2017年 1月の天窓


 2017年  1月 31日 ― 言いにくい「ごめんね」 ―
 カラオケにはまる町内のS先輩は、同じ曲ばかり歌うから皆離れてしまう。一度同行したが確かに歌うのは小林旭の「ごめんね」だけ。「ごめんね」のせりふが多い曲だが、これをその日も間を置いて4度も歌っていた
▼彼が「苦労をかけるね ほんとうにごめんね」と歌った時には「彼の奥さん、彼のせいで苦労したんだよ」と言う知人の声がよみがえる。先輩は妻に直接言えず歌でわびていると思い「奥さんに通じていますよ」とささやくと、笑顔が涙顔になり握手を求められた
▼先日、受賞作などが発表された短文手紙を競う「一筆啓上賞」(福井・丸岡文化財団主催)は24回目となる今回のテーマが「ごめんなさい」だった。この言葉はS氏のように多くが直接は言いにくい。それで手紙なら書けるという人たちが応募している
▼大賞受賞5編から一部を紹介すると東京の50歳の主婦は、ご主人に「貴方を驚かせようとコツコツ貯めたへそくり。貯まりすぎて一生言えない。ごめんなさい」と、明朗さに暗さを秘めたような手紙を書く。「お母さんごめんなさい。実は私一番好きなのはばあちゃんなの」とかわいい告白もある(福井・9歳女児)
▼S氏も受賞者たちも言いにくいおわびの言葉を、形を変えてでも表現しようとする。人間が秘める善性の発露なのであろう。

 2017年  1月 30日 ― 日野市と紫波町が縁結び ―
 紫波町は「たきび」を作詞した巽聖歌(1905―1973)生誕の地。巽が半生を過ごした東京都日野市と紫波町が、きょう姉妹都市の縁組みをする。日野の名の起こりは、いにしえの烽火台からと言われ、暖かいともしびの縁があったのだろう。
▼日野市は土方歳三らを生んだ新選組のふるさと。「選」をよく見ると部首の中に巽の字があり、不思議な縁を感じる。
▼土方は戊辰戦争で幕府方の軍艦に乗り宮古湾に戦った。昨年は日本作家クラブ主催の野村胡堂文学賞に吉川永青著「闘鬼 斎藤一」が選ばれ、平次親分が新選組にお墨付きだ。岩手が舞台の浅田次郎著「壬生義士伝」も、新選組ものの名作として読み継がれている。文化に歴史に、交流のタネは沢山ありそうだ。
▼「たきび」は国民的な童謡だが、「垣根のかきねの曲がり角」「山茶花さざんか咲いた道」と歌っても、現代っ子に分かるかどうか。「落ち葉焚き」そのものが、今やめったに見られない。自分が幼稚園で歌った昭和40年代の盛岡ですら、既に失われた景色だった。今の紫波町でも、まして東京ではなおさらだろう。
▼日野市では巽聖歌をしのんで、「たきび祭」が開かれている。詩人が歌に込めた日本の原風景を見つけ合う姉妹交流であってほしい。子どもたちがきっと、新鮮な目で選んでくれる。

 2017年  1月 29日 ― 小説「アメリカの壁」 ―
 空想科学小説(SF)の名手だった故小松左京さんに、「アメリカの壁」と題する短編がある(文藝春秋社・1978年刊)。大胆な着想に引き込まれ一気に読んだことを思い出す
▼詳述は割愛するが物語には米国の独立記念日前のある日、北米大陸が突然周囲を厚い壁に囲まれてしまう場面がある。霧状の分厚い白い壁なのだが強固で外界との電波も通さず、通信も交通も全て断たれてしまう。船も飛行機も動けず米国は孤立状態に陥る
▼著者は超大国アメリカの行方を案じ、ごう慢な閉じた国にならないよう逆説的に暗示したのかもしれない。実際に現在の米国事情に似た光景も描かれている。「輝けるアメリカ」など米国を宣揚するスローガンを掲げた人が大統領に当選する
▼この大統領は国外には冷ややかな目を向け、ひたすら国内問題に力を傾注するのだ。まるで「米国ファースト」を掲げ自国第一で他国に冷淡な現在のトランプ采配が、見えていたような描き方をしているのだ。物語に出現する「壁」も一国主義の末路の示唆だろうか
▼トランプ氏はメキシコからの移民流入を嫌悪。選挙中から国境に壁を造り費用はメキシコ負担と叫び今は、これを議会承認不要の大統領令で実現に着手している。諸懸案の同様発令も続く。冷酷な外交で閉じた国にしなければいいが。

 2017年  1月 28日 ― 盛岡大附と不来方が選抜へ ―
 「手袋の左許(ばか)りなりにける」は何かにつけて右の手袋を外しているうちに一度ならずなくしてしまった嘆息か
▼作者の正岡子規には病を連想してしまうが、東大予備門時代にベースボールに熱中。故郷で松山中学の生徒に紹介した他、新聞に野球の解説記事を執筆。日本での野球普及に大きな役割を果たした。「うちあぐるボールは高く雲に入りて又落ち来る人の手の中」など、野球にまつわる俳句や短歌も詠んでいる
▼こちらは俳句や短歌ならぬ本家本元の甲子園が舞台の選抜高校野球。盛岡大附の4年ぶり4回目の出場と不来方の春夏を通じて初の甲子園が27日決まった
▼北国の冬場のトレーニングのハンディと工夫を知るだけに、冒頭の一句を野球と重ねて我流に解釈する戯れをご容赦願いたい。手袋をして始めた練習も体が温まってきて利き手の手袋を外して雪の中に埋もれ見失うことを繰り返すうちにいくつか左の手袋がたまってしまったさまが浮かぶ
▼盛岡大附は昨年夏の甲子園で大量得点を挙げて打ち勝ち2勝、活発さからわんこそば打線と名付けられた。「いまやかの三つの塁に人満ちてそぞろに胸のうちさわぐなり」と塁上をにぎわせてくれるか。21世紀枠の不来方は選手10人。「草茂みベースボールの道白し」緑の芝と土の球場で勇躍する姿を見たい。 

