に集中している。県生協連が13日に開いた灯油委員会では、今冬の価格を同時期史上最高の1g102円に決めている
▼これは明春までの暫定価格だが同時期の昨年価格は90円だ。家計を預かる主婦の皆さん方は悲鳴を上げている。高値で推移していた原油は円安の影響で高止まりが続く。だから売る側も苦しい。双方から「冬でござんすよ」とため息が聞こえる
▼安倍総理が胸を張って語る好況感も一部の表層現象にしか見えない。

 2013年 11月 18日 ―岩手医大移転後の盛岡市中心部と医療―
 盛岡商工会議所は11月1日、谷村邦久会頭が選出されて新体制がスタートを切った。新体制で同5日には谷村会頭、玉山副会頭、廣田専務の3人が盛岡市庁舎を訪問し、「岩手医大付属病院移転にかかわる要望書」を谷藤裕明盛岡市長に提出した。
▼既に移転工事が中盤に入っている中で、遅きの感は免れないが、岩手医大病院が矢巾町に移転することによる諸問題を最大課題と位置付けてのことだろうと思う。
▼新聞報道によれば、岩手医大病院移転後の救急医療体制のあり方や同院移転後の跡地活用に関する事などについて要望された模様である。特にも同院の県高度救命救急センターが地域医療に大きな役割を担っていることから、同院移転後の盛岡市内の救急医療水準が低下しないよう新たな救急医療体制の明示を求めたという。民間医療機関で東北・北海道では最上位の施設といわれ、医療はもとより、納入業者などの出入りを含めてその経済的な影響度は計り知れない。
▼県内一の医療機関が盛岡市から矢巾町に移転することによって、どのような影響を及ぼすのか。その対策はあるのか。盛岡市役所の移転問題もあったが、医大跡地の転用問題、本町・内丸地区の経済基盤沈下、盛岡市と近隣市町村の合併問題など、様々な課題や対策が残されている。

 2013年 11月 17日 ―臨終3日前に歌収録した島倉さん―
 「生老病死」と言われるように、人は生まれやがて老い病み死に向かう。例外もあろうが特に晩年の「病→死」はあらがいがたいものがある
▼私事だが今月初めの1週間は叔父の最期を見守ったが、静かに眠ったまま鬼籍の人となった。それだけに肝臓がんで8日に旅立った島倉千代子さんが、臨終3日前に新曲を歌い録音した壮絶な生命燃焼の姿に驚嘆する。島倉さんの歌手デビューは16歳。来年が60周年の佳節になる
▼これを記念し南こうせつさんが新曲「からたちの小径(こみち)」をプロデュース。島倉さんがこれを歌い録音するのは当初は今月15日だったが、闘病中の島倉さんは死期を悟ったのか「その日まで待てない」と言う。検討され歌の収録は5日に繰り上げ自宅で実施。3日後に永眠する
▼14日の告別式会場では命を振り絞るような島倉さんの最期の歌声が披露された。歌詞には「帰らない日々をくやみはしないけど ああ あなたが歌ったうたを忘れはしない」と、ファンの気持ちを代弁するようなせりふもある。葬送の式場では自宅で新曲を歌い録音できたことに感謝する肉声も公開された
▼左手の大けが、離婚、失踪、他人の巨額借金返済などその生涯は波乱に富む。だが燃える夕陽のような最期の輝きには「終わり良ければすべてよし」の格言が重なる。

 2013年 11月 16日 ―実るかJR山田線の増発実験―
 山田線の上米内―盛岡間の利用者増加を試みた列車の増発が行われている。この区間の沿線には岩手大学、盛岡一高、岩手高などの教育機関が配置されている。そして、上盛岡駅付近に県立中央病院があり、県庁、市役所などの公的機関や民間企業なども周辺に多く存在している。一方、上田、山岸、浅岸地区に住宅街が形成されている。
▼従って、通学・通勤、通院や買い物など用務客の往来が多く、交通体系の整備が求められている地域である。
▼そのような現状から、JR山田線利用の交通体系の確立が課題となっている。そこで、青山町方面から、岩手県交通バス、IGR青山駅、JR盛岡駅経由で山田線上盛岡駅までの通勤を体験してみた。交通機関は会社の違う三つの交通機関を利用し、乗り換えをしなければならない。時間的には、朝の最短、トータルで約「40分」となって、平常時マイカー利用よりは10分長くかかる。欠点には「乗り換えが2回」伴い、階段の昇降があること、雨雪時の不便などがある。料金的には、距離にもよるが、直通のバス料金350円より100円ほど高い。
▼しかし、マイカー通勤に比べマイカー維持費、安全での有利性がある。さて、通しの「格安セット割引料金」の設定やダイヤの工夫などで利用者増が期待できるだろうか。

