2014年 3月の天窓


 2014年  3月  31日 ―袴田さんの早期無罪解放を―
 無実なのに死刑が確定。執行されてしまうこともある
▼英国はかつて窃盗や脅迫なども死刑対象とされ、放火した7歳少女の処刑記録もある。乱脈な死刑国家だったが年齢や地域限定の廃止を重ね、1998年には死刑を全廃した。その過程で悲しいえん罪処刑事件も起こる
▼若い男性が妻と娘を殺害した容疑で逮捕され、犯人は階下の男だと訴え続ける。法廷はそれを退け死刑を確定。1950年に刑を執行する。「階下の男」が連続女性殺人犯として逮捕され自白したのはその3年後だ。残酷さから司法の限界が浮かぶ
▼一家4人殺害犯とされ無実を訴えても退けられ、33年前に死刑確定の袴田巌さん(78)が先例にダブる。両親と兄は他界。81歳の姉に支えられ再審を求めてきたが、静岡地裁は今月27日に再審開始を決定する。決め手の証拠とされた血の付いた衣類は、最新鑑定で袴田さんのDNAと一致しないことも判明
▼衣類発見も事件の1年2カ月後。地裁は「捜査機関が後日ねつ造した疑いがある」とも指摘。自白調書も任意性が認められず1通を除く44通が証拠除外に。裁判長は「これ以上、拘置を続けるのは耐え難いほど正義に反する」と述べ、この日袴田さんを釈放した
▼迎えた姉は「うれしい」と涙を光らせる。姉弟ともに高齢だ。早期の無罪解放を願う。

 2014年  3月  30日 ―桜便りが気になる時期―
 月末の日曜日、30日ころが上野公園の桜が満開になりそうだ。桜便りが聞かれるようになったが、本県ではようやく日陰の積雪が解け始めたところだ。やはり桜の開花が待ち遠しい。長い冬が過ぎて、春の日差しが強くなってきた。ただ、桜のつぼみはまだ膨らんでいない。盛岡では、梅と桜の開花が一緒になることもある。それでもやはり桜の開花が一番の話題になる。
▼今年はどこかのお花見に出掛けようと思っている。小岩井農場の一本桜が有名になったが、本県にはそちこちに一本桜があるようだ。牧野などに一本だけ残した桜の木が、数年後には見事な大木になっている。それでも、石割桜はやはり珍しい。田野畑村にも規模は小さいが石割桜があったと思う。
▼数年前、福島・三春の滝桜の見物に出掛けたときは、まだつぼみで満開のしだれ桜を見ることができなかった。弘前公園、角館や北上の展勝地といった桜の名所はさすがに見事だが、盛岡周辺にも結構な桜がある。
▼盛岡城跡公園、高松の池、上米内浄水場、四十四田ダム、紫波町の城山公園、雫石町の小岩井農場や弘法桜、八幡平、また、身近なところでは青山町の県営体育館前の桜、岩山や夕顔瀬町の北上川縁地の桜も見事だ。桜は一本あれば良し。花より団子で、折り箱で花見酒もまた良しである。

 2014年  3月  29日 ―紙を用いた建築資材―
 紙を素材にして建物を造る。そんな手法を開発したのは建築家の坂茂(ばん・しげる)さん(56)だ
▼建築の道を志した青年時代から伝統をまねせずに独自の「材料と構造」を見いだそうと模索。29歳の時に反物を巻く円筒形の芯を見てこれだとひらめく。再生紙で作る芯は木に通じるぬくもりがあり安価で加工も容易だ、と
▼ここから構造での強度補強も含め工夫と実験を重ね、法的にも認可された紙管(紙の筒)状の建築紙材が誕生。実用化の目は弱者に向かう。94年に住居もないウガンダ難民の窮状を知り、国連の対策本部があるスイスに飛び紙材による避難所建設を提唱。承諾を得て翌95年に現地で着工する
▼同年は阪神大震災が発生。ここでも仮設住宅のほか教会跡地に仮設集会所も建設。この建物は役目を終えた08年に震災
で苦しむ台湾の村に移築した。同年には中国四川地震被災地に小学校を建設。ほかにもスマトラやハイチなど海外で相次ぐ震災・津波の被災各地に仮設住宅などを建てている
▼東日本大震災でも各避難所に紙製間仕切りシステムを設置。女川町では紙管とコンテナを用い3階建て仮設住宅9棟を建造した。紙材開発とこれら人道的取り組みが評価され今月24日には、坂さんに「建築界のノーベル賞」ともいわれる米プリツカー賞が贈られている。

 2014年  3月  28日 ―戦中戦後の教室と児童―
 今年度末をもって、山間地などの小中学校で閉校されるところが、県内で22校もあるという。盛岡市内でも薮川中や外山、浅岸の小学校が児童・生徒の減少で閉じられた。
▼閉校の記事が新聞・テレビで報じられると、ご飯などを食べながらご家族で昭和初期のころの通学の状況を話し合っているご家庭もあろう。
▼戦中戦後のことだが、小学校5、6年生の女子児童は妹や弟を背負って学校に登校していた。昼時間には授乳の時間として連れてきた小さな子どもを自宅や田畑まで連れていかなければならなかった。
▼こういった実態は、農村地帯のみならず、松尾鉱山のような社宅の多いところでも見受けられた。高学年の女子児童は親代わりに子守役を担っていたのである。もちろん、男子児童は農作業を手伝っていた。農繁期には1週間程度の「田植え休み」があったので、農作業を手伝うのは当たり前であった。兄弟や親子の絆が強く結ばれていたように思う。
▼当時、教員住宅にお住まいの女の先生も、子どもを連れて教室に現れることがあった。先生の子どもが教室の机の下にもぐって遊んでいる中で授業していたものだった。保育所といった施設のないところに夫婦で赴任されていたので、そのようにしなければならなかった。今では懐かしい思い出となっている。