 2017年  1月 27日 ― 1人で大量ごみ拾う女子高生 ―
 県外の話題だが埼玉県立鴻巣高校1年の湯本里咲さんが、昨年暮れに挑んだ善行に鴻巣署は年頭4日に感謝状を贈呈。それを地元紙やネットニュースなどが伝えたから全国に反響を広げている
▼彼女は自転車通学生で昨年12月21日の午後に、いつものように帰宅コースを走り車の多い県道に差し掛かった時、折り込みチラシなどの古紙が大量に散乱している現場を目撃。当初は走り去ったが何もしないでいいのかと迷い出す。やがて見過ごすことがつらくなり現場へ戻る
▼彼女は信号の変化を確認しながら懸命に、乱れ散る古紙を拾い集め自転車の前かごに詰め込む。自宅に持参し処分するつもりだったが量が予想外に多くかごに納まらない。そこで最寄りのコンビニで大きなごみ袋を数枚買い再び紙を拾い続ける
▼17時すぎに鴻巣署へ電話が入る。「女子高生が〜一人で拾っている。かわいそうだから助けてほしい」と。署員が到着すると彼女は既に拾い終え3袋で計10`の古紙が収納されていた。持ち帰る方法を考えていた彼女は署員を見て涙をあふれさせている
▼純粋な動機と信号確認などの細心さ。回収への執念。それらを心から褒めたたえたい。その上で一般論だが路上散乱物処理は、最初に警察へ通報をと一言添えておきたい。物騒な世。少女一人の作業も避けたい。

 2017年  1月 26日 ― 建物の価値を市民に広げる ―
 建物の保存運動は専門家や愛好者が先導し、それ以外の市民との距離がありがちだ。しかし、運動の成就には市民の賛同と行動を伴う広がりが欠かせない
▼盛岡の近年の建物保存で中心的存在だった渡辺敏男さん(〈盛岡〉設計同人代表取締役)が17日死去した。渡辺さんとは旧第九十銀行や旧盛岡高等農林本館、旧覆馬場の保存や修復・復元、鉈屋町の街並みなど、取材その他でお世話になった。岩手川仙北工場や糸治田屋(別邸)など消失した建物が思い起こされる
▼渡辺さんは東京出身で、東京では渋谷109道玄坂のプロジェクトに関わり、盛岡でも菜園のFROM HEARTを手がけた。仕事は地元木材を使った日本家屋にも及び、意匠と空間を作る柔軟性を有していた
▼鉈屋町では盛岡まち並み塾の事務局として、盛岡町家という存在と価値を市民に気付かせた。武蔵美大の建築学科出身で建物や地域のイラスト的な平面図は訴求力が高く、地元民との関係を築き仕掛けたイベントは街並みの魅力を共有することにつながった
▼正月の歴史的建物の企画では協力を仰ぐつもりも入院中でかなわなかったが、渡辺さんの調査や活動がなければ生まれなかった企画かもしれない。亡くなった1人の専門家は意識の変わった多くの市民とまちのこれからを見守っていることだろう。

 2017年  1月 25日 ― 頂点に立つ稀勢の里 ―
 きょう午前に横綱昇進が決まる大関稀勢の里は、言葉数は多くはない。自らを「不器用だ」ともいう
▼確かに例えば昨秋の九州場所13日目のように、前日まで3横綱に3連勝したのに当日は平幕に敗れている。その浮沈ぶりを日本相撲協会の八角理事長は「昨日までも稀勢の里、これもまた稀勢の里」と冷静に評している
▼黙々と過酷なほど懸命に心技体を鍛え続ける稀勢の里の練習ぶりは定評がある。その精進を見てきた理事長だから上に強く下位に気を抜く不器用な今を見守り、彼なら遠からずそこも脱皮するぞと、期待も込めたのかもしれない
▼稀勢の里は中学時代は野球に打ち込み投手・4番打者として活躍。強豪高校から注目もされたが中学2年の時、身長が1b80で体重は100`あり、体が重いからと野球をやめ角界入りを決意したという。中学卒業文集には「天才は生まれつきです。もうなれません。努力で天才に勝ちます」と書いている
▼中卒後、その信念を秘め角界へ。先代の師匠(元横綱隆の里)から「将来、横綱、大関になれる」と激励され、先師が親方を務め猛稽古で知られていた鳴門部屋に入門する。以来15年が経過し準優勝12回を経て先場所は初優勝し本日頂点に立つ
▼19年ぶりの邦人横綱でもある。亡き先師も努力で勝ったなと称賛していよう。

