2017年 3月の天窓


 2017年  3月  31日 ― 永田町も新年度へ ―
 自民党は今月の定期党大会で、総裁任期を現行の連続2期6年から、連続3期9年に改定した
▼党総裁でもある安倍総理は来年9月に任期が切れるので、決まるまではそわそわしていたのではないか。岸元総理の孫でお坊ちゃん育ちだから各地への動きについても、悪気はないのに国民のためというより、手柄や栄誉を優先していると言われてしまう
▼もし党大会前に党内から3期9年への延長案が出た時、安倍総理の方から歴史家アクトンが語った「絶対的権力は絶対に腐敗する」との格言を紹介。「これは専制君主を戒めたものだが私も長期政権に座ったら腐敗しそうだよ。2期6年で勘弁してほしいな」と冗句でも言えば株は上がったかもしれない
▼それはともかく安倍政権もあすから新年度に入る。3月国会を騒然とさせた森友学園問題の核心部分は今も不透明のままだ。特に当初価格が9億円超の国有地が、森友学園に8億円超も値引きし売却されたのはなぜか
▼背景に学園理事長夫妻と親交があり一時は、小学校名誉校長も引き受けた総理夫人昭恵氏周辺への配慮が働いたのかどうか。それに昭恵氏が人払いして内々に理事長に手渡したという百万円授受の真相解明もある。いずれも昭恵氏の証人喚問は不可避だ。総理は決断してこれを新年度の初仕事にしてほしい。

 2017年  3月  30日 ― 盛岡大附野球部、夏へ ―
 何もせず成長できるのは10代までの体格ぐらいか。生き物には成長のすべがあるはずだ。人には生物学的な面だけではなく成長の言葉が使われる。その原動力には練習や勉強、努力、継続など切りなく挙げられそうだが、重要なのは経験ではなかろうか。特に経験が浅く未知のことが無数にある若い世代には日々の中に成長の種がまかれている
▼きのうの選抜甲子園準々決勝で優勝候補の一角である履正社に敗れた盛岡大附は、関口監督が振り返ったようにミスの怖さを見る側も見せつけられた。打線が相手エースを打ちあぐねるも先発三浦投手が履正社打線の圧力をしのいでいた前半を思うと、得点ほどの力の差はなかったはずだ
▼甲子園で顔なじみとなった盛岡大附だが、春夏通じ初の8強入り。その戦いぶりにさらなる高みへと期待も高まったが、準々決勝は試練の場になった。悔しさも得がたい経験で、自信も得たに違いない
▼学校の練習グラウンドには全国制覇の文字が掲げられている。甲子園出場が決まったからではなく、入部当初から部員は目にしてきた。部内で常に共有する目標となっている。未知の世界を次々に通過しなければ優勝に到達できない。未知は可能性の裏返しでもある。選手には幸い夏がある。準々決勝の経験は可能性を広げる種となるはずだ。

 2017年  3月  29日 ― 稀勢の里けがに耐え逆転優勝 ―
 都内の職場を定年退職したいとこは、茨城県牛久市のマイホームに落ち着き地域活動を楽しんでいる
▼牛久は横綱稀勢の里の出身地だ。春場所も街を挙げて応援。いとこ宅はファンのたまり場で彼が掛けてくる電話に割り込む人もいる。声は弾み続け終盤で沈み千秋楽は歓声の中で誰かの分析も聞く
▼稀勢の里は相撲裁きの能力は抜群だが、気力に課題がありプレッシャーに負け、ここ一番という時に引いてしまう。この弱点を克服できずに何度も優勝を逃がしてきた、と
▼いとこは《稀勢の里の脱皮に気付いたのは初場所の白鵬との対決だ。白鵬のガブリに押され土俵の徳俵に片足が掛かった時「あ、またか」と絶望した瞬間に、稀勢はその態勢からすくい投げで白鵬を倒したのだ》という
▼場所後には横綱に昇進。地元はじめ全国ファンが春場所に期待したが、新横綱は涙を誘う執念の歴史的逆転劇でそれに応える。13日目に日馬に敗れ土俵下に落下。左肩周辺を強打し激痛に顔をしかめる。応急手当をしたが休場必至と誰もが案じる
▼だが当人はけがに耐え強い意志で土俵に上がる。14日目は力が入らず鶴竜に敗退。だが千秋楽では1敗の照ノ富士に突き落としで勝ち、2敗同士の決定戦でも小手投げで退けて、稀勢の里が2場所連続優勝で横綱デビューを飾ったのである。

