2014年 1月の天窓


 2014年  1月  31日 ―春節と日中交流―
 31日は旧正月。中国では「春節」と呼び、お正月を迎える。地方から北京市などに出て働いている人たちの多くが里帰りするので、鉄道や道路、空港は大混雑する。13億人とも言われている人口のうち、何億人の移動になるのだろうか。ものすごいエネルギーが動くものである。
▼中国のお正月料理は、ギョーザ、饅頭(まんじゅう)、餅が中心になっているとか。飲み物はビールや紹興酒だろうか。その食材や飲料の供給量もまた大変なものであろう。正月には爆竹や花火が打ち上げられる。今年は環境対策で規制されているため売り上げが落ち込んでいるようだが、それでも例年の80%強は売れているらしい。
▼山西省の知人から何通かの年賀状を頂いたが、2、3年前から相互の交流が止まり、せいぜい賀状の交換ぐらいだ。3年前に来日して大学などで学ばれている人たちは岩手にとどまっているが、新しく来日される人は見られなくなった。
▼政府の報告によると、日本人の中国を訪れる観光客は3年前から減少を続けていて、昨年は年間300万人を下回った。尖閣諸島の領土問題などで日中関係がこじれているが、いつまでも放置しておけない問題だろう。日中間の交流が滞ることは相互にマイナスになることが多い。早急に改善に向けた道を開きたいものだ。

 2014年  1月  30日 ―NHKの新会長会見―
 NHKは国民の受信料を主財源とする公共放送だ。国のものでなく国民の放送局である
▼事業の健全性を期す放送法は「不偏不党」を掲げ、放送関係者は特定の党派や思想に偏らないよう戒めている。番組編集も誰からも干渉されないと明記。意見対立案件は論点を多角的にするよう求めている
▼この基本ルールを念頭に置くと、籾井NHK新会長の就任会見のお粗末ぶりがよく分かる。「国際放送では政府が右と言うものをわれわれが左と言うわけにはいかない」とも発言。不偏不党どころか政権との癒着体質を露呈する
▼左右対立がなければいいがあれば併記する客観報道をすべきだろう。常に政府べったりでは独裁国のお抱え放映に重なり気味が悪い。対立意見を引きずる特定秘密保護法に関する見解も多角的論点などなく、法成立を追認しただけ
▼慰安婦問題では「どこの国にもあった」と言い放ち、女性の人権を顧慮する言葉もない。さらに「なぜオランダにまだ飾り窓(売春宿)があるんですか」と質問者に逆襲する場面もあったが品がなさすぎる。失礼ながらNHKのトップらしい風格には程遠く、がさつさが印象に残る
▼昨年来、会長人事に安倍総理が介入したと報道されてきたが、このNHK抱き込み劇で国民の多くが総理の危うさに一層身構えたことだろう。

 2014年  1月  29日 ―東京都知事選―
 東京都知事選が告示され、新人16人が争っている。2月9日の投票、即日開票されるが、果たしてどのような結果になるのだろうか。巨大都市東京の首長を選ぶ選挙でもあり世界の国々でも注目しているのではないか。
▼原発・エネルギー政策、いわゆる「原発ゼロ」、自然エネルギー活用による社会の形成、2020年東京五輪・パラリンピック開催成功、首都直下型地震の備えや対策、災害に強い美しいまちづくり、社会保障の充実、景気の回復など、さまざまな課題が述べられている。脱原発が争点になっているが、最大の電力消費地の東京でエネルギー政策が議論されるのは有意義なこと。しかし、それが都知事選の決め手になるのか、地方にいる者にとっては、候補者乱立もあって正直なところ「よく分からない」のが実態である。
▼安倍首相の政権運営の「中間選挙」の意味合いもあるが、政権批判票の動向がどのようになっていくのかが計り知れない。また、これまでの選挙を振り返ってみると、20、30代の有権者の投票率が30%程度と極端に低いことが問題でもある。
▼結局は多様な観点からの論戦が展開されることになるのだろう。自民、公明両党の推す候補がどれだけの支持を得られるかも東京では読めない。野党の対応も割れ、読みにくさを増している。

 2014年  1月  28日 ―福島原発観光地化計画―
 悲劇の現場を将来への教訓として残すかどうかは判断が難しい
▼震災大津波被災地でも遺族の心情にも配慮し、教訓には別の形を工夫するとして施設などを解体する事例が目立つ。それが妥当な選択なのだろう。ところが放射能汚染問題がある福島第一原発の現場を、観光地化しようと真面目に考えている人たちがいる
▼気鋭の思想家と評され出版社「ゲンロン」の代表を務める東浩紀氏を中心とするグループだ。氏は原発事故発生後、将来に向けて意義のあることができないかと思考していた時、1枚の写真を見る。1986年に事故があったチェルノブイリ原発4号炉の石碑の前で、人々が記念撮影をしている写真だ
▼それが原発災害に対する自分のイメージを改めるきっかけとなり、さらに意義ある方策を熟考。「福島第一原発観光地化計画」を立案する。昨年11月には同名の単行本も刊行し賛否の反響が広がる
▼観光には広島や長崎のように、悲劇の跡地を対象とする「ダークツーリズム」がある。だがその普及には時間がかかる。原発観光地化提唱にも拒否が多い。65%が反対という調査もある。東氏らは国内外の観光客が福島を訪れ、悲劇を共有し学ぶ流れをつくるため啓発に意欲を燃やす
▼長い目で見れば風化防止に役立つかもしれない。今後の展開に注目したい。