 2017年  1月 24日 ― 大統領のツイッター ―
 マスコミと政治家の緊張感は互いへの敬意を欠くと不利益になる。米大統領に就任したトランプ氏はSNSでつぶやく一方、報道の質問を制限あるいは反論するような発言が目立つ
▼元英首相チャーチルは「短い言葉が最高だ。かつ古い言葉ならまったく申し分ない」なる言葉を残した。ボブ・ディランのノーベル文学賞が昨年話題を呼んだが、チャーチルも受賞者。格言のような数々の彼の言葉は先例のように短い中に分かりやすく核心を突く
▼トランプ氏も多用するツイッターは短文のつぶやき。手軽さゆえかその時々の気分が直接表れ、前後の省略もあって誤解やトラブルを生むケースは多い。これが権力者となればその影響は大きい。大統領就任前の自動車産業のメキシコ工場のつぶやきは、まさに国境を越えて世界に拡散した
▼世界で最も影響力のある国の大統領となってもツイッターの発信を止めるとは思われない。むしろ影響力を利用して意図的に発信量が増すのではないか
▼20世紀希代の政治家チャーチルの像をトランプ大統領は執務室に戻した。きょう命日のチャーチルには「正直であることは立派なこと。しかし正しくあることも大事だ」との言葉もある。首相に就いて以降は特にも正直ならば何を語ってもいいわけではない立場をわきまえていたか。

 2017年  1月 23日 ― 自民党憲法改正草案 ―
 安倍総理は今国会の施政方針演説で、憲法改正発議に向け議論の深化を力強く呼び掛けた
▼安倍さんを今度こそやるぞと元気にし背を押したのは、トランプ米大統領のようにも見える。選挙中から日本防衛を支えているのは米国だと指摘。在日米軍駐留費用を日本はもっと負担しろ。嫌なら米軍を撤退させるぞと核武装まで促し、自主防衛も迫っていたからだ
▼改憲待望議員の中には「撤退?歓迎だよ」と、つぶやいた人がいたかもしれない。米軍撤退となれば戦争放棄をうたう現憲法の理想にも、制限を加えやすくなるからである。安倍総理総裁が率いる自民党には、練り上げた「憲法改正草案」があり12年に公表している
▼一方、昨年6月には現憲法を施行した1947年作成の中学一年生向け教科書「あたらしい憲法のはなし」に習い、「あたらしい憲法草案のはなし」(太郎次郎社エディタス)が出版されている。著者は「自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合(自爆連)」だ
▼一読すると戦前回帰の色彩が濃く怖さすら覚える。憲法前文の「日本国民は」が草案では「日本国は」になり国家主義を鮮明にする。憲法三原則も「国民主権の縮小」「戦争放棄の放棄」「基本的人権の制限」と改変されている
▼著者の名のように自民党が自爆しないかと心配になる。

 2017年  1月 22日 ― トランプ政権発足にあたり ―
 年明けから波乱含みの米トランプ政権がいよいよ発足した。トヨタに難題をふっかけてみたり、かつての経済摩擦を蒸し返しそうな気配。TPPはだめだというから、また日米差しの応酬にならねばいいが。
▼以前から自動車は米国文化を象徴する製品で、日本ごときに本場づらさせぬと言われる。それならトヨタの工場がある岩手は古くから馬と鉄の産地で、今は車を作って当然とやり返そう。ならば米国もその名のごとくコメの産地だから、日本が瑞穂の国でもカルフォルニア米を買えの、また不毛な口論になるのは目に見えている。
▼トランプ大統領は、国際間に不協和音を立てて支持を集めるより、企業家らしく国家と市場の対立を調停すべきだ。世界に広まった自由経済の矛盾や課題を、いまやどこの国も解決できず、不満と不安にかられた国民が、英EU離脱やトランプ現象を引き起こしている。
▼米国民の信任を得たのは、軍事や高尚な理念ばかり口にした歴代より、富の虚実を知り尽くし、浮き世の修羅場をくぐった実務家だからこそだろう。ならば世界経営の立場から株主(巨大企業)、役員(G7と中ロ)、社員(各国)、お客(市場)の間を取り持ち、地球の資金繰りと厚生に手腕を振るっては。
▼口は悪いが、頭は恐ろしく切れるのだから。知らんぷりせずに。

 2017年  1月 21日 ― 17年・酉年の行方 ―
 本日未明に米大統領に就任したトランプ氏の支持率は、自国の直前各社世論調査では42%前後という低さ
▼同氏は「調査はいかさまだ」とほえている。だが不支持率が事実なら荒海への船出だから何が起こるか分からない。それでも揺れる船から日本を含む他国への強硬策を迫るのだろうか。安倍外交に撤回させる力があるかどうかも問われる
▼こんな外圧を背負う日本は景気も影響を受けるのか。12支でいえば昨年が申(さる)年で今年は酉(とり)年だ。昔からの言い伝えに「申酉騒ぐ」という言葉がある。申年と酉年は株式市場が揺れて騒然とするというのだ
▼確かに英国の欧州連合(EU)離脱も米大統領選のトランプ劇場も、昨年から今年へと尾を引き折々の動きや発言が株価を上下させ市場を騒然とさせている。さてこの酉年はどう展開するか。三菱電機エンジニアリング社では酉年生まれの社員を対象に意識調査を実施。予測をさせている(昨年末発表)
▼7種の鳥とそのイメージを提示。17年酉年に合う一種だけを選ばせる設問もある。回答の1位は右往左往イメージのダチョウで29・4%。2位は27・7%のハクチョウ。水面下はもがきうわべは優雅と見る。3位はフクロウで26・1%。じっと我慢の年だと
▼この3羽が混在しつつ進む年になるかもしれない。  

