2013年 12月の天窓


 2013年 12月 31日 ―大みそかを迎えて―
 2013年の大みそかを迎えた。今年の目標を立てて努力したが、さまざまな懸案は来年に持ち越すことになった。
▼東日本大震災から3年目、岩手も「復興加速化年」として全力で取り組み、「復興本番」に入つていくところだ。ここにきて、資材不足・技能者不足が顕在化しているが、それが来年の大きな課題か。
▼台風18号や豪雨の被害が大きかった。防災は「備えていたことしか、役に立たない」ということだが、「備えていただけでは、十分ではなかった」ということを知った。大自然の力の大きさを再認識して、防災の研究、設備の充実、訓練を怠ってはならない。
▼夏の参院選で自民党が大勝し、衆参のねじれ現象が解消したが、政治の安定と景気の回復は持ち越した。本県では、ILCの北上山地誘致決定や、NHK連続ドラマ「あまちゃん」が全国的な人気を高め、明るい話題も多かった。
▼そんなことを考えているうちに除夜の鐘が鳴り響いてくる。鐘は108回突かれるが、生老病死、貪欲、怒り、愚かさなど煩悩が108種あるという説にちなんでいる。四苦八苦に由来し4×9で36、八苦が8×9で72、合計で108になる。多くの課題を残しての越年となった。さまざまな問題を乗り越えて生きていける知恵を持っているのが人間である。

 2013年 12月 30日 ―天皇靖国不参拝の視点―
 サイパン島に「バンザイクリフ」と呼ばれる断崖がある。敗戦の前年、米軍の激しい攻撃に追い詰められ日本人の兵士や民間人が「天皇陛下万歳」と叫びながら80b下の海に身を投げた悲劇の場だ
▼苦しむ人々に寄り添うことを信条とされる天皇、皇后両陛下が、その史実にどれほど胸を痛めておられたことか。05年6月、両陛下はその断崖の現地で深く頭を垂れ鎮魂の祈りをささげられた。天皇はその時の心情を詠まれている。「あまたなる命の失せし崖の下 海深くして青く澄みたり」と
▼安倍総理の参拝が波紋を広げる靖国神社には、246万人を超える兵士らの霊が祭られている。だが常に戦没者を深く悼む天皇が参拝を控えている。昭和天皇の判断を継承しているのだ。1978年に政府主導でこの神社に、戦後の国際裁判で断罪された戦争首謀者のA級戦犯を合祀(ごうし)した事情による
▼昭和天皇は合祀は神社の趣旨を逸脱するほか、戦災被害諸国との間に禍根を残すことを憂慮。以後は参拝をしていない。現在の皇室もそれを重く受け止めている。この経緯は総理の参拝是非論の重要な視点だ。安倍総理がどう釈明しても国民統合の象徴である天皇の賢慮を無視する参拝は軽率で礼を欠く
▼ごう慢というほかない。中韓は激怒し米国までが失望を表明している。

 2013年 12月 29日 ―猪瀬氏が1年で都知事辞任―
 猪瀬直樹氏が24日付で東京都知事を辞任した。在任1年余りで辞めてしまった。いや、辞職するより道がなかったということだろう。
▼作家出身の猪瀬氏は石原慎太郎前知事の後継として副知事から知事に上った。石原氏の下で質問などでは舌鋒鋭く重宝がられた。しかし、知事になる直前、医療法人「徳州会グループ」から5千万円を受け取った(借りた)ことが明るみに出て、都議会などからの質問に説明もできないまま職を投げ出さざるを得なかった。都知事選では史上最高得票で選ばれたにもかかわらず、副知事までは良かったが、知事の器ではなかったというのだろうか。やはり、それなりの人物を選ばなければならなかった。
▼東京都という都市は、地方自治体だが、予算規模などで見ればどこかの「国」に匹敵する。それだけの予算や権限を握る強大なところである。
▼猪瀬氏は何の名目で徳州会から5千万円もの大金を受けていたのか。公職選挙法に触れなければ、ただの個人的な借りで終えるのか。借りた時点ではまだ知事になっていなかった。徳州会では東電病院の譲渡を期待してのことだったのか。
▼猪瀬氏の知事辞任で静けさを取り戻したが、国政選挙にからみ逮捕者も出ている徳州会関係の捜査。5千万円のことも調べられているだろう。

 2013年 12月 28日 ―話題の名馬が引退―
 本年仕上げの時期に有終の美を飾り、幸運を喜んでいる人もあろう
▼人間界に負けない奮闘で終わりを飾った馬もいる。中央競馬界をにぎわし今年で引退する5歳の牡(おす)馬・オルフェーヴルだ。注目の歳末レース・有馬記念(22日)で、後続に8馬身の差をつけ圧勝したのである
▼2010年に2歳でデビュー以来、騎手を2度も振り落としたり力走途中でコースを抜け出し逸走し観衆をあ然とさせた後、《まだ試合中か》と気付いたようにコースに戻り2着でゴールするなど、よく話題を提供した名物馬でもある
▼気性の荒さや型破りを見せながらも文字通り馬力があり、各レースの前評判で一番人気になることが多かった。世界一を競うフランスの凱旋(がいせん)門賞でも昨年今年と人気は上位。結果は連続2位だったがレベルは高い
▼被災県の競馬ファンはオルフェが震災発生年に主要な4レースを制覇。4冠馬に輝いたことを覚えていよう。4月の皐月(さつき)賞、5月の日本ダービー、10月の菊花賞、12月の有馬記念に完勝したのだ。有馬は今年と合わせ2度優勝。これは通算6頭目の類いまれな快挙である
▼有終の美技をたたえられ優駿は引退する。今後はその血統を残す種牡馬として新たな使命が待っている。名馬は去り人の世は午(うま)年に向かう。