 2014年  3月  27日 ―拉致対応の進展望む―
 北朝鮮を擁護してきた中国も近年は、駄々っ子のような北を突き放している
▼核など重要事項で中国の忠告を無視するので、北への援助を削減するなど厳しい対応をしている。韓国とは犬猿の仲。米国は一番怖い。ロシアは冷戦後、北への援助をやめた。北を守る国はない。虚勢を張りミサイル発射を繰り返しているが、一層孤立を深めている
▼それでもずる賢く拉致被害国日本に着目。拉致対応に軟化をにおわせる。支援獲得の切り札に使う算段だろう。北へ拉致され今は安否不明の横田めぐみさんは、現地で結婚し女児・ウンギョンを産む。女児も既に26歳。めぐみさんの父滋さん(81)、母早紀江さん(78)が過日、モンゴルで孫娘のウンギョンさんと対面
▼彼女は結婚していて夫と幼い娘も同席した。この面談の実現にも北が協力。横田夫妻の第三国希望など日本側の要望に応じたのだ。北は02年にめぐみさんは死亡と告げたが、夫が提出した遺骨は遺伝子鑑定で別人のものと判明している
▼老いた横田夫妻は「孫とひ孫がめぐみに似ていた」と喜び娘の生存を確信。再会の日を待ち望む。今月30〜31日には日朝局長級協議が1年4カ月ぶりに開催される。日本側はめぐみさんら拉致被害者の再調査を強く求める
▼まな娘救出に生涯をかける老夫妻を早く喜ばせてほしい。

 2014年  3月  26日 ―強気の景況感は当たるか―
 消費税3%が課税されたのは、平成元年4月から、竹下内閣の時代であったと思う。そして、平成9年4月から、5%にアップされた。村山内閣時に内定して、橋本内閣で実施された。
▼平成26年4月から、税率が8%に改訂されるが、野田内閣で内定して、第二次安倍内閣で実施される。これによって国民負担率は5兆1千億円とはじかれているが、国、地方合わせて約7400億円とも言われる減税が実施されると、差し引き4兆3600億円規模の増税になろうか。
▼長引いているデフレ経済が、消費増税でどのように変わっていくのか。消費増税前の駆け込み需要が、前回と前々回の消費税アップ実施時に比べて高まっているのだろうか。また、駆け込み需要や増税前の反動減による年間売上高への影響は、どのように跳ね返っていくのか。
▼アベノミクスで景気が上向いているので、安泰ムードが流れているようだ。大手企業などでは消費増税は影響軽微とした見方が多いと言われている。駆け込み需要の反動減も9月頃には上向き傾向になるだろうとの見方がなされている。果たして、そのような強気の景況感が当たっているのか。
▼地方と大都市、大手企業と中小企業等の関係でも異なった見方があろう。経済はふたを開けてみなければ分からない。

 2014年  3月  25日 ―過酷なハンセン病対応―
 昨年8月、瀬戸内海に浮かぶ大島の国立療養所で、詩人で元ハンセン病患者の塔和子さんが83歳で永眠した
▼ハンセン病を発症し療養所に入所したのは13歳の時。この病気はらい菌の感染によって知覚まひが起こり、顔面などの変形も見られることから当時は怖い伝染病と誤解され、患者は療養所に強制隔離されたのである
▼病名はらい菌発見者のノルウェー人・ハンセン氏にちなむ。らい菌の感染力は弱いのだが体内潜伏が長く、遺伝するとの誤解も生まれ隔離は過酷に強行。13歳少女にも両親らと絶縁させ本名を捨て別名を要求。彼女はしばらく本名で通したがやがて同病の歌人と結婚。夫が贈った筆名の塔和子を別名にも用いた
▼所内ではさらに男性は断種を、懐妊女性は堕胎を強いられ人間の尊厳が全否定されていく。塔さんは「物体」と題してつづる。「私は手をさすり足をさすり 顔をさすり〜一枚の皮で包まれた物体であることを知る」と。戦後は優れた薬が登場し多くの患者が治癒。塔さんも完治した。患者の人権回復へ法整備も進む
▼春彼岸前の今月17日、塔さんの遺骨が大島の納骨堂から分骨され、父母が眠る故郷の墓に納められた。墓碑には「井土ヤツ子」と本名が刻まれている。70年間に及ぶ隔離の日々。待ちわびた里帰りに安らいでいることであろう。

 2014年  3月  24日 ―遅い雪と春の訪れ―
 今年の春彼岸は遅い雪に見舞われる日々である。彼岸入りした荒天の18日から一転、19日は晴天になって残雪の岩手山の眺めが素晴らしかった。ところが20日から再び天候がぐずつき、中日の21日は肌寒くひらひらと雪が舞い降りる中での墓参となった。
▼東日本大震災津波から3年を経過し、仏さんで数えると4周忌となるが、ついこの間の大惨事であったように思われる。
▼3連休に墓参をなされた方も多かったようだ。日にちを重ねるごとに悲しみや寂しさも深まってきてどうすることもできない。せめて厳しい冬の暮らしから暖かな春に移ってほしいと願う。
▼小中学校の卒業式も終わり、教員異動も内示され、新学期を迎えるばかりだ。中学、高校を終え、進学、就職に向かわれる子どもさんもあり、家族の構成も大きく変化する。親元を離れて独立される人、また、仮設住宅などで一人暮らしに入られる人もある。新しい命の誕生があれば別離もある。
▼盛岡地方裁判所前庭の石割桜は17日に「コモ外し」が行われたが、一般家庭の庭では、つり縄がいまだに外されていないところが見受けられる。ヒバ垣の上にまだ雪が乗っているところもあり、春の訪れに時間がかかっている。今年度もあと8日となった。すっきりした気持ちを持って新年度に入りたい。 