 2017年  3月  28日 ― 選抜高校野球の県勢2校 ―
 初の県勢2校出場となった選抜高校野球。2校とも野球ファン以外の県人にも強いインパクトを与えた
▼甲子園の常連校に育った盛岡大附は2回戦で連覇を狙った智弁学園に快勝して春夏通じ初の8強入り。この試合こそ2桁安打に届かなかったが、昨夏に全国の高校野球ファンへ広まった「わんこそば打線」が代替わり後も健在なことを示す戦いぶりだ
▼初の甲子園となった不来方は21世紀枠3校の最後のとりでとして1回戦で古豪静岡と対戦。初出場初勝利はかなわなかったが、部員10人が小気味よいスイングで18人分の力を出し切り、こちらも全国に名を広めた
▼不来方・小比類巻圭汰主将が開会式後、テレビのインタビューで部員が少ないのでゆっくり行進して大きく見せるように意識したと答えていたことが印象に残る。観衆の視線を浴びる時間を18人に互する着想は、少人数での練習を補う日々の工夫の延長線上に生まれたのではないか。けがをしない体づくりと同等に部員から柔軟な発想を引き出す環境をつくったといえる
▼選抜出場の効果で、新年度は例年より多くの入部がありそうだが、10人の期間は夏に向けた財産となった
▼盛岡大附はいわて国体で敗れた履正社とあす準々決勝で再戦する。菊池雄星投手を擁し準優勝した花巻東以来の県勢4強に挑む。

 2017年  3月  27日 ― 大谷選手が道徳教科書に登場 ―
 二刀流で活躍する大谷翔平選手を褒める言葉を、友人たちからよく聞く。気になるのは「彼は天才だよねえ」というせりふだ
▼確かに日本ハム昨季優勝の立役者ぶりを見ても、努力を超えた天性的なものがあると感じるのは理解できる。でもその二文字を使うなら「努力の天才」と表現してほしい。スポーツ紙などでも彼がそこまでやるかというほど、努力を重ねてきたことが伝えられている
▼その一例として花巻東高校一年の時に、「8球団からドラフト1位」を目標に掲げていたことが、改めて脚光を浴びている。同高の野球部では佐々木監督が選手に自覚を促すため、目標や練習メニューなどを81項目も書き込める正方形の「目標達成シート(表)」を導入している
▼大谷選手は表の真ん中の欄に「ドラ1・8球団」と記載し、残る80欄にも「球速160`」「回転数アップ」「応援される人間になる」「本を読む」など目標を書く。以後、表を見ては発奮し挑み続けた。高卒時にはそれら目標も超えて二刀流としても成長。大リーグが注目するレベルに達している
▼夢を追い目標を立て努力する高校時代の彼が、来春から使う小学5年生用道徳の教科書に載ることが報道された。文科省が24日に検定合格も発表した。この朗報を背に31日開幕の今季も快投快打に期待しよう。

 2017年  3月  26日 ― 渋民つながり南北で ―
 先日、一関市を訪れた。古くから文化の違いはあろうが、南部側の花巻や北上より、伊達側の水沢や一関の方に、盛岡と一脈通じるものを感じる。先人の街、文人の街として。
▼盛岡市の啄木記念館で、企画展「北の渋民、南の渋民」が開かれている。一関市渋民にある芦東山記念館と、同名の地縁で協力した。平成大合併前は大東町渋民だった。祖母の生地なので、大船渡の母の実家に行けばよく、「シプタミのだれそれ」という会話を耳にした。盛岡側の渋民でないことは分かったが、どこのシプタミなのか、不思議な気がしたものだ。
▼渋民の語源は諸説あり、アイヌ語で、「スプ・タ・アン・ムイ」と発音すれば「渦流、そこにある淵」の意味という。盛岡の渋民には北上川が、一関の渋民には砂鉄川が流れる。「鉄さびの出る湿地」を意味するという説もあり、何かの関係があるのかも。啄木の友の金田一京助のアイヌ語研究から謎解きできたら面白い。
▼一関の田村藩は和算に優れ、古くから科学的な知見が高い。奥州市にかけて北上山地には国際リニアコライダー構想があり、実現すれば盛岡まで、北上盆地の都市間連携は重要になる。そんなことも頭の隅に、この機に南北の渋民つながりを深めては。決してしぶしぶでない、「民民交流」で。先人の縁は古来だぁ。