 2017年  1月 20日 ― 日本の醸造文化の継承 ―
 雪の少ない年越しで、スキー場の関係者は天を恨む思いと察するが、盛岡周辺でも平地に積もる雪は少なく小正月を過ぎた
▼それでも先週末から日本列島は寒波に襲われ、日本海側などでは雪で生活に支障が出た。14、15日は大学入試センター試験があり、受験生は試験以外にも神経を使うことになり、ご苦労さまとねぎらいたい。15日には恒例の都道府県対抗女子駅伝が京都であり、コースコンディションを整える労苦のあった運営関係者、雪の舞う中でたすきをつないだランナーにもお疲れさまと声を掛けたくなった
▼雪は少なくても、きょうの「大寒」に合わせるかのように今週の盛岡地域は冬本番らしい冷え込みに見舞われた。県内地点に最低気温が氷点下10度以下という2桁の数字を見ただけで身の縮む思いがする
▼寒いと動きたくないものだが、寒さの中で働く人たちの恩恵を受けている。左党の1人として、日本酒の寒造りという言葉に弱い。特にも、ひやおろしにはありがたさを覚える。みそも雑菌の入り込みにくい寒い時期の仕込みがよいとされ、手をかじかませながら冷たい水に大豆を付けたり、酒米を処理したりする仕込み人には頭が下がる
▼日本酒や和食のベースであるみそ、しょうゆといった日本伝統の醸造文化の技は大切に受け継がれてほしい。

 2017年  1月 19日 ― 大統領になるトランプ氏の資質 ―
 政治指導者の資質を見分ける際に役に立つ名言がある。「リーダーとボスの違いは何かと問われれば、リーダーの仕事は開かれているがボスの仕事は隠されている。リーダーは導くがボスは強いる」と。ルーズベルト第26代米国大統領の言葉である
▼ツイッターでマイクで言いたい放題だった不動産王のドナルド・トランプ氏が、間もなく米国の第45代大統領に就任する。カジノやホテルも持ち事業を手広く展開してきたこの人は、90年代の一時期にはホテルなどの倒産で苦杯もなめている。そんな浮沈の経験で器を磨いたのだろうか
▼心の練磨ではなく手練手管の小手先の策や、人心操縦術を習得したのだろうか。先の名言に照らせば選挙中から今に至るまでの言動には、「強いる」がひときわ目立つ。隣国メキシコとの国境に壁を造ると言い、その費用全額をメキシコに負担させると強いる発言もあった
▼わが国に対しても日本は米国の傘に守られているとし、在日米軍駐留費用全額支払いを強いる。できないなら米軍は撤退するから核武装して自主防衛を、と重要事項も強いている。ルーズベルト判定ならトランプ氏はまだ事業仲間のボスということか
▼大統領として嫌な追及にも隠さず拒まず、多彩な国民を策ではなく開かれた人格で導くリーダーになることを切願する。

 2017年  1月 18日 ― 無理なく働こう ―
 ある公民館の古文書講座を取材したら、テキストは江戸の大店の奉公のおきてだった。今なら東証一部上場企業の就業規則に当たるかも知れない。その中に「得意先に自腹を切ってサービスするな。そこで喜ばれても、引き継いだ後任者が大変な苦労をする」という意味の崩し字を解いた。現代のサービス残業に通じる労働問題が、はやあった。
▼ひどい長時間残業で女子社員を自殺に追い込んだ電通に続き、三菱電機で過重労働が発覚した。関西電力でも。いずれも立派な大企業なのに、そんなビリビリした職場では大変だ。
▼電通事件をきっかけに、「働き方改革」が叫ばれている。労組の組織率が低下して雇用形態が多様化している時代には、管理職を含め雇用側が従業員の生活と福利を主体的に理解し、思いやりを持たねば。
▼労働問題で大きな立件が続けば検察のお出ましとなろうが、こちらの方も「秋霜烈日」とやら鬼検事を誇るあまりか、特捜部の一連の無理な仕事ぶりが批判を浴びた。ある一件では岩手も実に迷惑だったが、本来の社会正義の実現を。
▼もうすぐ節分。経済界は「鬼十則」などという殺伐は払おう。電通も三菱電機も関電も、働き方に無理があるならカタツムリ、デンデンムシのようにゆっくりした節度で仕事し、社内に福を呼び戻しては。

 2017年  1月 17日 ― 現代学生百人一首 ―
 東洋大学が主催し昨年公募した第30回「現代学生百人一首」の入選百首が15日に発表された
▼岩手からは「演じてる自分の心とかくれんぼ誰か私を見つけてほしい」と、青春の微妙な心理を表現した盛岡誠桜高2年・宇田詩織さんの歌が入選している。ときには本心も伏せてかくれんぼを演じている自分だが、誰かこんな私を大切な存在として、見つけてほしいという葛藤であろうか
▼ほかに昨年の出来事を反映した作品も目立つ。「十八歳大人と子どもの境目で未来を決める切符を持った」(東京)と詠んだ中学生もいる。実施された「18歳選挙権」は未来を決める切符を持ったのだと、先輩にも自らにも言い聞かせているようで頼もしい
▼課題もあるスマホ関連では「春電車スマホさわらず景色見た明るい世界知らなかったな」(福井・高1)と、ここでも自らを諭すような内省をつづっている。この種の問題は当事者の目覚めが大切なことを示唆している
▼地震被災の熊本へ寄り添う歌もある。「文化祭クラス企画で連だこを熊本に向け想いをつなぐ」(長野・2年)と。遠方からの「想い」が支えになることは、東日本大震災被災各地でも体感している
▼「母の字で埋め尽くされた母子手帳読んではあふれる涙と感謝」(栃木・高1)など、情愛が胸を打つ家族詠も多い。