 2014年  3月  23日 ―差別意識の根深さ―
 南アフリカではかつて人種隔離政策が徹底され、居住区をはじめレストランやバスなども白人と黒人を隔離。随所に「白人以外お断り」の表示があった
▼人口の1割にも満たない白人が国民の大半を占める黒人を拒否。黒人側は隔離政策撤廃運動を持続的に展開。その過程で一つの事件が起こる。1960年3月21日、隔離反対を叫ぶ黒人のデモに警官隊が発砲。69人が死亡したのだ。惨劇は世界に衝撃を広げ国連は人種差別対応を本格化する
▼66年の国連総会では先の日を「国際人種差別撤廃デー」に制定。歳月を重ね南アフリカで隔離制度が撤廃されたのは1994年だ。この年に初の全人種参加の総選挙を実施。この時に大統領に選出されたのが反差別黒人闘士として逮捕され、27年間も獄中生活をした故マンデラ氏である
▼この南アの経緯を顧みてもJリーグ浦和レッズファンが試合会場に「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」と大書した横断幕を掲げた錯誤は許し難い。認識していて試合後まで放置したレッズ首脳の責任も重い
▼Jリーグはレッズへの制裁としてきょう23日本拠地開催の清水エスパルス戦を、客を入れない「無観客試合」とするよう命じた。この厳しい処断が問い掛けるのは、人が容易に撤廃できない差別意識の根深さかもしれない。

 2014年  3月  22日 ―気になる中国の動静―
 中国の山西省との交流を長い間続けているが、共産党が統治する国の動きが気にかかっている。国家最高の権力機関、全国人民代表大会が3月5日から13日まで開催された。
▼驚いたのは国防費が前年比12.2%増の13兆円計上されたことである。この金額は日本の防衛費の2.7倍であり、4年連続の二桁の伸びとなった。尖閣諸島などの領土問題、さらには歴史認識などから、軍拡は諸外国に対し威圧的な外交攻勢と受け止められる。
▼経済では日本を抜いて世界第二の大国にのし上がった。2011年まで7年連続8%の急成長を掲げてその目標を達成したと報じられている。その後は、GDP成長率を年7.5%に下げて、安定成長に置き換えている。景気減速の傾向にあって、目標値を落とさざるを得なかったのではないか。
▼成長最優先を減速させ、深刻な環境汚染問題などにも取り組もうとしている。3月1日に雲南省昆明駅で8人のテロ集団によって一般人29人が死亡、143人が負傷する事件があった。また、政府官僚幹部の汚職事件摘発も論じられ、さまざまな問題も抱えている。日本の指導者の一連の言動が日中関係の基礎を破壊したと対日批判の嵐が渦巻いた。元駐日大使の王毅外相の記者会見での発言も対日批判を食い止めるものではなかった。

 2014年  3月  21日 ―消費増税と1円玉―
 来月から消費税が5%から8%に上がる。近所の奥さんたちの買いだめも勢いを増す
▼今回は食料品などの軽減措置が見送られたから、詰め込んだ買い物袋を両手に二つも三つも下げて帰ってくる。月が改まればこれが買い控えに切り替わる。増税余波には1円玉集めもある。例えば105円で済んでいた支払いが3円増えるわけだから1円玉が欠かせなくなる
▼先日行き付けの店で顔なじみのレジ担当者から「1円玉を多く使ってくれませんか」と懇願された。釣り銭の備えを急いでいるらしい。1円玉は普段は無視され財布だけでなく、ポケットや机の中などでふて寝をしている。取り出すと結構な枚数になる
▼「♪一円玉の旅がらす ひとりぼっちでどこへゆく」という歌を思い出す。1989年4月に3%の消費税が導入されたのを受け、NHK「みんなのうた」に登場。ちまたでも口ずさむようになりヒットした歌だ。支払いが3円とか8円とかの端数になると、1円玉は脚光を浴び旅先から呼び戻される
▼売る側、買う側だけでなく財務省も、消費増税に伴う流通用に4年ぶりに1円硬貨を製造。今月末までに2600万枚が用意される。出番到来の1円玉たちははしゃいでいるようにも見える。だが消費者の負担増、景気の冷え込みを思うと浮かれてはいられない。

 2014年  3月  20日 ―横田めぐみさんの家族―
 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父滋さんと母早紀江さんが、モンゴル・ウランバートルで孫のキム・ウンギョンさん家族と初めて会ったと、外務省から発表された。
▼ウンギョンさんの夫と生後10カ月の女の子とも面会したようで、横田さん夫妻は、高齢になって立派に成長した孫、そしてひ孫にも会えたわけで、喜びとかわいらしさひとしおで、夢のようなひとときであったに違いない。早紀江さんは、報道陣の前で「今は話せない」との談話を発表したが、娘のめぐみさんが生存しているとの確信は揺るがないようだった。
▼めぐみさんは13歳だった1977年11月に新潟市内で消息を絶ってから既に37年が過ぎている。生存していれば50歳になっているはず。北朝鮮は2004年11月、めぐみさんのものとする遺骨を提出したが、日本側はDNA艦定の結果、別人のものと発表した。北朝鮮は「拉致問題は解決済みだ」との公式見解を通して拉致問題を避けてきている。
▼確かな情報を持ち得ているわけではないが、今回の日朝協議は、北朝鮮に眠る日本人遺骨の問題を探るものであった。その前段に横田さんの孫との面談を仕掛けたのは、対話を有利に引き込もうとした狙いだったろうか。これで拉致問題が終結ということではなく、前進することを願っている。