 2013年 12月 27日 ―消費者が選ぶ2013年の話題―
 消費者が選ぶ2013年の話題や注目商品が株、電通から12月10日発表された。流行にはあまり乗らない性格だからベスト10の中には納得できないものもある。
▼昨年5月22日にオープンした「東京スカイツリー」がナンバー1に上げられている。オープンから564日目の12月6日で入館者が1000万人を達成しているとか。意外にも年配者に人気が高いようで、一生に一度は、というニーズが高く、その傾向は衰えていないとか。当方はそのうちにと思いつついまだ行っていない。
▼開業30周年を迎えた「東京ディズニーランド」の人気が高く、第6位にランクされているが、こういったテーマパークも比較的に年配者が多いのだろう。第7位で、急激にファンを集めているのは「コンビニの本格コーヒー」であった。缶コーヒーでは物足りなくなって、本格コーヒーを求める客層が増えている。缶コーヒーの売り上げは落ちてきているのか。当方が全く気付かないうちに大きな変化が生じていた。
▼携帯電話が「スマートフォン」に変わっているのも急激な変化だ。そのほかには、ハイブリットカー、ロボット掃除機、車の衝突支援システム、電気自動車などが入っているが、ノンフライヤー、地方ゆるキャラ 、3Dプリンター等が入っているのは意外だった。

 2013年 12月 26日 ―日本復帰60年の奄美、北方も早くと―
 ロシア支配下の北方四島から、はるかかなたの鹿児島県奄美群島で、北方領土の返還を求めるPR活動などが熱心に行われている
▼奄美の島民も四島ゆかりの人たちと同じように、敗戦によって日本から分離され米軍統治下で苦しんだ過去がある。敗戦当時の北方四島では約1万7千人の日本人が暮らしていたが、そこを旧ソ連軍が不法占拠。日本人は島を追われ本土に渡った
▼郷里を奪われ仮住まいのまま亡くなった人もいる。子や孫の代になっても先祖伝来の土地に戻ることができない無念が、奄美の人たちには痛いほど分かるのだろう。奄美では島を追われることはなかったが、日本人なのに本土に用事があってもビザ(査証)がないと行くこともできない
▼物資の流通も乏しく生活は困窮。そこから日本復帰要求嘆願署名運動が始まる。詩人の泉芳朗を中心に非暴力のガンジー方式で全島にうねりを起こす。泉が5日間の断食を行うとこれも各島に波及。米軍は住民の99・8%に及ぶ署名を重視。8年続いた統治を断念する
▼奄美群島は1953年12月25日に日本に復帰した。米兵は「クリスマスプレゼントだ」と自嘲したという。復帰60周年の昨日を中心に奄美では多彩な記念行事が催された。島民の多くが「戦後68年、北方も早く!」との思いを強めたことであろう。

 2013年 12月 25日 ―猪瀬直樹氏の都知事辞職―
 2012年12月、「434万人」の民意を得て東京都知事に選任されたはずの猪瀬直樹氏が、わずか1年後の19日、東京都議会に辞表を提出した。
▼今年9月10日にはアルゼンチン・ブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)総会で20年東京五輪開催の誘致成功にこぎ着けた。ところが、都知事選の直前に徳州会グループから現金5千万円の提供を受けていたことが発覚し、その疑念が払拭(ふっしょく)できないまま辞職せざるを得なくなった。猪瀬知事は「私的借用」と弁明したが、説明が変転し苦況に陥った。
▼9日には、責任の取り方として「今後1年間、知事の給料を返上したい」と都議会に申し出るも、議会がこれを拒否して真相究明のため調査特別委員会・百条委員会を設置してさらに追及する姿勢を示した。
▼また、徳州会問題では東電病院をめぐって知事が虚偽の答弁をしたことも浮上した。このまま知事の座に固執すれば、都政の停滞が長期化しかねないことと、都の新年度予算の編成時期に重なっていることや、東京五輪の準備態勢にも支障を来すと判断した。
▼石原慎太郎前知事らも保守本流に影響が及びかねないと判断したのではないか。「都政を改革する」と意気込んでいたが、「政治はアマチュアだった」と無念の記者会見だった。