 2017年  3月  25日 ― 「十府ヶ浦」追想 ―
 かつて若かった頃に久慈と宮古に、ほぼ同時に所用ができることがよくあった
▼後期高齢の今なら無理はしないが往時は、電車やバスでなくマイカーで走り2件の用向きを済ませ、盛岡まで日帰りしたのである。久慈を経て宮古まで国道45号線を南下するのだが、決まって小休止したのは野田村十府ケ浦(とふがうら)の海沿いの休憩エリアだ
▼海原を眺め手足を伸ばすだけで気力がよみがえるので、定番コースにしたのだがもう一つ立ち寄りたくなる事情があった。ここを初めて利用したのは40年も前だが、その時に出会った地元居住のA氏との交流だ。初対面の場でも同世代のせいか会話が弾み意気投合
▼彼は別れ際には「今度来る時は電話をください」と言い名刺までくれた。以来、行くたびに短時間でも会い近況などを語り合ってきたのである。それだけにあの3・11大津波襲来の際は彼の安否が気になった
▼電話は不通で数日間は無事を祈るばかりだったが、万一を案じて新聞報道の県民犠牲者氏名一覧も確認し続けた。だがまさかが現実となりむごいことに、彼の名前がそこに加わったのである。あのショックは今も忘れることができない
▼きょうは彼の家の近くに三鉄北リアス線「十府ケ浦海岸駅」が開業する。「健在ならばなあ」とこんな慶事にも悲しみが募る。
  

 2017年  3月  24日 ― 「3月のライオン」の撮影ロケ ―
 羽海野チカさんの人気コミック「3月のライオン」が、大友啓史監督のメガホンで映画化され上映されている。監督の出身地盛岡でもロケがあった
▼大友監督の創作ではなく、コミック段階から、地元民ならつなぎ温泉と勘が働く対局の場所が描かれ東北新幹線も登場する。でも大友監督でなかったら、盛岡の場面は選ばれなかったかもしれない
▼盛岡広域フィルムコミッションは公開に合わせ、この映画のロケ地巡りのリーフレットを製作し配布。好評らしい。地域おこしにフィルムコミッションが各地で作られ、映画やテレビ番組のロケを誘致している。「3月のライオン」のロケ地には波及があるだろう
▼岩手ロケの映画として思い出深いのは鈴木清順監督の「オペレッタ狸御殿」と森崎東監督、渡瀬恒彦さん主演の「時代屋の女房」。鈴木監督、渡瀬さんは今年、訃報に触れることになった。「狸御殿」はロケ時の会見を取材し、「時代屋」は骨とう屋のあった東京・大井町に近い町に映画公開のころ住んでいた
▼昔からロケ地を訪ねるファンは少なくなかったが、「聖地巡礼」の誕生は、映画でもセットからロケに撮影の重心が移っているのと無縁ではない。公開中に桜の季節を迎える。朝ドラで全国区になった小岩井の一本桜。花の少ない年があるが、今年はどうだろうか。