 2013年 11月 15日 ―ケネディ駐日大使着任へ―
 米国初の女性駐日大使として、きょう来日予定のキャロライン・ケネディさんは、日本向けにビデオメッセージを寄せている
▼キャロライン女史は50年前の11月22日に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の長女。誕生日が11月27日で父を失ったのは満6歳になる直前だ。メッセージでも公務に尽くす家庭に育ち「誠実な対話と協力を通じ困難を解決する」姿を見てきたと述懐する
▼駐日大使としても誠意の対話と協力を信条に日米の緊密な友好関係、戦略的同盟・経済的協力を発展させていくと抱負を披歴。日本という美しい国の歴史と文化を学んできたという親日家で、自国の有力者が原爆投下地訪問を避ける中、女史は20歳の時に叔父の上院議員に同行。広島を訪れている
▼以来、平和世界実現に貢献したいと願うようになったという。2度の来日で願望を持ちながら被爆地訪問を逸したオバマ大統領も、女史のガイドで広島・長崎に足を運びノーベル平和賞受賞者らしく、現地から核廃絶への展望を語れるといいのだが…
▼メッセージでは夫との新婚旅行先にも日本を選び、京都・奈良を訪ねたことも明かす。「新しい友人をつくるのが楽しみ」という女史は結びに、「日本でお会いしましょう」と日本語で呼び掛けている。対中韓も視野に新大使の手腕に注目しよう。

 2013年 11月 14日 ―メニュー表示の虚偽―
 有名な一流のホテルや料理店でメニュー表示の虚偽がなされていた。「意図的な偽装ではない」とした釈明も一部でなされているが、食べた側から見れば、表示内容が明らかに虚偽なのだから「不注意」などでは納得できない。今回の虚偽表示は、大阪市の阪急阪神ホテルズをきっかけにほぼ全国で発覚した。
▼例えば、「車エビ」とメニューに書いているのに、実際はブラックタイガーを使ったケースがあった。近鉄ホテルシステムズ、高島屋、三越伊勢丹の店舗などでは「牛肉」の問題が発覚した。海外産の加工肉を「和牛ステーキ」にしたり、牛の脂肪を注入した加工肉を「ビーフステーキ」と称していたのもあった。冷凍魚を「鮮魚」と表示し、野菜では産地が異なって表示されていた。
▼素人目には分かりにくいが、原価はかなり違う。ある意味では顧客をだまして利益を上げる悪質な行為であったといえる。
▼野菜などはハネモノでもおいしいものがあり、日用品にはブランド品でなくても結構長持ちするものがある。それとこれとは異なった問題で、有名な百貨店やホテルで虚偽表示がなされていたことには驚いているが、業界もモラルが随分劣化していたものである。
▼原因は何か。どんな対策を講じるつもりか。業界の猛省と法的な規制があるべきだろう。