 2013年 12月 24日 ―現代の九戸政実クン総選挙―
 秀吉の天下平定で最後の決戦場となったのが、九戸城(現・二戸市)だ
▼城主の九戸政実がわずか5千の兵を指揮し、秀吉派遣の奥州統治軍6万余と戦ったのである。政実の人望は厚く兵は少数だが結束し奮戦。城は大軍に包囲されても落ちない。そこへ「開城すれば残らず助命する」と使者が来る
▼政実は受け入れ数人の従者と投降。だがそれは謀略で城内では女性、子どもも含め皆殺しにされ、政実らも後に斬首となる。卑劣なだまし討ちによる落城の史実は後世の人々の心に悲しみを募らせ、名将・政実への思慕の情を熱くさせる
▼今夏にはこの戦国武将にあやかり地域を元気にしようと、県北広域振興局を窓口に役所と民間で組織する「九戸政実プロジェクト突撃隊」を結成。PRを推進中だ。今全国に呼び掛けているのは「現代の九戸政実クン選抜総選挙」の投票で、10月に政実クン候補を男女を問わず募集した
▼応募者95人の中から一般の部が男性8人女性3人、児童生徒の部は男女各2人の計15人を候補者に認定。今月18日から投票が始まった(来月末まで)。ネットの「九戸政実プロジェクト」サイトに投票方法、候補者紹介が載っている。両部門各3人の当選者は来年2月15日に発表され、以後はPRの活動なども担う
▼「いいね!」と政実公も喜んでいよう。

 2013年 12月 23日 ―歴史資源にプラスαを―
 平泉が世界文化遺産に登録されてから2年半が経過しているが、観光入り込み客は既に峠を越したのだろうか、伸び悩みの状態に置かれているという。
▼一関市に出かけた都度、状況をうかがっているのだが、平泉も一関も観光入り込み客が伸び悩みになっているという。平泉の観光客は宿泊には一関市内のホテルを利用するものと思っていたところ、そのようではなくて、仙台や山形の方に向かうという。
▼観光客が短い日数で多くの観光地を巡る日程を立てているものだから、平泉・一関にはあまり宿泊をしていない。
▼平泉観光の客を一関圏に滞在させる対策が、どうも浸透していないのである。観光客の多くが一関に宿泊しない理由は何なのか。その原因の分析と具体的な対策が追求されなければならない。
▼観光の日程の関係もあるが「おもてなし」が中途半端なのだろう。観光受け入れ地として、すべてが「いまいち」になっているのではないか。具体的にどうすればよいのか、ということは難しいことだが、とにかくそこが課題になっている。
▼平泉は、宮城県北、南三陸に加えて厳美渓や睨鼻渓といった観光資源を抱えているので、広域連携で宿泊客の滞留を図りたいものだ。歴史資源に、プラスアルファ「渓流」「温泉」などを売り出せないか。

 2013年 12月 22日 ―脚光浴びる一関の餅振る舞い―
 一関市郊外の農家の長男で、盛岡在住の青年にお嫁さんを紹介したことがある
▼婚約、結婚と進む過程で何度か彼の実家を訪問したが、そこで一関方面に伝わる「餅振る舞い」というもてなしを初めて知った。お膳が用意されそこへ次々と具を替えた餅料理が運ばれてくる。初訪問の時は9種類も平らげて、「ご立派」と褒められたことを覚えている
▼伝承には食べる礼法や順序もあるらしいが、こちらが慣れていないことを察知した彼の母は順不同で最初に薄味の雑煮を出してくれた。次に甘いあんこ餅。さっぱりした大根おろし餅。ずんだ餅、沼エビ餅、くるみ餅、きなこ餅、納豆餅、甘酢大根餅と続く
▼味の濃淡の気遣いのほか多く食べそうな客には餅を小さくする配慮もある。9種はもてなしの心に感銘した当時の日記の再録である。藩政時代を淵源とする餅振る舞いは日常の接客だけでなく、正月をはじめ節句や彼岸のほか冠婚や葬祭に至るまで機会あるごとに行われるという
▼現地では「一関もち食推進会議」が伝承活動に取り組んでいる。今月初旬に国連機関のユネスコが日本政府提案の「和食 日本人の伝統的な食文化」を無形文化遺産に登録したが、政府は提案の中で推進会議の活動を紹介している
▼あのおもてなしが広く脚光を浴びるのだから実に喜ばしい。

 2013年 12月 21日 ―日本料理の餅―
 世界の国々の「料理」について詳しく知っているわけではないが、日本の料理の中で一番の好みの食べ物として餡(あん)を挙げたいと思う。
▼餡は「まんじゅう」や「おしるこ」「あんこ餅」「たい焼き」などに使われるが、原料は小豆である。この小豆が身体に良く効いて、夏ばて防止や冬の寒さにも効用がある。
▼よくマラソン選手がレースの前日などに餅を食べて耐久力を付けている。近年は、あんこ料理などの甘いものを食べる人が少なくなってきているようだ。酒も飲めるが甘いものも好む二刀流とあって家族から冷やかされることもあるが、このことは年齢を重ねても変わっていない。
▼日本の伝統食の餅は一関市の道の駅川崎などでさまざまな種類の料理が販売されている。「あんこ」「ずんだ」「ゴマ」「くるみ」など、県南地方ではお祝いの時には餅料理が振る舞われる。盛岡や県北地方では祝い事の最後にそばが振る舞われる。結構なごちそうを食べた後でも、餅やそばを食べられるのはなぜだろうか。
▼今日のようにさまざまな食べ物がなかった時代には、子どもの誕生日など祝い事には餅をついて祝うのが習わしになっていた。そして、お隣に餅を配るのが子どもの役目であった。空いた「どんぶり」にはお返しにお菓子などを頂くのが楽しみであった。