 2014年  3月  19日 ―短歌や句に数学を詠む―
 今月14日は円周率の近似値「3・14」にちなむ「数学の日」
▼数学と聞くだけで頭が痛くなる人もおられようが、日本数学検定協会は柔らかな発想で算数・数学の要素を詠み込む川柳、俳句、短歌を全国公募している。12年3月14日を第1回とし毎年この日に入賞作品を発表。第3回となる今年は1万9句の応募の中から、最高賞の大賞ほか各賞が選ばれ公表された
▼年配者も登場するが小中高生の力作が目立つ。「平行線少しかたむけ仲直り」は川柳部門大賞の小学4年生の句。算数で習った平行線みたいだった友達との心の距離。気持ちを少し傾けたら仲直りできたよ、と笑顔が見えるようである
▼俳句大賞も4年生の作品で「大寒や窓の水滴平行線」と、水滴の筋をリアルに描く。入賞(10句)に選ばれた小学3年生作の「母と父一たす一で私です」も面白い
▼短歌大賞は女子高生が受賞。恋う人への電話をためらう心理を詠む。「十一の数字の羅列は覚えてる覚えているけどボタンが押せない」と、携帯番号を暗記する仲なのにボタンを押せない。切ない青春のひとこまである
▼6年生が都会の夕景を切り取った「夕暮れに街並み染まる大都会背比べする棒グラフのよう」は、小学生特別賞を受けている
▼一部を紹介しつつ数学好きが増えそうなこの企画に期待も膨らむ。

 2014年  3月  18日 ―小規模校の閉校と教育環境―
 16日には今年度限りとなる盛岡市の外山小と薮川中で閉校式が行われた。薮川中最後の卒業生となったのは男子1人、女子1人の合わせて2人。1、2年の在籍がなく閉校もやむを得ない。
▼薮川地域は岩洞湖に至る本州一の寒冷地として知られているが、卒業される2人は助け合いながら、よくも卒業まで頑張り続けたものと心から喜んでいる。岩洞湖や早坂高原などに向かうとき、左手に見える校舎の前を通るのが楽しみであった。
▼小・中学校はできれば自宅から歩いても通学できるような環境を整えてほしいが、近年は著しい少子化によって生徒数が減少し、1クラスの構成すら難しい地域が増えてきている。従って、全町で1校に併合されるなどの集約化が進み、小学校1年時からもスクールバスなどで遠隔地に通学している地域も出ている。
▼少人数の小規模校が適正なのか、通学距離などが伸びても大規模校にすべきなのかは専門的な立場から検討を加えているのだろう。
▼以前は、山間地などに分校があり、そこの集落では学校を中心に文化やスポーツ活動などが活発に行われていた。学校の教職員と地域の人たちの呼吸がピッタリ合って、小規模校ならではの良さや教育効果も見られた。やはり設備の充実した教育環境で学ぶことが重視されるのだろう。

 2014年  3月  17日 ―STAP細胞の行方―
 失った機能を回復したいと再生医療の進展を待ちわびる人は多い
▼研究者たちもそれに応えようと開発を急ぎ時には拙速も起こす。理化学研究所の小保方晴子さんらが英科学誌「ネイチャー」(14年1月30日号)に載せた「STAP(スタップ)細胞」と称する新万能細胞開発の論文にもそれが見られる
▼彼女は30歳の若手研究者で当座は脚光を浴び、「時の人」となった。論文は小保方さんら14人の研究者が連名で発表したが、内容に相次ぎ疑念が寄せられる。他者論文無断転用や過去の写真使い回しも発覚。理研の調査委員会も中間報告でそれら不適切を認め理研首脳が陳謝
▼小保方さんは転用などは「やってはいけないと思わなかった」と釈明したという。流れは論文撤回に傾くが共同研究者の米ハーバード大学教授などは、ミスは軽微だとし無視できない重要論文だから撤回できないと表明している
▼弱酸に浸し細い管に通した細胞はその刺激で記憶が初期化。万能細胞として全身の機能に分化していくというのが「STAP細胞」だ。問われるのはこの根幹が正しいかどうかだろう。発表論文のマウス実験成功記述を疑う声もある
▼小保方女史は非をわびた上で理論の正しさを確信するなら実験を重ねてそれを証明し、再生医療を待ちわびる人たちに応えていくといい。

 2014年  3月  16日 ―急がれる農業と建設業の人材育成―
 日本がこの10年間に改善しなければならない事柄に、農林水産業の在り方と建設技能者の確保があるのではないか。この期間で改善に向かわなければ、その業界はズタズタになり、生き残れるか、衰退してしまうかの崖っぷちに立たされている産業といえるのではないか。
▼農水省の資料によると、農業従事者の年齢別分布を見ると、174万人といわれる基幹的農業従事者の46.3%が70歳以上、ぎりぎりの状態で農業が維持されている。単純に推移すると、このまま10年経過すれば80歳以上になって、とても農業には従事できなくなってしまう。
▼そして、耕作放棄地の実態は、年々どんどん増えていて、2010年で39.6%、滋賀県全体と同じ規模になっている。また、食糧自給率はカロリーベースで39%で世界の先進国では最低の水準で、食物の60%が輸入に頼っている。
▼一方、建設関係の技能労働者の減少と高齢化がある。約20年前の技能労働者が600万人強であったのが、12年度では約500万人に減少している。そして、全体の33.6%が55歳以上の高齢者に占められていること。実業高校などの技能者教育の是正、建設業の安定性、待遇改善などが図られなければならない。外国人労働者に頼るような事態を避けなければならない。