 2014年  1月  27日 ―ヤンキース入りが決まった田中投手―
 新ポスティングシステムを利用して米大リーグのヤンキース入りが決まったプロ野球楽天の田中将大投手の契約内容には驚いてしまった。日本のプロ野球史上最年少タイで到達した4億円の推定年俸から6倍近い増額。野球大国アメリカと比較にはなないのだろうが、日本プロ野球で昨季24連勝したことが世界的にそれだけの価値を生み出したということだろうか。
▼7年間の総額で1億5500万j(約161億円)。年俸は6年目までが2200万j(約23億円)で、7年目が2300万ドルとなっている。このほか、引っ越し費用3万5千j、家賃年間10万j、通訳給料8万5千j、日米間の航空券4往復分などの諸経費も支給されるという。
▼ダルビッシュ有投手の6年6000万jを大きく上回った。それでも投手では史上第5位というから、米国の野球熱には恐れ入る。
▼1位はドジャース、カーショー投手の7年2億1500万j、タイガースのバーランダー投手7年1億8千万j、マリナーズのヘルナンデス投手7年1億7500万ドル、ヤンキースのサバシア投手7年1億6100万jが上位にある。いずれも100勝以上あるいは最優秀投手賞などの実績を残している。田中投手が契約に見合った成績を挙げるのか、大リーグでのプレーに注目したい。

 2014年  1月  26日 ―岩手から一筆啓上最高賞―
 恒例だが今月は学生百人一首など、昨年全国公募の各種コンテスト入選作品発表が続く
▼21日には40字で書く日本一短い手紙の出来栄えを競う第21回「新・一筆啓上賞」(福井・丸岡文化財団主催)の入賞作品が公表された。今回のテーマは「わすれない」で、国内外から4万1237編が寄せられている。その中から本県宮古市の大浦みどりさん(37)が最高賞の大賞(5人)に輝いた
▼「娘へ」と題する受賞作品は大震災が発生した夜、当時1歳8カ月の次女から勇気づけられたひとこまを書いている。「忘れないよ。3・11の夜。ぎゅっと握ってくれた君の小さな手が、ママにくれた勇気」と。発震直後に次女を連れ長女を迎えに行った小学校で迫る津波を目撃
▼誘導されるまま皆と校舎の裏山に避難した大浦さん。難を免れた自宅に戻った夜も停電で部屋は真っ暗。落ち込みながら懐中電灯をかざすママの手を、娘が小さな手でぎゅっと握ったという。そのしぐさに母はこの子らを守らなきゃと勇気を奮い起こしたのだろう
▼京都の5歳女児・山田芽依ちゃんが亡き祖父に宛てた次の手紙も大賞に選ばれた。「おほしになってしまったけど、わすれないよ。でも、めい、かなしくておほしがみれない」…。天国のおじいちゃんも涙しながら、何度も読んでいることであろう。

 2014年  1月  25日 ―集落の活性化策は―
 恥ずかしい話になるが、自分の郷里と思っている集落にはコンビニもガソリンスタンドもない。道路には信号機も設置されていない。町場からさほど遠いわけでもなく、駅から1・5`ほど離れた150戸ほどの集落であるが、宅地化などの開発から取り残されたように、以前からのままに静かな集落を形成している。
▼昔から、その集落は北上川流域の肥沃(ひよく)な土地で、おいしい米や白菜の名産地となっていた。農耕のために牛馬を飼育していたが、戦後は機械化が進んだために肉牛の飼育に切り替えている。
▼道路は、リヤカーを引いていた道が舗装された程度で根本的には変わっていない。集落には小学校があり、農協もあった。昔からの医院一つと日用雑貨や酒・たばこ・学用品から釣り用具まで、何でも取りそろえた「店ッコ」と小さな「いさばや(魚屋)」があった。それで日常の用足しは十分に満たされていたように思っていた。
▼それから五十数年が経ているのだが、統合で小学校がなくなり、農協がなくなって、魚屋も店を畳んでしまった。近くの公共施設がほとんど消えてしまった。
▼進学した子どもたちは帰ってこないし、農家への嫁さんも見付からない。老々介護の世帯が年金で自給自足のような暮らしをしている。さて、集落の活性化策はいかに。

 2014年  1月  24日 ―詩人・吉野弘さん逝く―
 今月16日が満88歳の誕生日だった詩人の吉野弘さんが、その前日に旅立った
▼作品には優しさがあふれ「立派になろうと無理をしなくてもいいよ。平凡でいいんだよ」と励まされるような場面にしばしば出合う。「夕焼け」と題する詩は夕映えの情景描写を予想させる。だがそれはなく原文で題名の3文字が登場するのは最後の1行だ
▼詩の主役は満員電車で見掛けた一人の娘。座っている彼女の前に老人が立つ。うつむいていた娘が立ち座った老人は次の駅で礼も言わず降りる。娘が座る。横から押された老人が前に立つ。娘はまた譲る。老人は次の駅で礼を言い降りる。娘が座る。前にまた老人が立つ
▼だが彼女は今度は立たない。次の駅でもその次の駅でも下唇をかみうつむいている。詩は「やさしい心の持主は〜いつでも受難者となる」と続き「やさしい心に責められながら娘はどこまでゆけるだろう〜美しい夕焼けも見ないで」と結ぶ
▼結婚式でよく引用される「祝婚歌」も味わい深い。「二人が睦(むつ)まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは長持ちしないことだと気付いているほうがいい〜完璧をめざさないほうがいい」と優しく諭す
▼平易な言葉で紡いだ珠玉の作品集を再読しつつ、故人の偉業をしのびたい。