 2013年 12月 20日 ―自著に頬打たれる都知事―
 作家としての猪瀬直樹氏は例えば、公益法人に潜む悪のからくりをえぐり出して見せる。正義感の強い人と錯覚させる筆力を持っている
▼氏は1年前の都知事選直前に、医療法人徳洲会グループから5千万円もの大金を受け取り、都議会や記者団から授受の真相などを追及されていたが答弁は二転三転。しどろもどろで前言訂正を繰り返す姿は、正義からは程遠い
▼副知事時代には人生訓「突破する力」(青春出版社)を刊行している。この本は自身の体験の中で練り上げた逆境を突破する手法、秘策を披歴したものだ。皮肉なことに書き連ねた術策が窮地に立つ自分の頬を打つ訓戒になってしまった
▼文中では「言い訳をせずに真正面から責任を引き受けてこそ」と突破への心得を挙げているが、これも自身を責めたことだろう。一方で「敵が大勢のときはこっちの土俵に持ち込む」と開き直り法も説いている。両説のはざまで揺れも見せたが病院売買をめぐる疑惑も浮上した
▼追い込まれた昨日、知事辞職を表明したが遅きに失した感がある。自著にある「『お天道様が見ている』という感覚」に戻った決断なのだろう。五輪招致の立役者だが過去最高票で都政を託した都民を裏切る罪は小さくない
▼解明に捜査陣も動くという。身を捨ててもしばらくは浮かぶ瀬はなかろう。

 2013年 12月 19日 ―復興カレンダーが3年目に―
 三陸沿岸の仮設住宅に「復興カレンダー」を今年も配った。今年で3年目だが、盛岡タイムス社が「がんばろう岩手、けっぱれ陸前高田」などと、地域別のデザインで作製し、復興支援事業の一環として、市町村を通じて配布している。
▼作製には広告スポンサーのご支援を頂いている。地区別の景色などを生かし、県の出先機関や市町村の窓口など、被災者支援記事や連絡先なども案内されている。
▼先日、大阪府泉南市から災害復興支援派遣職員として、12年4月から来年3月末まで宮古市に派遣されている同市生活部生活課被災者支援室の小西未年彦(みねひこ)さんから、礼状が寄せられた。
▼「宮古版復興カレンダーを受領致しました。このたびのご支援、誠にありがとうございました。毎年素晴らしいカレンダーを頂戴し、職員一同深く感謝しております」「仮設住宅への全戸配布に加え、本庁ロビーや、被害の大きかった田老総合事務所のロビーなどでも、配置配布しております」「人気があるのでかなりの皆さんがお持ち帰りになられます。情報発信という面でも、有効な成果を上げております」という内容であった。
▼小西さん、本当にご苦労さまです。お手紙ありがとうございました。被災からの歳月を思い、「復興」の文字が取れる日を待っている。

 2013年 12月 18日 ―カナダが郵便戸別配達廃止へ―
 普段は何気なく見過ごしていることにも、「ありがたいな」と気付くことがある
▼書き終えた分厚い年賀はがきを投函する時にもこの一枚一枚が、新春に宛先に届けられるのだと思うと感慨もひとしおでありがたくなる。遠く沖縄や四国の旧友や親類にも、料金一律で間違いなく配達されるのだから頭が下がる。逆に海外在住の友からの便りもわが家のポストに届く
▼搬送と仕分けと配達と機械化の時代でもそれらを多くの人の手が支えている。そんなことを思い巡らせていた時、カナダの郵便公社がびっくりするような発表をした。先週のNHKニュースは同公社が、戸別配達を来年後半から5年間で順次やめることにしたと伝えている
▼インターネットなどによる電子メールの普及で、カナダでは手紙やはがきの配達数が近年大幅に減少。このままだと同公社は2020年まで毎年10億カナダj(日本円で約960億円)の赤字になるらしい。廃止により職員を最大8千人削減し経営改善を図るという
▼既に都市部以外では戸別配達をやめ、地域ごとに設置した集合型郵便箱に住民が取りに行くシステムを導入。これを全域に拡大するカナダ方式は、メール時代の戸配の運命を象徴する。先進諸国への波及も懸念されている。日本は今のありがたい戸別配達を死守してほしい。

 2013年 12月 17日 ―1千万に超す見込み外国人訪日数―
 日本を訪れる外国人の数が今年、初めて1千万人の大台を超す見込みとなった。
▼日本政府観光局が11日に発表した訪日外国人客数は前年比で11月が29%増、1―11月の累計で約950万人で、12月半ばには達成する見込みとなっている。
▼観光庁では、円安効果に加えて、中国からの客足の回復も効いているとみている。訪日客数では、台湾、タイ、マレーシアなど東南アジアの国々が急増している。
▼しかし、お隣の韓国を訪れた外国人観光客は今年1200万人を突破する勢いというから、日本だけが増えているわけではない。訪日客が1千万人を超えると、名目国内総生産(GDP)を前年比0・1%押し上げ、2・6兆円増えるという。ホテルの客室稼働率がリーマンショック前の水準に回復している東京や、外国人向けの売り上げを伸ばしている百貨店もある。北海道などへの入り込み予約は、前年比で大きく伸びているようだ。
▼東北・本県への入り込みはどうなのか。本県では2014―18年度までの「みちのく岩手観光立県第2期基本計画」を立て、いわて国体を挟んで「観光によるいわての復興と日本一のおもてなし」を目指し、観光を推進することにしている。国際リニアコライダー誘致もあり、国際化への対応を充実させなければならない。