 2013年 11月 13日 ―海面下水没が迫る国―
 小松左京著「日本沈没」(73年刊)は空想科学小説だが、物語の中で地球物理学者が次のように警告する
▼「日本列島は2年以内に地殻変動で海面下に沈む」(要旨)と。異変は予告より速く発生し巨大地震が国内各地で相次ぐ。半信半疑だった政府も腰を上げ国民を日本から脱出させる計画を発動し、人々は続々と国外に避難する。空想とはいえ描写は生々しい
▼3・11大震災後にもこの小説は注目されたが、確かに示唆に富む物語だ。世界には温暖化などによる海面上昇で沈没の危機が迫る国が現にある。9月の大統領選挙無効、今月9日のやり直し選挙で話題になったインド洋の島国・モルディブ共和国も緊迫している
▼人口は約40万人。海抜が最も高い所で2・4bという平坦地形。海面上昇が国家水没を招くこの国では、全国民即国家そのものが移住できる土地を海外で購入する意向を鮮明にしている
▼赤道近くの多くの島々を領土とする人口約10万人のキリバス共和国も大半が海抜3b以下。近年の海面の上昇で国土の5割以上が水没の危機にある。この国も全国民の国外移住計画を発表している。既に個人判断で他国へ避難。難民申請をして法的に係争中の人も出ている
▼地球温暖化などによる国家の海面下沈没は、もはや空想物語ではなく現実化が始まっている。

 2013年 11月 12日 ―JR岩泉線の廃止―
 岩泉線の押角トンネルをくぐって岩泉町まで何度行ったことだろうか。岩泉町の方に住まいの方ならば数え切れないほど乗車されたことだろうが、盛岡方面などの方にはそのように思っていらっしゃる人もあろう。
▼岩泉線廃止で合意の新聞記事を見てそんなことを感じた。8日、JR東日本から国土交通省に廃止届が提出され、来年3月末で廃線になる模様だ。茂市―岩泉間38・4`の岩泉線が、全線開業から40年余りを経て幕を閉じることになる。
▼1941(昭和16)年3月、「小本線」として鉄道建設が始まったのは、岩泉一帯から出る耐火粘土を搬出することと、地域民の交通利便を支えるためであった。
▼当時、橋場線、津軽線等各線の建設工事が中止されている中で、小本線だけ建設のつち音が続いていた。茂市―宇津野間が47年12月開通し、さらに57年5月、宇津野―浅内間が開通している。岩手県内で2番目に長い押角トンネル(押角―宇津野間2987b)は、足かけ5年の歳月をかけて建設された。本省監査によって開通が延びる事態もあった。72年2月6日の全線開業で「岩泉線」としての開通に至った。
▼鉄道ファンからは秘境駅押角のある路線として人気が高かった。過疎化が進んで利用客は少なかったが、地域の人たちの利便を支えてきていた。

 2013年 11月 10日 ―新米味わい農政の行方思う―
 わが家で食べるお米は、県南の小さな農家から年間契約で購入している
▼毎年のことだが新米が届いた時は高揚する。労作業の結晶である一粒一粒がキラキラ輝いて、ご飯に炊き上げると光が艶やかさを増し芳香も漂う。口に運んだときの至福感は名状しがたい。「いただきます」の合掌にもひときわ心がこもる
▼この秋も届いた新米を居住するマンションの両隣にもお裾分けしたが、おいしさを称賛する会話が今も続いている。左隣からは茶わんに盛ったご飯を携帯カメラで撮影した写真の添付メールが届く。高浜虚子が詠んだ「新米の其(その)一粒の光かな」の句も添えられていた
▼ところで新米に限らずご飯は日本食の主役なのに米の消費量は下落傾向だ。1970年代初頭の一人当たり消費量は年間およそ90`。現在は約60`だ。敗戦直後は米不足に苦しんだが農家が増産を期し営々と努力。67(昭和42)年には自給量を達成。今度は消費量が減り始め米余りが発生する
▼国は70年に生産調整の減反制を導入し現在に至っているが、安倍政権はこの制度を18年度をめどに廃止するという。貿易開港に備え特定農家に農地を集約、大規模化し生産向上も狙う。零細農家への冷たい視線に懸念も広がる
▼新米を味わいながら小さな農家が共存できないかと農政の行方を思う。