 2014年  1月  23日 ―滝沢市の夢のあるまちづくり―
 「住民自治日本一」を目指して1日に発足した滝沢市で、18日には市内の学生たちによって「夢のあるまちづくり」プレゼンコンテストが開催された。正直なところ、このときまで「住民自治日本一」ということがどういうことなのか分からなかった。
▼市の総合基本計画では「生きがいがもてる充実した生活環境の実現」を目標とし、この目標を実現させる各施策の発想と展開のきっかけとなるキーワードとして「夢」「絆」「生きがい」の三つを設定している。
▼また、2015年度からの次期総合計画策定に当たっては、地域への愛着や心の充実を感じられる「幸福」を計画の中に据えたいとしている。
▼今回応募されたのは、県立大社会福祉学部の高野愛代さん「心のよりどころ、滝沢文庫」、県立盛岡農高の懸田恵さんと伊藤岬さん、尻高澤美穂さん「馬っこクッキーを作ろう、身体に優しいクッキーを目指して」、岩手看護短大の千葉遼太君「のびのび笑顔の子どもを増やすぞ、滝沢が明るく元気に」、県立大総合政策学部の佐藤真之さんら4人による「たきざわTIKARAプロジェクト、住民主体のまちづくり」の4件だった。
▼市民の前で若い人たちが持論を熱っぽく提言され、甲乙付けられないレベルの高い内容であった。この夢は次期基本計画に生かされるだろうか。

 2014年  1月  22日 ―美しい辺野古の海に波乱―
 「世界の真ん中で輝く国になるよう、一緒にがんばろう」。19日の自民党大会でそう呼び掛けた安倍総理
▼その高揚ぶりに拍手でも送ればいいのだろうが、さながら進軍ラッパのようだからそんな気分にもなれない。「総身に知恵は回りかね」のことわざのように、高ぶるトップがあれこれ配慮をしても現場では迷惑がられることも起こる
▼総理は隣国を意識して勇ましく「美しい海と領土、領空を守り抜く」とも語ったが、沖縄・辺野古の美しい海は守ろうとしない。普天間基地の県外移設に固執する仲井真県知事に対し、政府は現地振興策に予算を付け提示。大盤振る舞いを演じる安倍総理のゴリ押しに知事も降参
▼政府案の名護市辺野古移設を承認してしまう。名護の人たちが「美(ちゅ)ら海」と自慢する辺野古のきれいな海を埋め立てる方向へ国と県が動く。そこに至る利益誘導的駆け引きを市民はどう見たか。ちょうど自民党大会の19日は名護市長選投開票日。市民は投票で答えた
▼移設反対の現職稲嶺氏が推進派候補に快勝し再選されたのだ。安倍総理が民意を顧慮するか否かが注目されたが、昨日「基本方針通り進める」と表明。政府は法に従い移設事業に着手する構えである。無視された民意は怒りを爆発させ、美しい辺野古の海に新たな悲しい波乱が始まる。

 2014年  1月  21日 ―冬の寒さと暮らし―
 毎年のことながら、冬は寒くて毎日の暮らしが大変である。木造の自宅が古くなって隙間風が入ってきているためだろうか、それとも年齢を重ねてよけい寒さを強く感じるのだろうか。
▼1時間くらいかけて家の周りを除雪すれば身体が温かくなってくる。雪が降らないときはジョギングを約1時間やれば寒さを忘れることができる。広い居間に老人が二人、こたつと石油ストーブ1台、電気ストーブ1台で暖をとっているが、それでも寒く感じる。夜間は座椅子の後ろに毛布を掛け、こたつに丸くなっているが、縁側の方のガラス窓から深々と寒気がしみこんでくる。
▼家を建て替えればよいのか、市街地のマンションにでも移れば住み心地がよいのかなど、さまざまなことを考えてしまう。毎年一つずつ年を重ねていくが、冬は雪と寒さと戦いながら冬の生活を充実させなければとも思っている。歯を食いしばっても夫婦二人で炊事をして自立していきたい。
▼台所はことのほか冷たく、食事の支度も大変だ。ストーブに灯油を入れるのも高齢者には大変な作業になる。いつまで続けられるか。夏の暑さもまた大変だ。やはり、春と秋が過ごしやすい。きのうは二十四節気の一つ「大寒(だいかん)」で、暦の上では寒さの峠を越えた。春が待ち遠しいこのごろである。