 2014年  3月  15日 ―学校津波防災訓練の質―
 04年から津波避難訓練に徹してきた釜石の小中学校では、3・11に学校管理下にいた2926人の児童生徒全員が無事。「釜石の奇跡」と称される
▼訓練は防災専門の片田教授(群馬大)の指導により次の3原則を学んだ。@到達予想にとらわれるなA避難はより高所へ最善を尽くせB自分が率先避難者たれ(中学生は児童や高齢者にも声を掛けよ)。皆がこれを実行。奇跡を生んだのである
▼教訓として対比されたのは宮城県石巻市の大川小学校だ。大津波は海岸から約5`の同校を襲う。同県が04年に策定した津波予測図では、海岸から最大3`程度に浸水とし同校を地域避難所に指定。あの日は実際に近隣住民が同校に避難している
▼そのため学校側も油断。教師の指示で108人の児童は校庭に待機し、さらに小高い避難地に移り始めたところで津波にのまれる。児童74人が犠牲となり在勤中の教職員も11人中10人が殉職する。発震から津波到達まで約50分。生存者の証言もある
▼高学年男児が「先生!早く山さ上がろう」と何度も訴え、教師から制止されたというのである。3年が経過した今月10日、児童の遺族29人が県と市に総額23億円の賠償を求め提訴した。法廷では行政の責任や学校防災訓練の質も問われよう
▼無事が奇跡でなく当然といえる備えにつなげたい。

 2014年  3月  14日 ―農地の災害復旧と農業振興―
 東日本大震災津波では農業基盤も大被害を受けた。東北は農林水産業県だが、平地の多い宮城県の仙台東、名取川地区、亘理山元地区、本県の沿岸部でも、少ない平地に開いた水田などの農耕地の被害が多かった。
▼もちろん、福島県の太平洋側の耕作地も大きな被害を被っているが、福島県は東京電力福島第一原発の被害が大きい。津波被害地では「塩分0・1%以下」や「表土14a以上」に戻すことで耕地復活を急いでいる。原発被災地では「線量」の濃度が問題で、線量が低下しないうちは耕作地に入ることができない。
▼農地の復活には農地表土、築堤、排水、排水機揚などを整備しなければ水田耕作などができないわけだが、津波被害の復旧と合わせて、わが国では、ここで「攻めの農林水産業」を形成していくことに視点が置かれている。水田耕作では「ほ場整備」なども合わせて推し進めて、次世代の農業を築いていこうとしている。政府は農業特区、マスタープラン、6次産業化、法人化、民間参入などで農機リース事業の支援や経費補助の道を考えている。
▼農業は従事者の高齢化や収益性などから、ここ10年間で「再建」がなされるのかが勝負ではないのか。この10年間に日本農業の立ち直りが進められるのか、崖っぷちに立っていると考えている。

 2014年  3月  13日 ―ソチで闘う狩野、阿部―
 ソチ冬季パラリンピックが佳境に入っている
▼3大会連続出場の岩手大学出身狩野亮(あきら)選手は、8日の男子滑降座位で今大会日本勢初の金メダルに輝く。翌日には10年バンクーバー大会で表彰台中央に立った、スーパー大回転座位でも金メダルを獲得。2大会連覇、今大会2冠の快挙を成し遂げている
▼山田町出身で3・11大津波被災も経験。初出場で8位に入賞した阿部友里香選手(盛岡南高3年)にも注目が集まる。津波襲来に伴う火災で実家は全焼。家族は無事だったが今も仮設住宅で暮らす
▼左腕まひの障害がある彼女は、10年大会のテレビで障害者の滑走を見て自分も出たくなり、日本代表の荒井監督に直接連絡。そこから本格的に障害者スキーを始めた。その経緯からも志が半端でないことが分かる。発災直後に親元を離れてスキーの強豪・盛岡南高に進学。鍛錬を重ね今回の出場となる
▼この3年間、悲しみに覆われたふるさとに彼女も胸を痛めていたのだろう。ソチ入り前には「目標は入賞。頑張る姿を届けたい」と決意を語っている。10日に出場2種目めの女子15`立位で初入賞。誓いを果たす。現地に駆け付け見守る家族の前での力走である
▼発災3年の時に届いた朗報に大歓声に沸く山田町の人たち。伝え聞いた彼女も胸を熱くしたことであろう。