 2017年  1月 16日 ― 藪入は懐かしき日なり ―
 きょうは暦の上では藪(やぶ)入り
▼侍宅や商家、豪農などでは住み込みの奉公人がいて当たり前の江戸時代に広まった風習。藪入りの日は奉公人が大手を振って実家に帰ることができた。嫁いだお嫁さんも実家で解放感に浸れた
▼藪入りはつまり休日のこと。1月16日と7月15日の年2日しかなかった。しかし、明治維新後に休日が増え、日曜は休みというのが広まり、平成に入って公務員に週休2日制が導入され国内に定着、藪入りの実態はなくなった。小泉内閣の頃にハッピーマンデーが法制化、一部の祝日が月曜になる。新たな祝日も誕生している
▼国民一斉に休めるはずもなく、実態は土日や祝日に出勤する必要性が高まっている。昨日触れたように公共交通機関、百貨店などの商業・サービス業、特にコンビニは四六時中、店を開けなければならない苦労を察する
▼サービスの多様化はありがたいが、人手不足もあり過労が社会問題となっている。ブラック企業やブラックバイト、過労と因果関係の強い勤労者の病死や自死は看過できない
▼「藪入といふなつかしき日なりけり」と細川加賀が詠んだのははるか前。現代には懐かしさすら持たれないが、年2日の休日がない人もいるはず。国は藪中の実態を見て1億が明るく活躍する社会へ策を講じなければならない。

 2017年  1月 15日 ― 月末金曜15時の明暗 ―
 昨秋、経産省は流通関連団体の提案を受け、働く人の「月末金曜日15時退社」素案を検討しこれに賛同。国もPRをし民間主導でできるところから始めることを前提に導入を決め、これを来月24日から実施する
▼勤労者には15時退社で空いた時間を買い物や、土日にかけた旅行などに使ってもらうという。働き方の改革に加え消費拡大も狙うわけだ。ただ多くの職場が月に1日とはいえ「〜15時退社」は夢物語だろう。対象が一部企業に絞られていく予感がする
▼そもそも月末金曜日夕刻からの買い物先や、旅行過程でお世話になる交通機関や宿泊施設で働く人たちは、最初から度外視されている。対象が一部に限られるようなこの仕掛けは政府より業界ごとのPRで、可能な各社に促す方が導入の輪が広がるのではないか
▼職場といっても多種多様で深夜業務もあり昼夜交替勤務もある。一方、導入可能な一流企業でも連日未明まで過酷な残業を強いられ、女性社員が自死に追い込まれた大会社もある。過重労働の改善がなく月1度の新企画を導入しても社員は喜べないという課題もある
▼「花の金曜日」とも呼ぶこの試みは画期的でもある。だから諸課題解消にも努力し、当座は対象が少数企業に傾いても業界などが助言や誘導をして、次第に導入の裾野を広げていくといい。

 2017年  1月 14日 ― 心強いパートナーの犬 ―
 本紙1月4日付のビーグル犬うめの記事を興味深く読んだ。盛岡市の四戸正子さんの飼い犬うめは災害救助犬
▼大規模災害時には大量のがれきや土砂崩れが発生し、生存者、行方不明者の捜索は生死に関わる時間との闘い。災害発生時に最優先で当たらなければならず、より多くの人手が求められる
▼捜索活動でハンドラーとしてうめと組む四戸さんの「犬の力は本当にすごい。多くの人に伝え、社会のために役立たせたい」という言葉には、もっと生かす機会が得られるとともに裾野が広がるために社会的後押しの必要性を痛感する
▼日本の歴史上、忠犬ハチ公と並んで最も有名ではないかと思うのが南極観測隊に同行したタロとジロ。南極に残されたカラフト犬のうち2頭が約1年後の1959年1月14日、第3次越冬隊のヘリコプターから発見された。酷寒の地で奇跡の生存が確認された実話は高倉健さん主演の「南極物語」に映画化。人々の感涙を誘った
▼県立図書館では企画展「犬と生きる〜ともに歩んだ1万年」が開催中。人間と犬との関わりの深さを教える資料で、「岩手犬」の資料もある。日本在来の血統種は少なくなったが、人間に身近なせいか絶滅危惧種への危機感は野生動物に比べて不利なのか。それそれ特性を持つ固有種をこれ以上絶やしてはならない。

 2017年  1月 13日 ― 高齢者若返り下の弱者 ―
 体力も脳の働きも実年齢より若々しい老齢者が、多くなっているという
▼日本老年学会も年頭の5日に「高齢者」の定義を、現行の65歳以上から75歳以上に10歳引き上げるよう提唱した。データの裏付けもあるというからめでたいことなのだろう。世間でも正月らしい明るい話題になっている
▼ただ何事にも例外があり、逆に病身で実年齢より老いて見える人もいる。掛ける言葉の使い方なども個々の尊厳への配慮が大切になろう。当方の東京在住の親友も60代だが昨年の年賀状を見て衝撃を受けた
▼今は年金生活者の彼もかつてはある業界紙の論説記者で、毎年届いた賀状では近況を読むのが楽しみだった。ところが昨年の賀状には形が崩れそうな文字で「アルツハイマーになりました」とだけ書かれていたのである。闘病中に必死に書く光景が浮かび胸が熱くなる
▼彼は間もなく入院し連絡が取れた家族の判断で、見舞いに行ったのは昨年夏になった。看護師は人の識別ができないレベルだと教えてくれたが、病床の彼は目を閉じていたが判別できたらしい。名前を呼び長い握手をしたが手には力があり、目には涙をあふれさせたのである
▼ほかにも病床で日々を過ごす友や親族がいる。高齢者定義引き上げへの時流の中で、弱気にならないよう個々に支え励ましていきたい。