 2014年  1月  20日 ―学生100人一首に岩手の6人入選―
 青森の高校3年生西村和輝さんは「しがみつく夢のはじっこ布団ごと母にはがされ無念の起床」と、目に浮かぶようにつづる
▼東洋大学主催「現代学生百人一首(13年)」の入選歌だ。東北勢も健闘。山形の高3・西村芽衣さんは家族の尊さを浮き彫りにする。「仕送りで何がいるのか兄へ聞く足りないものは家族だと言う」と。岩手は6人入選で東北トップ
▼沼宮内高2年の小森香菜さんは「携帯の履歴に残る文字の中言葉の棘(とげ)を後悔してる」と相手を刺す棘を見詰める。専大北上高2年の葛西乙貴さんも「ケータイが切れて孤独におそわれる電源入れてみんなただいま」と明暗の心理を詠む
▼若者言葉の「変顔=変な表情」を用いて単語学習を面白くうたうのは盛岡四高2年の川村星華さん。「バスの中単語帳とにらめっこ古語は変顔英語は堅物」と
▼盛岡誠桜高1年の吉田柚香さんは「震災後夜空を見ると友がいる星の電話でつながっている」と星になった亡き友との悲しい交信をつづる。「あの日から私は笑顔たやさない海がうばった3つの笑顔」と詠んだのは、専大北上高3年の西川真由さんだ。3人の分まで、との思いが伝わる
▼同校3年の田口諒さんは、「東京に五輪誘致で笑顔咲くその笑顔の輪いつ被災地へ」と置き去りにされそうな不安をのぞかせる。

 2014年  1月  19日 ―山田一夫遺稿集―
 「やっぱり良し盛岡駅の寒さ良し」、この句は、昨年1月21日に逝去された故山田一夫氏の作品である。本人やご遺族のご了解も得ずに、分厚い一冊の句集の中からこの句が良しと思ったのである。
▼多分、東京かもっと南の方に出掛けられて、新幹線で盛岡駅に帰ってきて、駅頭に降り立つと「冷やっと」した温度と、何とも言えない「ふるさとの空気」が肌に感じられて「やっぱり盛岡はいいなぁ」とホッとしたところを歌ったのではなかろうか。
▼先日、山田さんの奥様、山田玲子様から「追憶 山田一夫遺稿集」が恵贈されてきた。俳人山田北夫の集大成で、旧制中学から大学、そして社会人になっても会社経営の傍らに文学、特にも俳句に親しんでこられた。今回、故山田一夫氏の1周忌にあわせて奥様やお子様たち、お孫さんたち、ご友人、そして、俳句仲間の金子兜太氏や山口剛氏らのお力添えで三百首に近い作品が一冊にまとめられた。後年、病床に伏せられてからも手帳には判読すらできないような句がしたためられていた。
▼山田さんとは、いまから20数年前に花巻空港発のチャーター便、「日中友好の翼」で中国山西省の旅に10日間ほど一緒したことがあった。人格円満、常に平然としていて笑顔を絶やさない人であった。改めて心からご冥福をお祈りしたい。

 2014年  1月  18日 ―釜石の海を詠まれた雅子さま―
 3・11のあの日。釜石湾に押し寄せた大津波は岸壁を乗り越え、濁流のうねりとなって市街地も襲う
▼家々をなぎ倒し駐車中・走行中の車ものみ込み、釜石で暮らす多くの人々の尊い命も奪う。ネット動画で今もその暴威を見ることができるが、涙で正視できなくなる。昨年11月2日には皇太子ご夫妻がこの釜石を慰問されている
▼市内平田に建つ仮設住宅団地では、ご夫妻が励ましの言葉を掛けられて被災者と交流。妃殿下雅子さまが高齢者たちとの触れ合いのひとときを大切にされ、お顔を近付けて温かくいたわり続けていて、側近の人から「お時間ですので」と声が掛かるひとこまもあった
▼ご夫妻は復旧した水産加工会社も慰問され、穏やかな釜石湾もご覧になっている。雅子さまは海と共に暮らす人たちが癒やされるよう願いを込め、お歌を詠まれた。「悲しみも包みこむごと釜石の海は静かに水たたへたり」と。静かに水をたたえた釜石の海は人々の悲しみも包み込んでいるようだとうたわれている
▼15日に皇居で催された「静」をお題とする歌会始でも、このお歌が披露されている。戦争や災害、難病などで命を落とした人や苦悩する人々に寄り添うように足を運ばれる天皇、皇后両陛下。その慈しみのお心が皇太子ご夫妻にも継承されていることに感銘を覚える。

 2014年  1月  17日 ―急テンポのメディア革命―
 テレビ、新聞、携帯、インターネット、スマホ、タブレットなど、昨今は情報手段の急激な変化が現れている。そんなことを感じながら新年を迎えた人も多いことだろう。メディア革命が急テンポで進み、無関心に近かった私たちの身の回りにも、いやが応にもそれは現実化してきているが、高度情報化の流れは全国津々浦々、老若男女の別なく、東北地方の過疎地でも広がっているのが分かる。
▼日本にテレビが入り、インターネットが入り、携帯電話が登場したのはいつ頃だろうか。インターネットが入って約20年といわれているが、まさに現代の黒船といわれるようなメディアの大改革が遂げられている。年配者としては、携帯電話の機能すら十分に駆使できないでいるところに、スマートフォン、タブレット端末などが登場してきて戸惑っている。
▼ネット社会になって情報が素早く縦横に広がることは間違いなく便利だが、情報がそのまま素通りすることにも問題があるのではないか。当方は活字文化による熟慮する情報を大事にしたいと考えている。情報手段や道具が何にしろ、人から人に伝えるのが人間であり、情報で動くのも人間である。
▼アナログからデジタルへの道具の選択もなされているが、人が人に伝える情報の中身を吟味しなければならないのではないか。