 2013年 11月 9日 ―新区界トンネルの施工―
 国土交通省東北地方整備局は、県内の長大トンネル工事2件について、10月31日付で公告したが、その一つは「新区界トンネル」であり、もう一つは「新鍬台トンネル」である。
▼新区界トンネルは、国道106号の宮古市区界から盛岡市簗川に至る延長4998b、幅員12bで、宮古盛岡横断道では最長のトンネルである。工期は2017年3月3日までの長期間となるが、特に、冬場における区界から簗川に至る下り勾配は常に危険にさらされていた道路であった。地山は、緑色岩を主とする混在岩を中心に、粘板岩などの地質で構成されているといわれている。
▼もう1件の長大トンネル「新鍬台トンネル」は、大船渡市三陸町から釜石市唐丹町までの三陸沿岸道路に造られる。延長は3330b、幅員12bとなっていて、三陸沿岸道路では最長となる。工期は16年9月16日までとなっていて、地山の大部分が五葉山深成岩体で構成されているという。工事は、新区界トンネルが岩手河川国道事務所、新鍬台トンネルは三陸国道事務所の担当になっている。
▼この二つの長大トンネルが開通することによって、本県の道路交通環境が大きく改善される。いずれにしても復興道路の一環でなされるものだが、掘削などの施工方法には最新の技術が駆使される。

 2013年 11月 8日 ―健さん、亡き母に受章報告―
 俳優の高倉健さんは話好きでちゃめっ気もあり、ユーモラスな言葉でよく周囲を和ませる
▼それが実像だが映画の役柄のせいか、「武骨で無口だよね」などと言う人が多い。1980年代のテレビコマーシャルで、健さんが 「自分、不器用ですから」と渋く語っていたが、これも虚像普及に一役買ったようだ。現在82歳。俳優生活は58年に及ぶ
▼この間、代表作の「網走番外地」シリーズ、「幸福の黄色いハンカチ」「八甲田山」「鉄道員(ぽっぽや)」など205本の映画に出演。日本を代表するスターとして存在感は揺るぎない。その功労をたたえ3日の「文化の日」には映画界初の文化勲章を授与された
▼その際に「日本人に生まれて良かったときょうほど思ったことはない」と喜びを語った。関連して前科者役を多く演じたことに触れ「文化のために何をやったのかなという反省も」とここでもユーモラスに述べている。亡き母への感謝の深さも特筆される
▼少年期は病弱で相撲で負けるたびに「辛抱せんといかんよ」と優しく励ましてくれた母。それは座右の銘となる。出版した随筆集「あなたに褒められたくて」(集英社文庫)には、役者としても心配をかけた母に褒められたくて精進する心情もつづっている
▼少年のように真っ先に母へ受章を報告したことだろう。

 2013年 11月 7日 ―原敬忌追悼会―
 第93回原敬忌追悼会が4日、盛岡市の大慈寺で国会議員ら多数の来賓、そして多くの地元の皆さんの参列のもと、しめやかに開催された。京都府から原敬ひ孫の岩谷千寿子さんも列席され、参列者の皆さんに謝辞を述べられた。
▼大正10年11月4日が原敬の命日。わが郷土が生んだ第19代内閣総理大臣原敬の没後93年目に当たっている。大慈寺の山門をくぐると天高くカツラの大木が数本そびえていて、今が紅葉真っ盛り、ちらほらと黄色い木の葉が舞い降りていた。
▼導師ねん香の後、原敬を想う会会長・谷藤裕明盛岡市長が祭文を奉読し、僧侶読経の中で参列者のご焼香で原敬の遺徳をしのんだ。
▼平民宰相として、政党政治、民主政治、世界平和を目指し親しまれた原敬。偉大な先人の眠る大慈寺と道一つを隔てた場所にある大慈寺小は原敬の遺徳を継ぐべしとして昭和5年に創設された。原敬を顕彰する大慈寺小の5、6年生全員による校歌奉納で追悼会は締めくくられた。
▼追悼会後は、原夫妻墓前礼拝がなされ、境内では原敬が好んだ、そばにちなんで、「そば供養」、寺院大広間では三彩流彩茗会による茶会の席には「一山百文」の焼き印が押された特製まんじゅうが振る舞われた。東北を本拠地とする楽天がプロ野球日本一になったのは前日のことだった。