 2014年  3月  12日 ―東京大空襲と東日本大震災―
 昭和20年3月10日は、太平洋戦争で日本本土が米軍の焼夷弾で大空襲を受けた日であった。日本の家屋の大半が木造建築であることから米軍は低空飛行で確実に射程目的地に投下して市街地を壊滅させる爆弾を開発した。焼夷弾は日本列島の大半の都市や鉱山、工場などが標的にされた。
▼本県では盛岡などの都市をはじめ松尾鉱山、釜石製鉄などが狙われた。軍需工場や軍関係のみならず、一般市街地や市民が狙われたのはどういう意図だったのか。4月には沖縄戦が開始され、本土決戦に入ろうとしているときに、世界初の広島・長崎原爆が投下されてとどめが刺された。来年は70年の節目となる。
▼一方、3月11日は東日本大震災津波から3年を迎えた。太平洋戦争の敗北以来の大惨事を被ってしまった。
▼水産岩手は三陸の海によって潤っているのだが、予測すらつかない千年に一度あるかないかと言われるような大津波に遭遇した。19兆円とも23兆円とも言われる復旧・復興に取り組んでいるが、あまりにも傷が深すぎ、予算のみでは元に戻すことすらもできないでいる。
▼行ったり来たりしながら、歩きながら考えるなどして再興に立ち向かっている。残念ながら、ある程度時間をかけて未来と夢のある三陸を復興させなければならないのが現実だろう。

 2014年  3月  11日 ―被災と衣食住医の確保―
 「第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり。人間の大事、この三つには過ぎず」。鎌倉後期の随筆家・兼好は「徒然草」にそうつづる
▼人の暮らしには食料、衣服、家が欠かせないと。さらに「医療を忘るべからず、薬を加へて四つの事〜欠けざるを富めりとす」と医療・薬品も加えている。生活手段が格段に進歩した今でも「四つの事」の重要度は変わらない。きょうで発災満3年。被災地復旧復興の歩みを顧みても当初から「四つの事」確保は必須
▼食料、衣服は国内外からの救援物資でも中心となり次第に整う。病む人への医療も食料と同等に切実。震災以前からの医師不足もあったが県内外からの応援もあり、発災時の混乱は克服している。3年を経てもなお重い課題は「居る所」だ
▼避難所を経て仮設住宅へ移ったままで、次の恒久性のある復興住宅がなかなか進まない。仮設暮らしの友人らからも「早く安心できる家がほしい」と欲求を聞く。後期高齢の知人夫妻は「復興住宅はいつになるか。《わが家》へ入る前にお墓に入ってしまう」と嘆息し涙する。国も県も地元も懸命に取り組んでいるが一層の促進を願う
▼あの3・11の日に津波に襲われ衣食住を営むべき命そのものを奪われた犠牲者の無念を思う。改めて安らかな眠りをと哀悼の祈りをささげたい。

 2014年  3月  10日 ―求められる新聞は―
 この世に生まれたら、携帯電話があり、パソコンがあり、スマートフォンがあった。そのような家庭に生まれた子どもたちは、どのように育っていくのだろうか。親が新聞を読まなければ、新聞を知らない子どもたちになってしまうのではないかと思う。
▼新聞を知らない子どもたちに、新聞がここにあるということを知らしめる必要があると考えている。それは、情報はやはり新聞社の発信が重要。「人が人に訴える感動を」といった一連のビジネスモデルが崩れかかっている。新聞はコンビニで必要なときに買えばよい、といったものになってしまう。
▼新聞がなくても暮らせると思っている人たちが増えているのではないか。情報は必要だ、いや、情報は従来にも増して必要に迫られている。新聞離れではなくて、そもそも新聞を知らない世代が多くなっているのではないか。
▼朝起きたら新聞があったという時代から、朝起きたらパソコンにスイッチを入れるという時代になっている。いや、もっと、別なものに手をかける時代に入っているのではないか。目で情報を得るのではなくて、指で情報を得る時代に入っているのだろうか。
▼新聞の公共性が軽薄になっている。論評、論説、世論、思考力、舵を是正するといった新聞本来の機能を大事にしなければならない。

 2014年  3月  9日 ―軽薄残忍な通り魔的犯行―
 今月2日、三重で7カ月前に女子中学生を襲い窒息死させ、金を奪ったとして18歳の少年を逮捕
▼3日夜には千葉県柏市で刃物を手に男性4人を次々と襲い、2人を死傷させ金と車を奪う事件が発生。5日に容疑者として24歳の無職の男が逮捕された。いずれも供述から金欲しさの通り魔的犯行だったことが判明している。身勝手な凶行で命を奪われた犠牲者とその遺族の無念はいかばかりか
▼許しがたいその軽薄さと残忍さは、春に向かい弾み始めた人々の気持ちもなえさせてしまう。少年も男も逮捕前には善良な住民を装う言動を披露していた。アリバイ工作なのだろうがその軽さにもあ然とさせられる
▼三重で女子生徒の遺体が発見された直後に少年は、ツイッターで「死体が見つかったって〜平和の町やったのに 気持ちの整理つかんわ」とつぶやいている。柏の事件で逮捕された男は報道陣に自ら声を掛け、自宅マンションの部屋から目撃したと殺傷の様子を語っている
▼「犯人は30aほどの刃物を持っていて、アハハと笑っているようで常軌を逸しているようだった」とまで言っている。逮捕時にはゲーム感覚なのか、「チェックメイト(王手・詰み)」と奇声も上げた。犯人が目立ちたがる近年の傾向が気になる
▼罪の追及と併せ病巣の根をえぐり出したいものだ。