 2014年  1月  16日 ―注目の東京都知事選―
 じゃんけん遊びで「後出し」はずる賢い。相手の指の形を見抜いてから必勝の手を出すのだから、ずるさがばれて悪口を浴びることが多い
▼昨年の国際ロボット展には素早く相手の形を察知するカメラを備え、高速作動で必ず勝てる手を出す「じゃんけんロボット」も登場した。実際は後出しだがそれは認識されず勝率百%を誇る。こういうたわいない後出しは楽しいが、大人の世界ではずるさも賢さに見えるからややこしい
▼2月9日投開票の東京都知事選も本命を自負する人ほど名乗りは遅い。猪瀬前知事辞職を受けた短期決戦だから心の準備に手間取る面もある。それでも先月末に宇都宮健児氏、年頭に田母神俊雄氏がそれぞれ出馬表明。このクラスならと見極めたのか8日には、有力視される舛添要一元厚労相が名乗りを上げた
▼次いで発明家や元大使など5氏が出馬を表明。流れが見えたとの論評もあったが、14日には小泉元総理と連携し脱原発を掲げた細川護煕元総理が立候補を表明した。この人も後出しに似て賢く勝機を探っていたのだろう。舛添独走かとの下馬評も一転。混戦気味の展開となる
▼地方は高みの見物でもいいのだろうが五輪準備もあり、国政の縮図のような首都のトップを決める選挙である。都内居住の県出身者にも思いをはせ推移を注目しよう。

 2014年  1月  15日 ―コンビニ定着させた挑戦―
 「コンビニ」というタイプの店が出始めてから40年になるといわれている。
▼日本では昔から駅の売店「キオスク」タイプの店が便利であった。アメリカでは小さな店が出始めていたが、日本では高度成長期を経て大型スーパーが台頭していた。鈴木敏文氏がアメリカで見つけた小さな店「セブン・イレブン」が日本でのコンビニ誕生につながっていることは有名だが、当時、日本ではそういうタイプの店は無理ではないかといわれていた。
▼その後、日本人好みのおでんやおにぎりを買うという消費スタイルを市場に根付かせた。作業の効率性を高めるために商品の共同配送をするなど、物流の改革も進めている。鈴木氏は、アメリカではスーパーが24時間営業を始め、安売り戦略を強めていること、銀行は土日休みで午後3時には閉まることにも目を向けた。近場のコンビニで夜中でも日曜でもお金が下ろせたら便利だろう、と当たり前のことを思い付いた。近年は、電気やガス料金の収納代行、そして、ATM設置を定着させている。取扱件数や金額は年々伸びている。
▼鈴木氏は「素人視点」を持ち続けることが大切だとしている。無理を無理だとも思わない、「無理越え」をポイントとして、汗をかいてひたすら知恵を出し、挑戦を続けることが大事だとしている。

 2014年  1月  14日 ―福田さんが今夜NHKで熱唱―
 昨年の1月8日は火曜日で、20時からNHK歌謡コンサートがあった。同日の当方の日記には、福田こうへいさんがそこに出場したことや略歴などが書いてある
▼「雫石出身、盛岡の玉山在住。亡き父は民謡歌手。母は民舞師範。天与の環境下で彼はのどを磨き民謡歌手となり、県内外の各種大会で《優勝》を重ねる。12年日本民謡フェスティバルでは最高賞のグランプリに輝く」
▼さらに「12年秋には演歌デビュー曲『南部蝉(せみ)しぐれ』リメーク版を発売。反響を広げ今夜NHK出場となる」と書き番組終了後に、事前に伝えておいた旧友数人と感想を語り合ったことにも触れている
▼「皆が異口同音にうますぎる!全国区レベルだ。紅白も有力かも、と言う」と。友の予感は的中。昨年末には日本有線大賞新人賞、日本レコード大賞新人賞を受賞したほか、NHK紅白にも初出場できた。民謡だけでなく演歌歌手としても本格派の道を歩み出している
▼「南部 盛岡 雫石 思えば遠いふるさとよ」と、しんみりとした調べで始まる「南部蝉しぐれ」は、久仁京介作詞、四方章人作曲の望郷の歌だが、「弱音をはくな強気になれよ」など励ましも織り込む人生応援歌でもある
▼福田さんは火曜今夜のNHKコンサート「私を変えたこの一曲」で、冒頭にこの歌を熱唱する。

 2014年  1月  13日 ―成人になってもますます成長を―
 加冠・戴冠の儀というのは、男子の元服を代表したもので、人間が成長し、人格が形成されていく段階において行われる儀式であった。1月の冠儀は「成人式」として行われる。男性のみならず女性も含めて行われ、法的に新しく社会の一員に加わる満20歳になった青年男女が、その責任を自覚する日。めでたく巣立つことを祝福し、また、励ます日として国民の祝日になっている。
▼成人式は年始に行われる重要な儀式であったし、今日においても重要な意義をもっている。以前は「小正月」といわれて、1月15日が「成人の日」となっていた。現在は1月第二月曜日となっている。
▼式典は成人の日に限って行われるものではなくなって、夏場に成人式が行われる市町村もある。今年成人式を迎えられる人たちは1993〜94年頃に誕生された人たちで、県内では約1万2500人の方々が新成人となる。
▼まずは、新成人とご父母の方々にお祝いを申し上げたい。辞書などで、成人とは、幼い者が成長し、成年に達することと解説されている。同時に心身の発育を終えて一人前となった者とも説明されている。心身共にまだまだ成長している途上ながら、ここで法律的に「おとな」の仲間入りをする。責任が重くなったが、これからのご成長とご活躍をご祈念申し上げる。