 2013年 12月 16日 ―花巻東の巧打者千葉が日大へ―
 「涙」という字から連想する印象深い本年の光景を問われたら、夏の甲子園で活躍した花巻東高・千葉翔太選手の「号泣」と答える人が多かろう
▼優勝旗を狙い甲子園に挑んだ同校は個性光る投手陣が役目を果たし、鍛えられた打線も火を吹き快進撃したが、準決勝で敗退したのはご存知の通り。千葉君も準々決勝までは得意の勝機づくりに貢献。そこまでの打率7割、出塁率8割という記録も彼の巧打者ぶりを物語る
▼身長156aと小柄で伸びよう大きくなろうと牛乳もよく飲むが効果が出ない。そこで「まず出塁しチャンスを広げるのが自分の役目」と決め打法を工夫する。安打を狙うが危うい球は何本でもファウルにして粘り四球出塁も誘う
▼これが千葉流カット打法で今夏の甲子園でも高出塁率として開花。後続打者の本塁打や安打で得点を重ねる場面が幾度もある。ところが大会本部筋から準々決勝後にカット打法の実質封印を求められ、準決勝ではこの巧打者が4打席凡退と元気がなくチームも延岡学園に惜敗する
▼勝機をつくれずに自分を責め「悔しい」と大粒の涙を流し、泣きじゃくる千葉選手の姿が今も目に浮かぶ。彼は3年生。ファンは進路を案じたが日大に合格したという。涙の数ほど強くなって巧打の技を磨き、大学野球でも活躍の姿を見せてほしい。

 2013年 12月 15日 ―日本の稲作文化とTPP交渉―
 シンガポールで7日から10日まで開かれていたTPP(環太平洋経済連携協定)交渉の閣僚会合は目標としていた年内妥結に至らなかった。
▼残念な結果というのか、それともよく頑張ったというのか、総合的な観点からの判断は難しい。しかし、関係12カ国の経済力や日本の世界の国々に対する経済支援実績などを考慮すれば、日本が主体性を発揮しなければならないのではないか。
▼アメリカはともかく、多くの発展途上国も加わっている中で、主要農産物の関税撤廃などを急激に実施できる状況にはなく、また、やること自体が不自然ではないか。日本を主体に考えればそのような見方になるのだが、現状の産業経済の実態などから見ても、それぞれの国の実態に照らし合わせて関税があって当然といえるのではなかろうか。
▼日本の基幹産業とも言える第1次産業を守れなくて何を守るのか。日本人は少なくとも年間に「自分の体重に相当する白米を食べるべきだ」とするのが天窓子の考えである。もっと米を食べるべきであり、狭い農地、寒冷地でも主食の稲作文化を育てるべきだ。
▼日本人はあまりにも米のことを知らなくなってきている。交渉では、米国などに惑わされることなく、世界の歴史、食糧や産業の実態などをよく考えて対処するべきだろう。

 2013年 12月 14日 ―石破幹事長がまた問題発言―
 自民党の石破茂幹事長はデモをテロ呼ばわりしてひんしゅくを買い、撤回謝罪をしたばかりなのにまたも問題発言をして直後に撤回している
▼今度の内容は報道関係者にとっては聞き捨てにできない問題をはらんでいる。それは11日の日本記者クラブにおける記者会見で飛び出した。強行採決で成立した特定秘密保護法に関して、報道機関が特定秘密を伝えることについて次のように語っている
▼「報道によって我が国の安全が極めて危機に瀕(ひん)するなら、何らかの方法で抑制されるべきだろう」…。勝手には書かせないぞ、書けば処罰されるぞ、との脅しにも聞こえる。記者から報道が処罰対象になる可能性を問われると、「司法の判断になる」と含みを残している
▼前回のデモ即テロ発言の釈明と同様に今回も直後に「抑制は求めない」「報道当事者は処罰対象にならない」と発言を撤回し修正している。過激に警告しておいて直後に手のひらを返すように前言を否定するこの手法。不勉強というより計算づくで秘密法の怖さをアピールしているようにも見える
▼幹事長でも法解釈が正確にできないのだと素直に受け止めると、秘密法の曖昧さ粗雑さ怖さが浮かび上がる。同法成立後に政権支持率が下落したが当然だろう。国民は冷静に推移を直視し敏感に反応している。

 2013年 12月 13日 ―米国の東アジア外交政策―
 4、5日に米国のバイデン副大統領が日本、中国、韓国を訪問した目的は、中国による防空識別圏設定の緊張を和らげるためだったろうか。それもあるのだろうが、冷え込んでいる日中関係、中国寄りになっている韓国、米中関係の先行き不透明さに対する懸念があったからではないか。副大統領は3日の安倍晋三首相との共同記者発表では中国にそういった懸念を具体的に提起すると述べていたが、習主席らとの会談で米国の決意は伝わったのだろうか。
▼米国が識別圏の撤回を要求したとしても、中国はメンツにこだわらなければならないから、応じる可能性はほとんどないものと思われる。同行記者団によると、習主席は「新たなモデルの大国関係をつくるため、米側と共に努力する用意がある」と述べているようだ。
▼近年の中国は「大国意識」を強く表に出すようになっている。副大統領は識別圏設定は認めない考えを示しつつも、ある意味では「骨抜き」にすることで精いっぱいとなろう。
▼そして、北朝鮮やイランの核問題で意見を交わし、米中の一致点を探り、併せて近隣諸国との緊張緩和を中国に促し、米中関係の強化を目指すものであったろうと思う。つまりは、東アジアの緊張緩和を模索しながら「米国主導」の安全保障秩序を維持することを狙っている。