 2014年  3月  8日 ―冬の蓄積を春から生かす―
 6日は二十四節気の一つ啓蟄(けいちつ)であった。長い間土の中で冬ごもりをしていた虫が、穴を啓(ひら)いて地上へはい出してくるという意味である。寒い冬の間は土の中で冬眠するという生き物たちの習性から来ているのだろう。
▼被服や暖房の燃料を持たない生き物たちは、土の中で寒気を避けてきた。いよいよ満を持して活動を開始するのである。生き物たちは数カ月の冬の間に何を考え、どこを鍛えたのであろうか。
▼生き物たちといっても、カエル、ミミズ、ヘビ、そして昆虫類から熊に至るまで、さまざまな生き物が地表に出てくる。水がぬるみ、草や木々の芽が出始めて、地上はにぎやかになって生存活動が本格化していく。地球上ではその繰り返しを継続している。
▼春三月、いよいよ人間社会でも人事異動が発令される。年度末を終えて年度初めを迎えることになる。そういったことでは人間たちも同じようなことを繰り返している。
▼人間に冬眠はないのだが、冬の間に鍛えておかなければならないことがある。スポーツ界では冬の種目もあるとして、いわばシーズンオフの間の鍛錬が今後を左右する。冬の間に足腰を鍛え、精神面も充電しておいて、夏場に備えることは、スポーツでも文学でも会社経営でも同じことといえるのではないか。

 2014年  3月  7日 ―パラリンピック開幕へ―
 ウクライナ情勢が懸念されるなか、ソチ冬季パラリンピックが7日20時(日本時間8日午前1時)に開幕する
▼昨年9月の東京五輪招致スピーチで脚光を浴びた佐藤真海(まみ)さんが、20年五輪枠で聖火ランナーに選ばれ昨日ソチを走った。彼女は走り幅跳びの世界的選手で、04年アテネから3回連続で夏季に出場。昨年は4月に日本新記録の5・02bを跳び7月の世界選手権では銅メダルを獲得した
▼佐藤さんは宮城県気仙沼の出身で早稲田大学に進む。青春を満喫していた01年、19歳の時に右足骨肉腫が見付かり翌春手術で膝から下を失う。一時は絶望したが失ったものにこだわるより《自分が持っているもの》を大切にしようと発奮
▼リハビリに励み義足で中学時代から得意だった陸上競技にも挑戦。夢見た五輪出場も果たす。《どんな試練もスポーツの力で克服できる》と痛感している。大津波被災に苦しむ故郷へも何度も足を運ぶ。彼女の強く生きる姿そのものが人々を勇気づけている
▼ソチで始まる熱戦には岩大出身の狩野亮選手(下肢機能全廃)が出場する。前回はスーパー大回転で金メダル。滑降でも銅メダルを獲得。期待の星だ。山田町出身で盛岡南高3年の阿部友里香さん(左腕不全)は初出場。距離スキーなどで上位を狙う
▼無事故を祈り声援を送ろう。

 2014年  3月  6日 ―ウクライナ情勢とロシア―
 ロシアのソチで冬季オリンピックが盛大に開催された。引き続いて7日からはパラリンピックが開催される。
▼そのすぐお隣の国ウクライナでは内紛が起きて、野党勢力が暫定政権を樹立した。ロシアのプーチン大統領にとってはオリンピックの開催と合わせて、隣国が絡む紛争に巻き込まれていることは頭の痛い問題ではなかろうか。
▼1991年のソ連崩壊でウクライナが独立した。ウクライナは国土も人口もフランスと並ぶ大国で、9世紀から12世紀にかけてキエフ・ルーシーというロシアの源流が存在したところといわれている。ヨーロッパの歴史上からも、西欧とロシアを結ぶ民俗の回廊として、文化が栄え、東西の安全保障の要の位置を占めてきている。今回の紛争はロシア離れして、いよいよ一本立ちになることなのだろうか。
▼新聞・テレビの報道に頼ってのことだが、昨年11月末に調印が予定されたEU(欧州連合)との連合協定署名を、大統領がその直前にロシアの財政援助を受けた代償に拒否したことから始まった。
▼わが国からでは分かりにくいことだが、ロシア軍の出動、ウクライナ兵の準備など、ロシアと欧州寄りの民族が絡む大きな問題として表面化している。平和的解決を望んでいるのだが、外で見ているようなたやすいことではないだろう。

 2014年  3月  5日 ―まどみちおさん逝く―
 平仮名が多く易しいが深い作品で知られる詩人のまど・みちおさんは、90歳を過ぎた頃に夕日を眺めて気付く
▼きょうという一日の終わりは「死」に似ていると。そのひらめきから「れんしゅう」と題する詩を書く。すべての生き物が「一日の死」を毎夕見続けている。詩はなぜだろうと問い掛けその意味を明かす
▼「ボクらがボクらじしんの死をむかえる日に あわてふためかないようにと あのやさしい天がそのれんしゅうをつづけてくださっているのだ」と。まどさんが死を迎える練習を既に修了した悟達者のように、天寿を全うし旅立った(享年104歳)
▼本名は石田道雄。筆名の「まど」は窓で「目は心の窓」の意を込めたらしい。まどさんは「象の子どもは長い鼻を誇りにして喜んでいるんだよ」というように、動物にも虫にも花々、川、海、山、空にも慈しみに満ちた目を向け優しい言葉で詩を紡ぐ。創作は昭和初期から80年に及ぶ
▼「ぞうさん」など童謡歌詞も多い。今の時節には「♪一年生になったら」を歌うかわいい声があちこちから聞こえてくる。毎年、お花見の頃に口ずさむ次の詩も味わい深い。「また おもう いちどでもいい ほめてあげられたらなあ…と さくらのことばで さくらに そのまんかいを…」
▼この慈愛に満ちた生涯に合掌する。