 2014年  1月  12日 ―記憶に残る山学大の駅伝―
 アクシデント(思わぬ故障)はない方がいいが、仮にあっても人は周囲にも支えられそれを乗り越えようとする
▼年頭の東京箱根間大学駅伝でもそんな光景があった。アクシデントに襲われたのは山梨学院大学チームで往路2区を走った、ケニア出身のエノック・オムワンバ選手(2年)である。彼は昨年も2区を走り12人もごぼう抜きをし同大を16位から4位まで押し上げた実力派だ
▼今回も快調に走りだし5人を抜いたが次第に失速。9・7`地点で路上に崩れ落ちる。立ち上がるがまた倒れ込み審判は赤旗を掲げ同大の途中棄権を告げた。無念の退場をした彼の故障は疲労骨折と判明。棄権扱いのチームは試走の形で3区から最下位大学と同時にスタートする
▼復路も完走。最後の10区を区間5位相当タイムで力走した森井選手にも逸話がある。彼も13年箱根駅伝直前に疲労骨折で欠場。4年生で卒業を控えていたが14年の箱根に出ると決め留年。故障を治し練習に徹して今回念願の出場を果たし好成績の走りを見せたのだ
▼「大丈夫!(私のように)来年を目指せばいい」と励ます先輩に、オムワンバ選手は涙して再起を誓ったという。その頭をなで肩をたたき皆が彼をいたわる。棄権で公式記録は対象外だったが、兄弟のような絆を深め合ったチームの姿は記憶に残る。

 2014年  1月  11日 ―冬の寒さ本番―
 11日が「鏡開き」で、神棚に上げたお供え餅で小豆餅やお雑煮を食べた方が多いのではないか。7日は「七日正月」で七草がゆを食べた。15日は「小正月」といわれ、風邪を引き寄せないように小豆がゆを食べるのが習わしになっている。
▼このところ朝の気温がぐんと下がって氷点下10度近くまでなっている。20日が二十四節気の「大寒(だいかん)」であるから、さすがは極寒に入っていることを感じる。道路が凍結したまま日中になっても解けないので朝の通勤には足元を確かめながら歩幅を小さくして歩いている。
▼まさに真冬に入っているわけだが、小中高生は冬休みの終盤に入っている。休みといっても受験を控えている子どもたちにとっては最後の追い上げに入っている。年配者が戦中戦後の頃に過ごした冬休みとは時間の過ごし方が随分と変わっている。
▼小学生の頃に江刺の山間地の親戚の家に行って、山中の炭焼き窯を案内していただいたのが記憶に残っている。雪上のウサギの足跡を探して、そこに針金を輪状にしたわなを仕掛けていた。炭焼きの人たちは山の小屋に寝泊まりして木炭の生産に励んでいた。山に行くと、ウサギ、イタチやキツネなど動物たちの足跡が見られたものだった。
▼子どもの頃から雪国での生活の知恵が伝えられていた。

 2014年  1月  10日 ―歌で横綱を狙う増位山―
 昨年65歳になった元大関増位山は、11月に相撲協会を定年退職。今度は歌で横綱を目指すと張り切っている
▼審判委員を務めた頃も美声を買われ、物言いがついた相撲の場内説明をよく任されている。優しいソフトな声に情感を漂わせ聞かせる歌のうまさは、現役時代から定評があった。1974(昭和49)年発売の「そんな夕子にほれました」が歌手・増位山太志郎を世に送り出す
▼以後「誰か夕子を知らないか」(76年)や、130万枚超も売れた「そんな女のひとりごと」(78年有線音楽賞・ベストヒット賞受賞)などがファンを広げていく。「♪男の肩と背中には むかしの影がゆれている〜だれにも言えない傷あとも」と哀愁の調べで歌った「男の背中」(79年)も大ヒット
▼今の中高年世代も歌詞を自らの歩みに重ね歌い続け、多くがカラオケの持ち歌にしている。退職後、歌謡の土俵に勝負をかける増位山は昨年末、新曲「夕子のお店」披露の会を《出陣式》と名付けて歌の横綱へと始動した
▼74年の出世曲「そんな夕子に〜」は暗い過去を持ち、クラブで働く独りぼっちの夕子を歌ったが、今度の新曲は「お店を出しました」と夕子から手紙が届くところから始まる。長い空白を経た恋の再燃を予感させる歌だ。その演出が憎い。65歳が挑む新舞台に期待しよう。

 2014年  1月  9日 ―平穏に駆け出した2014年―
 今年の元旦は三陸沿岸が天候に恵まれて宮古や釜石などで初日の出を拝むことができたが、盛岡など内陸地方は曇り空で、滝沢市発足を祝う200発の花火は低空の暗闇に大輪の花を咲かせ「これからスタートだ」といわんばかりの大音響を響かせていた。まさに、日本一の村が無限の可能性とさまざまな課題を抱えて市制に突き進んでいくように思われた。
▼世はまさにターニングポイント、一大転換期であるといわれているので、新しい文化や産業を切り開いてほしいと期待している。
▼曜日配列から9日間の年始休暇を終えて、6日が「仕事始め」に当たった。朝礼やあいさつが行われたが、「東日本大震災復興本格化」や「消費税対策」などが課題になっている。
▼この日から実質的に新年が動き始めたといってもいいが、元旦に市制を敷いた滝沢市の柳村典秀市長をはじめ市役所職員・市議会議員は元旦から心も新たに記念行事などの日程を消化されたことと思う。また、年末年始の繁忙輸送に奮闘された交通機関、そして、デパートやホテル・旅館などでは「ここが書き入れ時」とばかりに休みもなく営業に励まれた。
▼鉄道や空港、高速道などに大きなトラブルもなく、順調にスケジュールをこなすことができた。2014年のスタートは平穏に駆け出したと言える。