 2017年  1月 12日 ― 小野信一さんを悼んで ―
 元代議士の小野信一さんの訃報に接した。社会党時代はこわもての闘士でなく、若い頃から市井で苦労してきたせいか、むしろ御大(おんたい)と呼びたくなる風格があった。労使双方の感覚を身に付けていた意味では、のちの民主党議員の資質を先取りしていたのかもしれない。
▼中選挙区時代は盛岡市内に事務所を構えたので、市民に「おのしんさん」と親しまれた。おろおろするだけの私の質問にも差しで丁寧に答え、国会や党のことを教わった。
▼明朗だった小野さんに、ひとつ謎があった。衆院を落選してしばしのち、1995年の知事選を前に、当時の自民党筋が国政にならい、自社連立による「小野県政」の可能性を打診したという説だ。この話が表面化するや県議会は会派間で疑心暗鬼になり、主導権は小沢氏の勢力へ。結局、小野さんを含む4人の争いで、増田県政に移った。
▼小野さんに話を振っても、あいまいに笑うばかりだったので真相は分からない。しかしそんな政局とは裏腹に、小野さんには自民党はじめ与野党の支持者を納得させる人間味が、確かにあった。
▼2大政党時代にこそ求められるタイプの人だったが、国会には戻らず、釜石市長を務め政界を退いた。県民にとって御の字(おんのじ)の政治家だった「おのしんさん」。ご冥福を。

 2017年  1月 11日 ― 開花する菊池雄星投手 ―
 盛岡生まれで花巻東高出身の菊池雄星投手は、今や西武球団のエースで今季も活躍が期待されている
▼県下にも熱烈ファンが多い。ただ高校時代も腰痛などで降板することがあったから案じるファンもいる。誰よりも当人が克服に腐心しただろう。西武入りし初シーズンの2010年は冒頭から左肩痛で、一軍登板はなく二軍でも5月以降は登板できずリハビリに終始する
▼以後も一軍と二軍を往復しながら、肩の負担を軽くする投球フォームを工夫するなど黙々と課題に挑む。技術も精神も鍛錬し次第に秘めた力をマウンドで発揮できるようになる。11年8月には楽天戦で初完投勝利を果たす。球速も年ごとに自己最速を更新。15年には左腕史上最速の157`を記録する
▼監督も立ち直りを評価し昨年春の開幕投手には菊池雄星を指名。「今年はお前に任せた」との監督の言葉に驚き発奮した雄星投手は結果で応えた。開幕戦はピンチも気迫で抑え勝利し以後も白星を重ね、雄星投手の年間戦果はチーム最多の12勝となる
▼今月7日に監督は開花した彼を今春も開幕投手にすると表明した。開幕戦は3月31日で日本ハムと戦う。花巻東高後輩の大谷翔平選手との対決も楽しみだ。雄星氏は昨年7月にフリーアナウンサーの深津瑠美さんと結婚。さらに器を広げることであろう。

 2017年  1月 10日 ― 慰安婦問題の解決を ―
 おととし戦後70年に盛岡の占領期の連載にあたり、米軍相手の娯楽施設が設けられ、若い兵士の性欲を処理する役割があった話に当惑した。そうした歴史の暗部にまつわる取材は断念せざるを得なかった。それでも盛岡に進駐したのは規律的な部隊で、トラブルが少なかったのは幸いだった。
▼釜山市の日本領事館前に従軍慰安婦を象徴する座像が置かれ、駐韓大使を呼び戻す騒ぎになっている。蒸し返さず現実的な解決を図る日韓合意に背くと、日本政府が強硬な態度に出た。
▼動機や経緯はどうあれ、元慰安婦のおばあさんたちが日本の兵隊と共に辛苦をなめたなら、後世の者は償いといたわりを示すべきだ。しかし韓国人がこの手の問題を世界に広めて日本を責め立て、ある種の悦に浸っているのなら、「歴史の真実」とほど遠い。
▼日韓とも右であれ左であれ、慰安婦を勝手にジャンヌ・ダルクに仕立て、思想戦にかり出すべきではない。戦後72年。当事者は次々と物故し、残された人たちも時間は少ない。一部の理想家が言うように日韓合意が政治的打算だとしても、命あっての償いである。
▼慰安婦問題で日韓が対立すれば、北朝鮮と中国が面白そうに眺め、尻馬に乗るだけだ。おばあさんたちの安息に必要なのは、アンプで拡声されたデモの糾弾であるまい。