 2017年  3月  23日 ― 旅先で知る「文庫X」ヒット ―
 家人の親戚が多い岡山県高梁(はし)市近郊で仏事があり、20日から1泊2日で行ってきた
▼旅先では思いがけないことによく会うが今回は地元県紙の一角に目を見張った。宿泊したホテルでサービスとしていただいた県紙を拝見。日頃の習慣でまずコラムを読む。電子出版の勢いに押され紙の出版物は12年連続の落ち込みと、出版科学研究所の調査に基づき書いている
▼続いて紙出版物にも電子にはない強みがあると指摘。「書店をのぞくと、手に取ってもらおうと凝らした工夫の数々に気付く」とし、特に文庫本について売り込みへの巧みな工夫事例を列挙。ここで盛岡の「さわや書店フェザン店」発の「文庫X」が登場したのだから驚き、うれしくもなる
▼本の題名や著者名がある表紙を別のカバーで覆い隠し、そこに書店員が客への熱いメッセージを書き込んでいる。これが「文庫X」だと説明もしている。題名も著者名も分からないこの文庫本は昨年7月発売だがよく売れている
▼「表紙を覆い隠そう」という着想による快挙だがひらめいたのは店員の長江貴士さんだ。隠した上表紙の全面に彼が直筆で書き込んだ「どうしてもこの本を読んでほしい」という熱い思いが客の胸を打ち、ヒットの輪を全国に広げて岡山でも売れたのだ
▼忘れられない旅になりそうである。

 2017年  3月  22日 ― フェザンのリニューアル ―
 昔、タクシーに乗ったおばあさんが、「ふぇざんふさ、やってくなんせ」と運転手さんに頼んだ。「どこの府ですか」と聞くと、おばあさんは当時のCM「フェザン、フ〜ウー」を店名と思い込んでいたという、ちょっとした笑い話があった。
▼実際、開店したての1980年代は、お年寄りになじみにくい、盛岡駅前の若向けの店だった。今月リニューアルして「おでんせ館」となまったネーミングを取り入れたのは、岩手にもうすっかり溶け込んだということだろう。
▼当時は大通菜園に川徳とダイエー、肴町に中三とエンドー、都南村にニチイ、滝沢村近くにシティ青山、それら大型店の間をいちのへ、むらかみ、生協など中堅スーパーが埋め、きれいに住み分けていた。今も変わらぬ名前の大型店は、川徳とフェザンだけ。
▼2000年代にイオンが進出し、盛南開発と相まって盛岡の商業地図は大きく塗り変わった。その中でフェザンが求心力を保ち続け、若者だけではなく高齢者も親しめるようになったのは、駅西口の発展もさることながら、東口の商店街との協力も大きかった。
▼店名は岩手の県鳥キジを意味する「フェザント」にちなんで。たまに英語でだじゃれてみると、農家は「ペザント」だ。岩手の新鮮な大地の実りを、観光客に提供する窓口でもある。

 2017年  3月  21日 ― 震災犠牲者追悼の沖縄の友 ―
 一昨日沖縄在住の親友から久しぶりに電話があり、東日本大震災にまつわる心境を語ってくれた
▼今月11日に彼はたまたま自宅にいて高齢の母親が、14時40分ごろに「さ、今年も回向するよ」と言い仏壇の前に座ったという。彼は母に尋ねる。「彼岸前にこんな時間にご先祖さまを拝むの?」と。あきれ顔の母から「あの東北大震災を忘れたの?あんたは冷酷だねぇ」と一撃がくる
▼彼は「あ、あの発災時刻か」と気付く。あの時は自分も大地震津波の惨状に心を痛め犠牲者に合掌もしたが、今は頭から消えていたことを痛感。遠く離れているとはいえ何と冷たい自分だろうと猛省する
▼母はさらに「孤児になりばあちゃんに引き取られる幼い子もいて、今でも他人事と思えずにその子の親御さんの無念も思いながら、全ての犠牲者に哀悼の合掌をしているんだよ」と涙ぐんで語ったという。脱帽した彼はこの彼岸は毎朝、心新たに仏壇に向かい合掌を続けている。電話はそれを伝えたかったらしい
▼今後も日課にすると言い話は終わったが、忘れるのは彼だけではない。震災健忘症は時の経過とともに人々の心に忍び込む。日本赤十字社もそれを案じて今月は「私たちは忘れない。〜未来につなげるプロジェクト〜」と銘打ち、震災を風化させない活動を全国的に展開している。