 2013年 12月 12日 ―滝沢村の市制移行が迫る―
 滝沢村には以前に8年ほど住んだことがある。四季折々の岩手山に魅了され、山裾に広がる牧歌的風景も好きでよく散策したものである
▼居住して初めて県外の友人たちに賀状を出した時の反応は、二通りあって今でも忘れられない。賀状には秀麗な岩手富士の写真を刷り込んだので、一方はその威容と美しさを電話口でたたえ、しきりにうらやましがる人たち。定年後に村民になりたいと言う親友もいたが彼はそれを実現している
▼他方は「村」の住所だけで軽くさげすむ人たち。「なんで村なんか選んだのよ」と言う友もいた。彼には先の親友の称賛と選択を伝え、これが最先端の見方だと言い返したことも懐かしい。この村が来年1月1日に滝沢市となる
▼今夏に市制移行が決まった時も友とのやり取りを思い出し少々感傷的になったが、その瞬間が迫る今は不思議に期待で胸が膨らむ。自然景観はそのままで人口5万5千人超の規模に見合う「市」が始動するのだ。行政も脱皮して住民への奉仕に一段と力を注ぐことだろう
▼住所表記なども変わる。先月に盛岡北郵便局から村内知人の新郵便番号と新住所の「お知らせ」はがきが届いた。同局作成の趣旨を印刷したはがきに村民が氏名、新表記、宛先を書き込めばその宛先に通知が届くのだ。同局の心遣いがありがたい。

 2013年 12月 11日 ―アネックスカワトクへの新聞掲示―
 盛岡市緑が丘のアネックスカワトクを訪れてみた。上田一里塚と記した石碑がバス停近くの広場に建てられているが、当時の県知事工藤巌氏の揮毫(きごう)によるものだという。その北側の道路には歴史を感じるような何本かの立派な松が残されている。
▼12月初めの昼食時間帯に訪れたが、食料品売り場や食堂には大勢のお客さまが訪れていた。1階から3階まであって結構な広い面積の中にありとあらゆる種類の店舗が展開されている。
▼食堂のすし店で昼食を食べてから、店内を一巡した。主な客は高松、緑が丘、黒石野、岩脇、箱清水、松園方面の方々だろうか、近場の人たちの台所になっているように思われた。
▼午前10時から午後7時までの営業で、1階は食料品売り場を中心に食堂街、子どもの遊び場、DPE、クリーニング、キャッシュコーナーなど、生活に密着した品々の売り場になっている。お客が好みのメニューを選べる食堂が楽しい。上の階には電気製品、スポーツ用品、衣料品、家庭用品、100円ショップまで、生活必需品の大半をそろえた便利な店になっている。
▼12月中旬から1階北側のキャッシュコーナー前に毎日の「盛岡タイムス」を掲示させていただくことになった。地域の新聞として身近な情報、役立つ情報を発信してまいりたい。

 2013年 12月 10日 ―人を許すマンデラ行動哲学―
 人にはやられたらやり返そうとする性向がある。報復をしない境地は容易には開けない
▼95歳で永眠した南アフリカのマンデラ元大統領は、黒人指導者として白人政権による人種隔離政策と闘う中でその境地を体得している。かつて南アは少数派の白人が多数派の黒人を抑圧。選挙権は認めずトイレもバスも病院も白人とは隔離された
▼政治活動をした黒人が裁判もせず殺害される事件も多発。マンデラ氏は隔離撤廃要求の陣頭に立ち武装闘争にも従事し1962年に逮捕。終身刑となり獄中生活は27年半に及ぶ。採石の重労働を課せられた獄舎生活でも希望を捨てず、白人看守とも親交を深め当局首脳に待遇改善を求める折衝も重ねている
▼一方独房は精神深化には理想的な所だよと妻への手紙にも書くほどここで心を鍛錬。白人を許し報復はしないとの寛容の哲学を肉化する。獄舎から白人政権との対話を提唱。国際世論も動き90年に釈放となる。隔離撤廃も進み94年には全人種参加の初の選挙で大統領に当選
▼就任式には先の看守も招き報復におびえる白人には和解を言明。白人加害者と黒人被害者が公聴会で対面し真実の告白で免責とする「真実和解委員会」も実施した。「人を許す心は最強の武器」とのマンデラ行動哲学は憎悪渦巻く世界への貴重な遺産となるだろう。