 2014年  1月  8日 ―戦場の手柄と武器廃絶―
 囲炉裏(いろり)も出てくる童謡「冬の夜」は、明治時代に生まれた作詞作曲者不詳の歌だが、郷愁を誘い今も愛唱する人が多い
▼ただ2番に気になる歌詞がある。炉端で縄をなう父が「過ぎしいくさの手柄を語る」というくだりだ。戦場の手柄を語る父に子らが興奮しこぶしを握る描写もある。普通のお父さんも兵士となり敵と戦うのが戦争だ。そこでどんな手柄を立てたのか。銃で多くの敵兵を殺害したのか
▼76歳の戦中派を名乗る人が詠んだ「じいちゃんも発砲したかと孫がきき」との川柳がある。先の子らも父に同じ質問をしたかもしれない。迷いなく敵を狙い発砲する兵士の割合(発砲率)は15%前後だというデータもある。大半は命令に従い迷いつつ撃っているのだという
▼話は飛ぶが文化大国を自負する米国には国民個々が銃を所持し使用できる制度がある。学校などで射殺事件も多発。野蛮だと世界から非難されオバマ政権は規制強化に臨んでいるが、議会が銃業界に押し切られ一歩も進まない
▼だが年頭に動きがあった。オバマ大統領が議会承認不要の「大統領権限」で、規制強化に踏み込む方針を発表したのである。昔は童謡にも影を落とすほど武器で敵を倒すことが手柄とされた。だがその倒錯に目覚めた今は削減廃絶を手柄とする。この潮流を育てたい。

 2014年  1月  7日 ―滝沢市の誕生と盛岡広域圏の発展―
 今年の日本はどのように変わっていくのか。そして、岩手県の課題は何か。大地があまり揺れないでほしい。
▼わが家のこと、とりわけ自分にとってどんな年にしていくつもりか。そんなことを考えながら正月を過ごしたが、まずは「地球が安泰」であり、「世界全体が良くならなければ個人の幸せもあり得ない」ということなのだろう。
▼一年の計は元旦にありといわれているので、元日の午前0時を期して、外に出て空を仰ぎ、東方に向かって柏手を打ち、井戸水を一杯飲んだ。それから家に入って神棚に向かって、家族で拝礼したあと、近くの神社に元朝参りを済ませた。
▼1月1日で人口5万6千人規模の「滝沢市」が誕生した。人口規模では県内7番目の規模を誇る市となった。盛岡広域圏の3大都市「盛岡、八幡平、滝沢」が連携を強くして、それぞれの特性を発揮していければ県央を支える大きな力となろう。もちろん、その周辺の自治体との連携も大事なことだ。
▼雪景色の岩手山は素晴らしい景観をしていた。「名山出名士」のことわざがある通り、名山のあるところ名士をいだすといわれている。それぞれの古里には名山がある。名山の見えるところで素晴らしい士を出してほしい。新生滝沢市をはじめ盛岡広域圏のさらなる発展を期待してやまない。

 2014年  1月  6日 ―初春に隣国の荒れ模様―
 この国のお正月は人も動いてにぎやかで、迎春の華やぎがある
▼今年はその初頭に隣国から《口撃》ともいえる非難が、日本へとりわけ安倍総理へ騒々しく浴びせられた。国家間の寒々しい荒れ模様を見せつけられた人々は、正月気分も興が冷めたことだろう。当方も初春をことほぎはしゃぐ雰囲気を大切にしたかったが、しばしば妨げられた
▼中国の機関紙は安倍総理の「強い日本を取り戻す戦いは始まったばかり」という年頭所感の言葉や先の靖国神社参拝に対し、「常軌を逸したパフォーマンスだ」などと批判。安倍総理を「アジア及び世界のトラブルメーカー」とまでなじっている
▼韓国の報道官は新藤総務大臣が元日に靖国参拝をしたことに関し、「なぜ韓日関係がこのように(悪く)なったのか。誰が障害をつくったのかが安倍首相の靖国参拝ではっきりした」と指摘する
▼そんなさなかに尖閣諸島付近の海で珍事が起きている。元日に尖閣上陸を企て熱気球で飛来した中国河北省の青年が、飛行に失敗し海に墜落。救助に駆け着けたのは日本の海上保安庁巡視船だ。溺死を免れた彼は侵入容疑者だが日本は人道を優先。中国公船に引き渡したのである
▼敵に塩を贈るような美談なのだが中国政府から謝辞はない。仁義や礼節を誇ったかの国の心の荒廃が垣間見える。