 2017年  3月  20日 ― LPレコードの日 ―
 アナログレコードに青春を彩られた世代、レンタルレコード店が急速に拡大したと思ったら1982年には国内で音楽CDが発売開始となり、これまた見る見る市場を広げてレコードを追い抜く変化を体験した。今や音楽はジャケットのないダウンロード
▼平成生まれ世代にはレコードを聞いたことのない人も多いが、若者が集まり音楽と踊りを楽しむクラブのDJにレコードは必需品。東京などでは近年、レコード専門店が新規開店している。デジタルに耳の慣れた世代に、人間の聴覚では拾えない周波数の音も含めて流れてくるアナログのふくよかな音に魅了される人も少なくない
▼きょう3月20日はLPレコードの日。米国のコロンビアが長時間収録できるLPレコードを1948年に発売し、日本コロンビアが51年の同日、「長時間レコード」を輸入発売したのにちなむ
▼それから約40年後、レコードが早晩消えるのではないかと他の出費を切り詰めて復刻レコードの購入に走ったことが懐かしい
▼国内のレコードプレス工場も針生産工場も風前のともしびだったが、最近CDとレコードの双方で出る音楽ソフトが増えてきた。レコードプレーヤーの新機種も複数のメーカーから発売され、操業しているプレスや針の工場もフル回転のようだ。時代は回りながら進む。

 2017年  3月  19日 ― 米国で女性のいない日 ―
 お母さん、妻、勤労する女性と呼ばれる人たちが、1日だけどこかへ消えてしまったらどうするか
▼子どもや夫、職場の上司らは慌てうろたえ、「いつも苦労を掛けてごめん」とわび、「いつもはありがとう」と感謝するだろうか。「早く戻ってきてぇ」と泣き叫ぶ子もいようか。女性の側は「一度はやってみたくて、1日だけ消えてみたのよ」と帰宅するのだろうか
▼そんな過激すぎる試みを、賛同した全米の女性が今月8日に強行したという。毎年の3月8日は「国際女性デー」と呼ぶ記念日だ。これを提唱したドイツの識者はこの日を「女性の自由と平等を目指し戦う日」と意義づけている
▼敢行した女性たちはこの日を「女性のいない日」と銘打ち不在を実行したのだから自分との戦いでもあっただろう。存在しない人になって家庭も職場も放棄しそろいの赤い服を着て、デモ行進をしてトランプ大統領の女性差別や侮蔑発言に、抗議の声を上げていたと報道されている
▼「人工中絶をした女性は罰を受けるべきだ」など、許し難いトランプ氏の暴言語録への怒りを、こんな形でぶつけたのだろう。これが本来の目的で家族や職場へ存在感を示すというのは余禄(よろく)だろう
▼ただ女性教師が一斉に欠勤したため休校にした学校もある。こうした実害はいただけない。

 2017年  3月  18日 ― 地理学んで思いやり ―
 先日は本紙も福島県浜通りのルポを掲載した。原発被害で全国に避難した子へのいじめの報道が相次いでいる。こうした愚行の背景には、学校での地理教育の不足があるのではないか。
▼中高の科目中、地理が英数国より重きを置かれているとは言いがたい。しかし社会人になって最も使う科目は地理だ。せっかく優秀なのに、「昔から地図を見るのは苦手で…」と頭をかく人をたまに見かけるが、例えばの話。
▼盛岡の人と福岡の人が上京して所用で会ったとする。そのとき相手が「盛岡って秋田県、いや青森県でしたか」と聞いたり、こちらが「福岡は北九州市でしたか」なんて言った日には、互いにもう話す気がなくなってしまうだろう。九州人でも岩手の県庁所在地くらいは覚えてほしいし、東北人でも150万都市福岡の人に対しては、仙台より大きな札幌や名古屋と同レベルの話で合わせるよう、わきまえていなければ。
▼おそらく原発いじめをするやからは、脳裏の地図に福島県の形も距離感もなく、ただ「何か悪いことがあった方角」というイメージしかないのでは。避難した子が、こんな遠くに来て心細かろうという理解があれば、いじめなどしない。
▼進入学シーズン。地理の勉強は子どものうちからみっちり。福島の子がいらぬとばっちりを受けぬように。
  