 2013年 12月 9日
新聞休刊日です

 2013年 12月 8日 ―大震災から1千日を過ぎて―
 東日本大震災津波から4日で1千日を経過した。警察庁によると、全国の死者は1万5883人、行方不明者が2651人に上っている。災害発生から間もなく2年9カ月もたち、行方不明者は発見の手掛かりをつかむのが難しさを増している。
▼そして、避難生活を余儀なくされている人、つまりは、仮設住宅や民間の借り上げ住宅などに居住を移されている人が27万7609人で、このうち、岩手県の避難者は3万6348人となっている。
▼岩手、宮城、福島の3県で発生した災害廃棄物「がれき」は計1635万d、うち、処理されたのは1447万d、処理率は89%だ。岩手県は13年度末までに処理完了見込みとなっている。
▼生活の再建をはじめ、河川港湾などの災害復旧・復興、用地の整備、産業や雇用、医療、福祉、集落コミュニティーの再建などに全力で立ち向かっているところだが、用地交渉に時間がかかり、資材、人手が不足している。それに資材・賃金の高騰などが生じている。
▼過日、陸前高田市方面の復興状況を視察してきたが、気仙川の上空にベルトコンベアーを設置して対岸の山の土石を運搬する仕掛け作りを行っていた。本格的なかさ上げ工事は14年以降になるのだろう。他県ナンバーのダンプカーの往来も本格化してきている。

 2013年 12月 7日 ―言葉催事に花添える恋文大賞―
 京都の和洋紙会社が4年前に公募を始めた「恋文大賞」が、ファンを広げている。「ありがとう」の思いを込めた手紙の出来栄えを競う催しだ
▼震災発生の11年(第2回)には気仙沼の菅原文子さんが津波の犠牲になった夫に宛てた「あなたへ」で大賞に選ばれている。「あの日〜あなたは迎えに行った私と手を取り合った瞬間 凄(すさ)まじい勢いで波にのまれ私の目の前から消えました」と、とわの別離を描く
▼桜にも新緑にも「何も感じることができず声を上げて泣くことも出来ずにおります」と心境を書き、流された自営店舗を子息たちと再建した近況なども報告。「三十八年間〜仲良くしてくれてありがとう」とつづり、「ひたすらあなたのお帰り待っています」と結ぶ
▼入賞発表は昨年の第3回までは11月だったが、本年から12月1日となり流行語など恒例の歳末言葉催事に色彩を添えている。今回も東北から福島の後藤さとみさんが、亡き父宛ての「月の砂漠」で優秀審査員賞を受賞した。「月の砂漠」の歌が好きだった父の回想記である
▼末期がんで入院した父の傍らで作者は「つきの〜さばくを〜」と口ずさむ。父も唇を動かしている。告別式ではこの曲を流した。そんな描写の後、「父はひとりで、どこまで行ったのでしょう」と寂しい旅をしのんでいる。

 2013年 12月 6日 ―TPP交渉と日本の農政―
 TPP交渉に本県の農業や建設業関係団体などが反対を表明している。TPP閣僚会合が今月7日から10日までシンガポールで開催されるが、事前の日米間の打ち合わせでアメリカは、コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、サトウキビなどの甘味資源作物「主要5品目」の関税撤廃を日本側に要求している。
▼5品目の関税を撤廃できる状況にはなく、低く抑える方向で折衝しているが、年内の妥結は無理な状況におかれている。わが国が諸条件からみて今後、他国に負けない農産物の生産に結び付けられるかは難題だ。
▼2011年に発足した経済同友会の農業改革委員会では、「農業界と産業界の連携で日本農業の競争力を強化しなければならない」として、抜本的な農業改革案を提言している。
▼ここでは「兼業農家や高齢の担い手に支えられた日本の農業は、高コスト体質から脱却できずにいる」としている。「生産性向上を阻害する要因を取り払い、新たな農業への道筋を切り開くためにはどうすればよいのか」として、農業関連法制の抜本的見直し、減反制度などコメ生産調整の段階的廃止と適地適作の実現、農地の利用適正化、農業委員会の役割や構成員の見直しなど、現行制度を変える抜本的改革を唱える。
▼日本の農業が健全な方向に進むにはどんな対策があろうか。

 2013年 12月 5日 ―石破氏のテロ拡大解釈―
 筋道の通った話し方ができ、冷静沈着なイメージもあったのが自民党幹事長の石破茂氏だ
▼それだけに特定秘密保護法案に反対する人たちのデモに向けたコメントには、裏切られた思いを抱く人が多かろう。同氏は「デモの絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」とブログに書いたのである。失言などでなく信条の披歴だから恐ろしくもなる
▼直後に「テロ行為に例えたこと」は撤回謝罪したが、絶叫調のデモは「本来あるべき民主主義の手法と異なる」と重ねて強弁している。先の法案は特定秘密を漏らした者を処罰することも織り込んでいるのに、特定秘密対象のテロの定義は曖昧だ
▼「主義主張の強要」もテロと解釈できる文言もあり、拡大解釈が懸念されているさなかの石破見解だから臆測も呼ぶ。街頭デモの叫びも「本質的にはテロと見なす」という見解も先の文言に符合する。漏らす罪どころかデモ隊がテロ犯集団と見られかねない。かつての治安維持法による過剰な取り締まりもよみがえってくる
▼急浮上した道徳教育強化策にしても、子どもの内面まで国家意思で染めていこうとする着想ではないかと警戒の声も出ている。石破氏は主張の絶叫は世論の共感を呼ぶことはないだろうとも書いたが、それは政府自民党が自戒すべき事項でもある。