 2017年  1月 9日 ― 坂本龍馬に届く年賀状 ―
 年賀状も一段落したが、ある公募賀状が話題を広げている。大政奉還から明治維新へと道を開いた土佐(高知)出身の坂本龍馬宛ての賀状だ
▼今年は龍馬暗殺から150年の節目でもあり注目されるのだろう。この賀状公募は高知県立坂本龍馬記念館が09年から始めた。毎年、同館が日本郵便の年賀はがきを使用し住所・館名と「坂本龍馬様」の宛名を印字した特製賀状を作成。11月中旬から希望者に販売している
▼12月25日までに出した年賀状は元日に桂浜の龍馬像に届けられる。その後、龍馬脱藩の日である3月24日に、記念館内のタイムカプセルに納め封印。これは10年後の同日に龍馬像の前で開封され、希望者は記念館で受け取ることができる
▼「龍馬に届く年賀状」と銘打ち《龍馬との語らい》をテーマにした17年賀状の応募者は、龍馬と会話するように近況や決意、10年後の自分への思いなどを書いている。賀状は北海道から沖縄まで全国から寄せられた。記念館サイトでは本人了解賀状の文面を中心に紹介している
▼「龍馬さ〜ん、今年は何が見えるかなあ」と問い掛けもあり「日々精進あるのみぜよ」と土佐弁の決意表明もある。生後間もない男児の10年後へ「龍馬のように強い志を」と望むママもいる。龍馬の名言を受け「日本の洗濯を」と迫る賀状も目立つ。
  

 2017年  1月 8日 ― 28年前元号が「平成」に ―
 1989年の1月7日、昭和天皇が崩御し当時の小渕恵三官房長官が筆書きされた「平成」を指し示し、新しい元号の決定を伝えた。翌8日、元号が昭和から平成に移った。新しい天皇の即位で元号が改まると分かっていたとはいえ、長く使う元号が一日もかからず決まることに驚いた
▼昭和天皇は1926年12月25日の大正天皇崩御により即位したが、戦争をはさみ、長い在任期間であった。88年9月に重体が報じられたあと、国内に自粛ムードが広がった街の様子を思い出す
▼陛下は55歳と年長で即位されたが、今年は平成29年、昨年で83歳になられた。東日本大震災後、両陛下は被災地を何度もご訪問されている。震災の年に取材陣の1人として拝見し、ご高齢なのに天皇として大変な激務をなされていると感じ入った
▼象徴天皇というお立場の中、陛下が昨年8月8日、ビデオメッセージという形で国民にお気持ちを述べられた。いわて国体に合わせたご来県の折も総合開会式会場で遠目からお見かけしたが、お気持ちを聞いた後だけに、ご公務に臨まれる姿に胸の詰まる思いがした
▼生前退位の問題では有識者会議を経て今年の国会で関連法案の成立を見込んでいる。方向はこれから定まるが、表明されるという陛下の一大決意は忖度(そんたく)されるだろう。

 2017年  1月 7日 ― 原発事故地元老医師の生涯 ―
 3・11原発事故で避難を強いられた福島県沿岸地域では、当初から深刻な問題が浮上した。既に入院や在宅で闘病中の人など、避難すらできない多くの病む人たちの処遇である
▼一方、各病院の医師など医療従事者が避難せざるを得なかった事情もあったし、それも責められない。そんな状況下で原発から22`の地に建つ入院病棟も持つ高野病院(双葉郡広野町)は、迷わず避難せずに現行通りと決め治療を続けた
▼常に患者の思いを大切にする高野英男院長の決断である。無理してとどまったのではなく、入院中の患者を搬送などできないという院長の心情がそうさせたのだ。結果的に同院は双葉郡唯一の医療機関となる。医師など職員も相次ぎ退職したがそれでも動じない
▼医師が院長一人になっても黙々と患者に尽くし、行き先を失い助けを求める郡内の病人も温かく迎え入れた。昨年10月にNHK教育テレビが「原発に一番近い病院 ある老医師の2000日」と題する記録映像を放映したが、アップされた院長の素顔を思い出す
▼その高野院長が昨年末に病院に隣接した自宅の火災で、81年の生涯を閉じたことが報道された。痛ましい訃報に哀悼の祈りをささげるばかりである。なお現在も百人余が入院中で臨時医師が対応している。常勤医体制も整いつつあるという。 

 2017年  1月 6日 ― SMAPのいない2017年 ―
 先の予想が難しい中、今年について一つ言えるのは年末で解散したSMAPがいないこと。国民的アイドルグループの呼称はSMAPの活躍で生まれたらしい。SMAPに代わって呼ばれるグループはないとの評論家の言及も目にした。「特別なOnly one(オンリーワン)」だったと言える
▼国民的と呼ばれるに決定的だったのは槇原敬之さんが提供した楽曲「世界に一つだけの花」の大ヒットかもしれない
▼その歌詞の意味するところは、大正から昭和初期に活躍した金子みすゞの詩「私と小鳥と鈴と」の最終行「みんなちがって、みんないい。」に見られるように、真新しい思想ではない。だが、絶大な人気者の持ち歌になることで、たくさんの人々の励みになった貢献は大きい。そしてSMAPは国民多くの老若男女に知られる存在となった
▼グループの解散危機が報じられたのは約1年前。騒動と火消しが続く中、昨年8月に12月31日で解散を所属事務所が発表した。以後、ソフトは売れるも、解散自体に対する説明、幕引きもファンには消化不良だったに違いない
▼最終的な5人の元メンバーも特別なオンリーワンの個性派ぞろい。個性は尊重されるべきだが、組織や集団の活力とし続ける難しさを考えさせられる。認められたいなら他者を認める敬いの心が大切か。