 2013年 11月 6日 ―東北楽天、震災下の覚悟―
 3・11大震災発生当日、東北楽天メンバーはオープン戦で兵庫県にいた
▼刻々と報道される惨状。交通、通信もまひし仙台の家族に連絡が取れない選手もいたが、帰ることもできない。できることをやろうと皆で募金活動も行う。復興支援慈善試合で札幌などを転戦し仙台に戻れたのは4月の7日。翌日にかけ一同で避難所を訪問する
▼遅れて申し訳ないとわびると被災者から「私たちも負けないから頑張ってね」と逆に励まされたという。開幕後の同月29日は本拠地仙台での初試合。その際に当時の選手会長嶋基宏捕手が発震後の経過も織り込み決意表明のスピーチをした
▼「東北の皆さん、絶対に乗り越え勝ち抜きましょう、この時を! 乗り越えた向こう側には強くなった自分と明るい未来が待っているはずです。絶対に見せましょう、東北の底力を!」(要旨)と。あれから2年半。あのスピーチをチームの覚悟として立ち上がった東北楽天はこの3日、球団創設9年目で悲願の日本一を手中にした
▼星野監督の名指揮の下、名門の強敵巨人を打倒。浮沈の歳月を過去形にし東北の底力を天下に披露したのである。普代村出身の銀次選手も第2戦の先制打や第5戦延長十回の勝ち越し打などで貢献。シリーズ優秀選手に選ばれている
▼強くなった楽天に被災地も沸いている。

 2013年 11月 5日 ―義経伝説の調査を―
 義経夢の会の佐々木守功会長ら7人が、先日、新聞社に来社されて、義経夢の会の活動支援を要請された。手前は判官びいきであり、義経伝説に興味があったので、会の趣旨に賛同することにした。
▼三陸沿岸で7年間ほど生活したが、北上山地や三陸沿岸には義経にまつわる伝説や神社などが、実に多く残されている。
▼義経は奥州藤原氏の3代、秀衡にかくまわれ、秀衡没後に4代、泰衡により、文治5年(1189)頃に惨殺されたと伝えられている。義経夢の会では、兄頼朝に届けられたのは偽首であり、義経は事前に逃避して北方に逃れていたとするものである。義経夢の会に入るに当たっては、義経が生きていたと信ずることでなければならないのである。
▼安倍一族の戦記の陸奥話記、源平合戦の平家物語、鎌倉幕府の歴史を書いた吾妻鏡、義経の義経記や源平盛衰記などを十分に読んでいるわけでもなく、また、戦記物が入り交じって頭の中で整理されていない中で、ここにきて義経が生きていたとした前提に立てば、さらに歴史認識が混乱してしまうだろう。
▼それでも、平泉が世界遺産に指定されるまでに名が高まったのは、義経伝説の影響が大きいとしているのが、私の持論である。やはり、義経については、もっと調査しなければならないだろう。

 2013年 11月 4日 ―日展の一部に談合的不正―
 第45回日展が東京・六本木の国立新美術館で、来月8日まで開かれている
▼日展は日本美術展覧会の略称。前身をさかのぼると1919(大正8)年創設の帝国美術展(帝展)、さらに07(明治40)年開設の文部省美術展(文展)にたどり着く。菊花も香るこの季節に最大級の公募美術展・日展の名を聞くと、長い歳月に培われた風趣と品格のようなものが伝わってくる
▼先ごろ食材表示偽装が有名ホテルなどで相次ぎ発覚。嫌な思いをしていたから晩秋の美術展入選作品で心を洗われることを期待していたが、世を欺く策意や小細工が日展までむしばんでいたことを朝日紙のスクープで知りあ然とした
▼露見したのは「書」の篆刻(てんこく)部門の不正。篆刻は木や石などに文字を刻む印章の手法だが、この部門で09年に審査担当者が有力篆刻会派に送った資料が露出。書道界重鎮の指示で有力8会派に入選数を事前配分していたことが判明する。現に同年は8会派以外の入選はないという
▼日展は誰でも参加費1万円を払えば、書を含む5分野に応募でき入選作品は同展会場で披露される。経験も所属会派も不問で公平に門を開いている。だが陰で談合的不正がうごめいていたのだからやりきれない。重鎮は事前配分の大筋を認めている
▼他部門も含め総点検すべきだろう。