 2017年  3月  17日 ― 今も欲しい破邪の剣 ―
 「ああ玉杯に花うけて」と歌い出す旧制一高(東大の前身)の寮歌がある。明治の創立だが《濁った海に漂う国民を救おうと、自治の大船は波浪をかき分け進む》(要旨)など歌詞に込めた志に引かれ、若者たちが大正・昭和へと歌い継いできている
▼先日、近所の親しい老父が政官業が絡む醜悪な森友学園問題を嘆いた後、これを歌い出したのには驚いた。国民の財産である国有地の売買は一万円でもあいまいにすることは許されない。それを新校舎敷地として8億円超という巨額の値引きで売却
▼売り手も買い手もその推移を明かそうとしない。安倍総理夫妻は問題化する前には、園児に教育勅語を暗唱させるなど戦前回帰の色濃い同学園の教育を「すばらしい」と褒めていたと昭恵夫人が語っている。夫妻が利用されたのかその逆なのか
▼官僚は総理夫妻とのあうんの呼吸で超安価売買を進めたのか。もはや退任を表明した学園理事長らを国会に呼び詳細をただすしかあるまい。平然と虚言で装い続けた稲田防衛相も追及され、かぶとを脱ぐ。弁護士として同学園に関与したことを全否定してきたが、14日に事実と認め謝罪したのである
▼先の寮歌には「魑魅魍魎(ちみもうりょう=化け物)」を破邪の剣で追い払うという趣旨の歌詞もある。平成の今もその「剣」がほしい。

 2017年  3月  16日 ― 三陸復興国立公園を希望に ―
 東日本大震災後の2013年、陸中海岸公園が三陸復興国立公園の新しい名で再スタートした。以前から三陸という名称を求める声があったが、未曾有の大災害がなければ、今も陸中だったかもしれない
▼そう思うと「復興」と入れられていることに悲哀を感じてしまう。それは名称変更の迅速さと対照的に、津波被災地の復旧・復興が道半ばで、被災直後に抱いていた見通しより随分遅いと感じるからかもしれない
▼当初の見通しの甘さに己が不勉強だったことを恥じるが、いまだ全国で12万を超す人々が避難生活を続けている。それでも不断の復興努力により、自宅再建できない人のための災害公営住宅の建設が本県でもほぼめどが立ち、仮設住宅暮らしから抜け出せる将来も見えてきた
▼しかし6年の歳月は長い。高齢化や亡くなる方もいて、働くために沿岸を出ざるを得なかった就労世代も新天地での生活が長くなればなるほど、清算して故郷に戻ることを難しくさせる。ハード整備が終わった時、被災地の町のにぎわいの核である人がどれほど住み、活力を生み出すか。人口流出や少子高齢化の深刻だった三陸の自治体の地域課題が、大震災とその後の6年で加速してしまった
▼復興が悲哀から希望に転じ一日も早く三陸復興国立公園に見合う地域になることを願う。

 2017年  3月  15日 ― 大谷翔平の3・11 ―
 発災6年目となる3・11の前日、日本ハムの大谷翔平選手(花巻東)は、《自分が被災地を勇気づけられるとは思っていないけど、やれることをしっかりやりたい》(趣意)と語っている
▼投打二刀流の活躍で日本ハムを昨季日本一に押し上げた立役者のこの人は、昨年来の右足首の痛みが回復せずに、日本代表に選出されていたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)も出場を辞退。2軍で調整中だったのである
▼3月に入り完治ではないが容態が落ち着いていることが確認され、栗山監督は11日予定の春季教育リーグ楽天戦に「大谷を起用する」と発表する。3・11という日程には細工はなく、栗山監督も「野球に縁がつきまとうのかな。気が付いたらそうなっていた」と述懐
▼「大谷にはそんな使命がある」と一言を添えた。この監督の思いに彼が応えたのが冒頭に紹介した決意表明だ。11日に千葉県鎌ケ谷市で行われた楽天戦は、大谷選手の今季初実戦でもある。「3番・指名打者」で出場した彼のバットは火を噴く
▼1回1死2塁で立った第1打席では中前適時打を、3回の第2打席では右越え2ランを放つ。この2安打3打点が試合を決めハムは4対2で快勝。報道やネット情報で知り「3・11にU」と絶句し涙を光らせた被災者が少なからずいたのである。