 2013年 12月 4日 ―せわしく過ぎる師走―
 2013年のカレンダーもあと1枚になった。12月は「師走(しわす)」と呼ばれ、1年の締めくくりの月であり、年間を通じて最も日中の短い月である。
▼岩手は「南部杜氏の里」で、日本酒の仕込みが盛んになる。また、日本酒のおいしい季節でもある。12月の別名として師走の呼称が通例になっているのは、師匠までも走り出す月ということから。年の最後の月として、せわしく、1年間の総決算、いろいろな行事や祭事があり、納めや供養などが行われる。年末、クリスマス商戦が始まった。デパートではツリーが飾られている。
▼11月末にはすでに同好会の役員会を兼ねた忘年会と称する会合が何回かあった。そういった会合には欠かさずに出席するようにしている。年末には「年賀はがき」を書かなければならない。半分は印刷、半分は手書きの添え書きをしている。暮れにはお歳暮といった慣わしがある。今年は新巻きザケの値が張っているのだろうか。
▼弟妹が自分の畑で栽培した野菜などを届けてくれるのはうれしいこと。家で取れた柿の皮をむいて、干し柿を作っている家庭も見受けられる。最近は干し柿を好んで食べる人が少なくなっているが、そういえば、漬物用の大根を干している家庭もめっきり少なくなった。伝統の手作りものは捨てがたい味がする。

 2013年 12月 3日 ―現職落選続く福島の叫び―
 自治体の首長選では在任中に大失態がなければ、現職が有利だという
▼ところが原発事故下の福島では、本年実施した市や町の首長選で大失策などなく、むしろ除染はじめ種々の対応に努力していた現職が相次いで落選している。近くは先月24日に投開票された二本松市長選、広野町長選でいずれも新人が現職に勝利している
▼落選した前二本松市長は「子どもを放射能から守る施策に真剣に取り組んだが理解を得られなかった。市民の何とも言い表せない思いがぶつけられた」(要旨)と語っていた。同月17日の県都・福島市の市長選でも現職が敗れている
▼陣営では復興の遅れは国に大きな責任があるが、住民の不満が身近な首長に向けられたと分析している。4月の郡山市を皮切りに7月の富岡町、9月のいわき市と現職敗退が続いたがその流れが止まらないのだ。確かに現職6連敗は放射能汚染終息の日が見えないことへの住民の憤まんの反映だろう
▼福島県民にとって「復興」は汚染終息の意味を持つ。今も14万人が帰宅できない。農作物が売れず売れても値下げを強いられる。漁ができないなど不安は消えない。一方、国はそれを逆なでするように原発セールスに走る。錯誤に気付いていない
▼現職を落とす心の叫びに耳を傾け汚染終息最優先で力を注ぐべきだろう。

 2013年 12月 2日 −一票の格差と司法判断―
 一票の格差をめぐって衆議院だけでなく、参議院の選挙でも「違憲・無効」の判決が言い渡さた。今年7月の参院選岡山選挙区について11月28日には広島高裁岡山支部が最も厳しい司法判断を突きつけた。昨年12月の衆院選をめぐる訴訟と同様に国会に手厳しい判決が相次いで出されているが、参院選の無効を求める訴訟は、仙台など全国14の高裁やその支部に起こされているという。
▼司法判断を突きつけられるまでもなく、選挙制度そのものを抜本的に見直さなければならないのではないか。2010年の参院選では「最大格差5・0倍」を「違憲状態」と判断した。その後、福島選挙区など4選挙区の定数を変更する「4増4減」を行ったものの、今回の参院選の最大格差は「4・77倍」であった。
▼最高裁の考え方として、「都道府県単位の選挙区を維持するのは著しく困難」になっているとか、「衆参共に県境を越えた選挙区を設ける」などの決断をしない限り、根本的な解決は難しいとの考えが出されている。
▼人口比例で割り振ればそのような考え方になるだろう。しかし、単純に人口だけを重く見る向きには問題もあろう。衆参の役割を問い直し、選挙区の見直しも行って「総定数」の削減などもやらなければならない。司法判断は次第に厳格になっている。

 2013年 12月 1日 ―文武二刀流の堤さん逝く―
 セゾングループ代表などを歴任した堤清二氏が86歳で旅立った。巧みな二刀流の生涯とたたえる声もある
▼傑出した経営手腕を発揮する一方、人の苦悩の深層や国の在りようなどへ鋭敏な目を向け、横たわる主題を繊細な筆使いで小説や詩に随想にと書き続けてきたからだ。辻井喬(たかし)とのペンネームもよく知られている
▼09年刊「叙情と闘争 辻井喬堤清二回顧録」(中央公論新社)は、文武二刀の交差とすみ分けを回想している。訃報に文筆家の表情を思い起こした人も多かろう。当方もその類いで印象深い詩句や発言、人間味のにじむ表現もよみがえる
▼昨年8月の脱原発を問うインタビューでは「母親が子どもを産めるか、子どもを守れるか。そこが原点だ」と語った。「新しい年の手紙」と題する詩では、小鳥たちの囀(さえず)りについてつづる
▼「囀りに含まれている深い森や林の沈黙を聴けない人は 台所の片隅に立つ湯気のなかに 家を支える女の平和への願いの歌を そこにこめられた悩みの呟(つぶや)きとともに聞きとることはたぶんできない」と
▼07年刊「新祖国論」(集英社)では時代が戦争の方へ、主権在民ではない方へ格差が広がる方へと傾きつつあることが、自分を執筆に駆り立てると述懐する。天国でも憂慮が続いていることだろう。


2013年11月の天窓へ