 2014年  3月  4日 ―宮沢賢治イーハトーブ読本―
 「賢治に触れる、学ぶ、読む」のタイトルで、ポケット版小冊子「宮沢賢治イーハトーブ読本」が、弊社から発刊された。宮沢賢治は明治29年に生まれ、昭和8年に没しているが、宮沢賢治没後80年記念として1年ほど前から、宮沢賢治記念会(宮沢啓祐理事長)と発行の準備を進めてきた。80nからなる「はじめての宮沢賢治入門」とした内容で出版された。
▼「雨ニモマケズ」の詩碑は昭和11年、花巻市の羅須地人協会跡に建てられ、そこで毎年、賢治忌日に追悼会が営まれてきた。そして、戦後の昭和26年からは「賢治祭」と発展的に改称され、賢治を慕う全国の人々の集いの場となった。
▼平成23年3月11日、東日本大震災津波に遭遇し、原発事故という負の遺産も背負うことになって、悲しみを超えた試練に立ち向かっていることが、世界の国々の人たちからの支援と「雨ニモマケズ」の精神への共感が寄せられている。没後80年は過ぎたが、震災から3年目を前に発刊でき、賢治の精神に触れる機会になればと願う。
▼読本には、年譜、イーハトーブの風景地、賢治と植物、音楽、好物、旅、詩、童話、津波、科学者、先生、砕石工場、花巻農学校、イギリス海岸、寺院、盛岡中学、盛岡高等農林、賢治の石碑巡りなどの情報がたっぷりと詰められている。

 2014年  3月  3日 ―大人のまなざし―
 水曜夜の連続ドラマ「明日、ママがいない」は、波紋を広げながら今月12日に最終回を迎える
▼物語は母との愛の距離をにじませつつ児童養護施設の孤児の暮らしを描く。施設長が子らに里親絡みで「お前たちはペットショップの犬と同じだ」と言い、食事の際は「泣いた者から食べていい」と泣くことを強要。異様な場面が目立つ
▼養護施設への誤解を招き児童の人権を侵害しかねないと、関係団体などから製作局へ抗議が相次ぐ。影響調査の結果も届く。女児が放送後に自傷行為をし医師の治療を受けた事例もある
▼ドラマでは子どもたちが互いにあだ名で呼び合う。子役の名優・芦田愛菜さんが主演するリーダーは、皆から「ポスト」と呼ばれる。事情のある母親が赤ちゃんポストに預けた孤児だからだ。これには国内で唯一、赤ちゃんポストを備える慈恵病院が抗議。放送人権委員会に審議も求めた
▼女児の健やかな成長を祈るひな祭りの日に、真逆の話題を紹介しながら大津波が襲ったある小学校の逸話を思い出す。周囲は破壊されたが校木のヒマラヤ杉は無事。校長が朝礼でなぜ倒れなかったかと問う
▼考え込んでいた女児が「多くの人たちに優しく温かいまなざしで見詰められてきたから、負けなかったんだと思います」と答える。大人が学ぶべきまなざしである。

 2014年  3月  2日 ―震災復興に民間の頑張りを―
 いよいよ春3月に入った。長かったようで短くも感じる冬であった。春らしい陽気の日があると思うと、急に真冬に立ち返ったような寒風にさらされることがある。
▼暑さ寒さも彼岸までと言うが、気温の不安定さを繰り返しながら日ごと暖かい春へと季節が移っていく。
▼東日本大震災津波から11日で丸3年。被災地の立場からは3年という期間が長く感じられるのか、それともあっという間の3年間だったのか、計り知れないものがあろう。これまでの3年間にはさまざまなことがあった。この先の3年間にも大きな変化が予測されるのではないか。
▼あの巨大な地震津波から立ち上がるには、大変な覚悟がいる。公共事業を中心に復旧・復興事業が盛んに施工されているが、予算をつかさどっている専門筋から、「元に戻すだけではならない」といったような話が時々出ている。
▼いや、復旧が人手不足や資材不足、用地問題などで思うように進んでいないときに、とんでもないことと思う。やはり、元に戻すことが先決ではないかと思うのである。
▼しかし、元に戻すだけでは、20年、30年先の東北の将来が開けない。産業や雇用などで魅力のある三陸も形成させていかなければならない。そのためには、公共事業に加えて、民力というか民間の頑張りがなければならない。

 2014年  3月  1日 ―ドラマ「時は立ちどまらない」―
 「あの時のまま私の時間は止まっています」。多くの被災者が語ったこの言葉
▼脚本家の山田太一さんはその心理に「それは真実だと思う」と共感を寄せ次のように言う。「その一方で時間はそのままでいることはない」と。確かに3・11以後も時は刻み続け人々はより残酷な事態を経験したり、つかの間の幸福を味わったりする
▼山田さんは冷厳な目で被災地を取材。時間の経過が生み出す人間の愛憎や葛藤の現実を「時は立ちどまらない」と題するホームドラマに書き上げた。先月22日にテレビ朝日系で全国放映されたから、ご覧になった方もおられよう
▼舞台は海沿いの町。恋人同士の浜口修一と西郷千晶が婚約し両家族が浜口宅で顔合わせを行う。大津波が華やぐ両家を破壊したのはその5日後だ。漁師稼業の浜口家は結婚間近の修一とその母、祖母の3人が命を奪われ家も船も漁具も流失してしまう
▼一方、高台に住む西郷家は千晶とその両親、祖母の4人全員が無事で家も安泰。明暗を分けたのではなく双方が闇に包まれ苦しみ始めるのだ。立ち位置が助ける側、助けられる側となる苦悩も味わう。詳細は省くがドラマは両家が曲折を経て再生へと向かっていく
▼3月に入り間もなく発災から3年。今も心では時計が進まないままその日を迎える被災者は少なくない。



2014年 2月の天窓へ