 2014年  1月  5日 ―啄木応援歌―
 昨年の11月末で盛岡市玉山区の石川啄木記念館館長を退任された、菅原壽さんが「啄木の応援歌」と題する、104ページからなる著書を発行された。心のこもった、実に含蓄のある内容となっている。
▼2011年4月19日から13年11月27日まで、約2年半を掛けて石川啄木の歌碑や縁ある場所に直接出向くなどして、「その日、その場所」での思いをつづっている。啄木の歌を読み、読ませ、啄木に語りかけ、解説し、自分と対比し、自分の思いを述べている。読んでいるうちに胸にこみ上げてきて涙が出てしまう。
▼昨年11月17日に開かれた「啄木記念館感謝の集い」に参加するため早めに家を出て、啄木記念館を見学させて頂いた。いつも慌ただしく行くため、じっくりと資料を拝観することができなかったが、お客さんがさほど多くはなかったので、ゆっくりと見学できた。
▼今回の見学では自分にとっても新しい事実を発見できた。啄木が小樽でお世話になったときの小樽駅長・山本千三郎という方が北海道に渡る前、明治30年代、盛岡駅に約10カ月ほど勤務されていたことを知った。また、尻内駅にも勤められていたことが彼の履歴書の略歴につづられている。山本駅長のお孫さんが所持していたものと伺ったが、いつかもっと詳しく調べてみたい。

 2014年  1月  4日 ―清貧を詠む独楽吟―
 このお正月に里帰りの子や孫とおせちを食べ、会話を弾ませたお宅もあろう
▼例年通りの光景だが今年は消費増税が迫るせいか庶民層には引き締め感も漂う。安倍総理は年頭所感で景気回復の実感を全国津々浦々まで届けると強調したが、年金生活者など期待すらできない人も多い。江戸末期に清貧な暮らしから楽しみを見いだそうとした歌人・橘曙覧(あけみ)の独楽吟が今は興味深く響く
▼「たのしみは」で始まり「時」で終わる52首の歌だ。「たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどい頭ならべてものをくふ時」「たのしみは家内五人(いったり)五たりが風だにひかでありあへる時」。親子が仲良くそろって食事をする。家族五人が風邪もひかず元気。そんな平凡な幸せをつづっている
▼切ない寸景も描く。「たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたぶけてかひえたる時」と。欲しい物が財布をたたき傾けてようやく買えた時の笑みが目に浮かぶ。4月以降には消費税アップで3円足りずに財布をたたきポケットを探しても無く、買えない悲哀を味わうかもしれない
▼「たのしみは銭なくなりてわびおるに人の來(きた)りて銭くれし時」。橘師には銭をくれる奇特な弟子もいたが、当今の家計に臨時支援など想定できない。軽減税率も先送りで新春から気が重い。

 2014年  1月  3日 ―飛躍の年にしたいうま年―
 今年の干支は午年。チャグチャグ馬コの発祥地であり、馬産地であった本県にとっては縁起が良い。気候温暖な年になるのか、それとも荒馬のように、嵐の多い厳しい年になるのか。できれば飛躍する年にしたいものだ
▼昔から「自他力本願」という言葉があり、先ずは「自然」の恵みに依存したい気持ちになっている。それもこれも各人の努力があってのことだろう。しかし、なんといっても東日本大震災被害からの復興が当面の最大の課題であろう。被災地の復興といっても、そうたやすく説明出来るものではないが、是非とも今年は「復興本格化年」として着実な成果を上げて行かなければならないと思う。
▼人間は「本来無一物」といわれているけれども、無欲になってはならないし、夢や希望を持ち続けなければならない。むしろ、年を経るにしたがって欲が深くなっていくようにも思える。それでは、今年の目標をどのようなところに置いているのか。10年先のことも大事だが、一歩先のことを考えるのも大事だ。今年の春や秋までにといった短期間の目標を積み重ねていくべきだろう。それが勝負どころになっていくのではないか。
▼政界がどうなるのか、そして、経済は良くなっていくのかも気にかかるが、ともに、まずは健康運を願いたい。

 2014年  1月  1日 ―元朝の賛歌―
 日本神話には闇を晴らし天下を照らす天照大神が登場する
▼乱暴者を嫌悪し岩戸の奥へ隠れ世を闇とし、再び戸を開け天下を照らす場面もある。江戸時代の女性歌人・智慧内子(ないし)は、その岩戸を旧年と新年の境界にある関所に見立て詠んでいる。「通りますと岩戸の関のこなたより春へふみ出すけさの日の足」と
▼月日が擬人化され元気な声を出し、世を照らすため新しい春へと一歩を踏み出す光景が浮かぶ。この年にどんな難題が待ち受けていても、胸を張って立ち向かう人々の心意気を重ねたような、さわやかな元朝賛歌である
▼今年もまた県民の誰もが願うのは大震災からの復興の促進であろう。3月で発震3年になる。被災者からは「早くずっと住めるわが家がほしい」との切実な声をよく聞く。仮設などの仮の宿から恒久居住への願望が切迫している。行政担当者らの懸命な努力は承知しているが総力を上げてほしい
▼復興の加速へ政府の14年度予算案では、被災地の先駆的モデル事業支援に15億円、浄土ケ浜歩道など被災施設整備に18億円を計上。目配りもしている。期待される超大型加速器「国際リニアコライダー」の北上山地誘致にも調査費5千万円を予算化した。一方4月には消費増税が始まる
▼初春に慈悲の光で庶民の暮らしを照らす国を夢想する。



2013年12月の天窓へ