 2013年 11月 3日 ―今年も残り2カ月―
 菊薫る11月に入った。別称「霜月(しもつき)」といわれ、月半ばには霜が降りることもあろう。
▼3日は「文化の日」で、このころ叙勲や褒章が発表され、長年にわたって業績を上げられた方が表彰される日であり、身の引き締まる思いがする。
▼15日は「七五三」の宮参りの日で、両親に連れられて名のある神社に参拝する日であるが、お子さんの無事を祈り、健やかに成長することを祈る親心でもある。
▼暦の上で7日は立冬、22日は小雪だが、そのころから駆け足で冬がやってくる。23日は「勤労感謝の日」となっているが、気温がぐんと下がってくる。里でもようやく紅葉が見られるようになって、盛岡中央公民館、盛岡城跡公園、また、岩手大学校内などにも紅葉した木々が見られる。台風の影響のせいか、葉っぱがちぎられ例年よりも紅葉が遅れたように思う。垣根から見える柿の実がとてもきれいになってきて、道端で落ち葉掃きをしている人の姿が見られるようになった。
▼早くも来年のカレンダーの注文が入っている。今年もあと2カ月、新しい手帳を買って来年の行事予定を書き込む季節になった。来年は午(うま)年になる。どのような年になるのだろうか、予測もつかないが、易学の書によれば、本人の心掛け次第というところだろうか。

 2013年 11月 2日 ―川上哲治さんの奥深い野球道―
 「私の右目は王貞治、左目は長嶋茂雄だ。全身がチームそのものなんです」。これは日本一9連覇など偉業を残し93歳で旅立った川上哲治さんの巨人軍監督時代の名言だ
▼この選手との一体感が輝かしい戦績の源泉だったのだろう。「ボールが止まって見える」との選手時代の至言もある。打者が到達する奥深い悟道の言葉だろうか。1950(昭和25)年のこと。若手投手相手の猛練習中にその開眼の瞬間が訪れる
▼手元に来たのはカーブ。球はバットを構え踏み込む川上さんの目には止まっているように見えたのだ。スピードのある球が「私を打て」というように静止する。厳しい打法練習の果てに幻覚ではなく、敵弾をのみ込むような迫力が球をそう見たのであろう
▼宗教的悟りも油断すれば即崩れる。川上さんもそれを恐れ開眼後もその境地の維持に猛練習を重ねる。それは実戦に反映。翌年は3割7分7厘の生涯最高打率を記録。420回超の打席で三振6個という記録も残す
▼選手・監督時代を通じ孤高を崩さなかった川上さんが、引退後はリーグ会長より野球少年育成が大事と全国を駆け巡った。野球道継承を願ってのことだろう。その未来志向に感服する
▼創設9年で日本一に王手をかける楽天にも、普代村出身の銀次の大活躍にも目を細めているかもしれない。

 2013年 11月 1日 ―景気と企業間、地域間格差―
 政府は、消費増税の景気回復への影響をにらみ、賃金水準の底上げが不可欠と判断しているようだ。デフレ脱却に向けて賃上げを政府が経済界や産業界に要請している。
▼これを受けて、労働組合の中央組織、連合も基本給を1%程度引き上げるよう求めているようだ。円安などで利益を上げている自動車関連や電機産業などは2009年以来、5年ぶりに反応を示しているが、中小企業などは厳しい状況に置かれている。
▼確かに、消費税率が上げられることによって、市民の懐は大きな影響を受ける。手取りの収入が上がらなければ給与は目減りしてしまって、生活に打撃を受けてしまう。消費税値上げを前に、日用品や生活必需品などの値上げ攻勢が既に始まっている。
▼経費の節約にも限度はあるが、企業の収益は改善されているのか。復興需要のみで平常の需要は伸びていないのが現状だろう。資材の高騰や手間賃のアップで利益率も低下している。これから先の動向も不透明だから投資なども慎重になってきている。
▼少子高齢化、過疎化や労働人口の不足などがとみに現実的な課題として現れてきている。さらに、企業間、地域間の格差が広がっていくのではないか。そういった「格差」というものが、どこまで広まっていくのか未知数である。



2013年10月の天窓へ