 2017年  1月 5日 ― 置かれた場所で咲く生き方 ―
 ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子さんが89歳で他界した。ベストセラーとなった随筆集「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎12年刊)の著者としても知られる
▼この本は自身の体験に基づく生き方論を平易な言葉で書いている。《置かれた場所に不満を持ち他人の出方で幸せになったり不幸せになったりしては、環境の奴隷でしかない〜私はどんな場所に置かれてもそこで花を咲かせようと決心できました》(要旨)と題名になった一節もある
▼決心までをさかのぼると原点に2・26事件がある。女史が9歳だった1936年のその日早朝、当時陸軍大将だった父親が青年将校が起こした軍事クーデターで、自宅寝室を襲った兵士らに銃殺されたのだ。同室にいた彼女は父のとっさの指示で、座卓の陰に隠れそれを目撃してしまう
▼政変は未遂に終わり将校らは処刑されたが衝撃は癒えない。助かった母と姉妹と共に生き抜き、母の勧めで修道女になっても「汝の敵を愛せよ」には心で抵抗する
▼事件から50年後、女史は将校の遺族が営む回忌法要に招かれ意を決して参列。遺族も犠牲者と知り恨みを捨て「私が変わろう」と決意する。以後交流を重ね共に抵抗が解けていく。遺族が父の墓地清掃をするなど花が咲き始める。故人はそれらを回顧しつつ旅立ったことだろう。

 2017年  1月 4日 ― 県政テイクオフの年に ―
 えとにちなみ鳥の話。大昔から人間は空を夢見て、まず鳥の物まねで飛行を試みた。当然全て失敗に終わった。
▼英国の物理学者ジョージ・ケーリー(1773―1857)は鳥を観察し、まず前進する力を生んで、浮く力に転じ、その繰り返しで飛ぶことを発見した。この学説「推力揚力分離論」から、ライト兄弟まで、世界の航空実験が始まった。まず滑走路を全力で走り、その向かい風をフラップでけん制して翼の浮力に変え、離陸する飛行機の原理である。
▼今年は飛行の父ケーリー没後160年。それより1世紀半短いが、達増県政は10年目。この間、破局的な天災と救援復興という大事があり、政治的には2度の政権交代や、陸山会の件にまつわる小沢氏の失速など、難しい局面が多かった。3期目の折り返しの年を迎え、県議や首長ともども次の出処について考える時期が近づいている。
▼県政を滑走路に見立てれば、10年間には激震で地割れあり、内外からの横風や突風ありで、平坦でなかったとしても、130万県民を乗せた旅客機は、「タッソーロ」を走る。機長は腹をくくって操縦桿(かん)をとることだ。
▼幸いILCという宇宙物理学的に強い推力を得る条件がある。今年はエンジンを振り絞り、全速を出してフラップを操り、離陸のタイミングを計ろう。

 2017年  1月 3日 ― 「民が第一」の時代へ ―
 淡い初夢かもしれないが昨年来の首都東京に習い、各地で民(たみ)による住民第一を求めるうねりが今後も続くような気がする
▼昨年7月、前都知事不祥事辞任を受けた都知事選では、「都民ファースト(第一主義)」を掲げた小池百合子氏が自民候補らを大きく引き離し圧勝。同氏は自民党所属ながら推薦を拒まれた形だったが、都民第一の本気度を見抜いた大衆が支持の輪を広げ大勝する
▼そこには大きな民のうねりがあったのだ。自民党が対立候補を立て小池支援をした都議や区議などを、除名対象にしたことも評判を落としたのだろう。国政も担うこの党は民以外の誰に目を向けているのかと、疑念も広げた都知事選だった
▼今夏に都議選があり迷う自民都議もいる。暮れの28日には3人が党籍を残したまま会派を離脱。今後は小池都知事と連携するという。昨今の民の目は行政の優劣を見抜き善政を促す。ときには仲間が輪を広げうねりも起こす。そんな時代だから住民個々も積極的になるのだろう
▼やや飛躍するが四国のある町では、12月の町議会で94歳の男性が傍聴席から一般質問をする光景があった。有線放送で議会の開催を知り一般質問は一般人が質問できると思い、道路修繕を訴えたという。逸脱ではあろうが94歳で町政に立ち向かう積極性には頭が下がる。

 2017年  1月 1日 ― まちづくりに「潤い」の視点を ―
 先日、野田坂伸也さんの連載で、日本のマスコミは選挙までトランプ氏の悪口ばかり並べ立てていたくせにと指摘された。それは確かだ。
▼自分も夏にトランプ氏をくさすコラムを書いた。しかし「ドナルドさん」とファーストネームで親しみを込めていたし、「札付き」の例えは申し訳なかったが、日米関係を心配してのことなので、あまり怒らないでください。
▼日本のメディアは、すごい形相のトランプ氏ばかり載せる。雑誌は「日本を見捨てるトランプ」式の見出しに、仁王さまのごとくカッと目をむき、大口を開ける顔でいっぱい。しかし評伝を読む限り、それはポーズだろう。
▼日本で言えば政商としての小佐野賢治と江副浩正を足し、そこにたけしや田中康夫を掛け合わせたような人。小佐野さんも江副さんも仕事柄、生前は本県と関わりが深かった。知人に聞けば、いろいろあったにせよ素顔は温和、知的で、足跡を残した人だったと。トランプ氏もそうならいいが。
▼いずれ政界履歴なき大統領はアイゼンハワー以来とか。かのファーストネームはドワイドだったから、少し名前が似ていると思いつつ、紺屋町から愛染横丁の通りの角を曲がればお寺さん。山門で、ぎょろり目をむく不動明王さまに世界平和を祈願した。そういやトランプ氏は、不動産王だった。

2016年 12月の天窓へ