 2017年  3月  14日 ― 政治家と靴 ―
 台風10号の「おんぶ」で問題の自民党の務台俊介代議士が、「それで長靴が売れた」などと口走り、政務官を辞任した。場を持たせようと思ったのかもしれないが、それなら、「長靴の問題での失態は屈辱だった。春は名のみの岩泉だろうが、復興に全力を尽くし、雪辱を期したい」と言えばよかった。
▼政治家と靴の話。達増拓也氏と同志だった頃の平野達男氏に聞いた。「最初に立候補した参院選初日は大雨。靴が濡れないかためらっていたら、達増さんに怒鳴られた。きょうから選挙だ。靴が濡れたらすぐ履き替えたらいい、背広が濡れたら着替えりゃいい、そんなことじゃ勝てないと。貴公子然とした達増さんのイメージが変わった」
▼片や知事、片や復興相になり、今はややこしい間柄になったが、どちらも国会議員として「どぶ板」の皮膚感はきちんと身に付けていた。ちまたで靴をすり減らすほどでなければ、政治家など勤まるまい。
▼務台さんも被災地で長靴を履かずおぶわれるより、むしろ立派な靴で水たまりに入り、大勢のお年寄りをのみ込んだ冷たい水に浸るべきだった。その上で汚れた足でなら、少しそそうになっても誰も怒るまい。
▼ゴム長がなかったばかりに、ご無体な姿をさらした務台さん。ブーツの話で口が滑り、仏の顔も三度まで持たなかった。

 2017年  3月  13日 ― 作家・佐藤愛子の強さ ―
 作家の佐藤愛子さんは93歳の今も、健筆は衰えを見せない
▼随筆でも小説でもとにかく面白い。新著を読み終わると次を待ちわびるファンも多い。ところが14年末にかつての夫と自身をモデルに、青春期から老境までを描いた長編「晩鐘」(文藝春秋社)を刊行した際にはこれで作家の幕を下ろすと表明する
▼多くのファンは高齢だからと得心したらしいが、一部には「愛子先生はまた書きたくなるよ」と予測する人もいたという。それが的中する
▼老作家は気になることを再び書き始めたのだ。90歳卒寿を祝福する周囲の声も歯が浮いて、義理でお礼は言うが内心では「卒寿?ナニがめでてえ!」と憤慨したという。そんな事例を15年半ばから1年間、週刊女性セブンに連載。それをまとめ「九十歳。何がめでたい」(小学館)と題し単行本も出したのだ
▼今年1月にも「それでもこの世は悪くなかった」(文春新書)を出版。2度の離婚、夫の巨額借金に巻き込まれるなど人には悲劇に見えても、幸せに生き抜いてきた佐藤愛子の強さ。その陰には父母や作家仲間らの助言に応じ、すぐ自己修正する彼女の素直さがあった
▼この新書には作家・遠藤周作の「君は男運が悪いんやない。男の運を悪くするんや」など、折々に彼女をハッとさせ目覚めさせた助言が収められている。

 2017年  3月  12日 ― 消える風景を撮影する写真家 ―
 「もと暮らしていた町の様子を思い出すための縁(よすが)は、完全に消失しつつある」。写真家畠山直哉さんは写真集「陸前高田2011−2014」の中で述べる
▼陸前高田は畠山さんの故郷。6年前の3月11日、壊滅的な津波被害を受けた。畠山さんが震災から3年半、故郷に足を運び撮った中から選んだ71点が収められている
▼畠山さんは優れた文筆家でもあり、文頭は写真集のエッセーにある一文から。この中では人物スナップではなく風景写真を撮ることに言及している
▼人物はおろか建物すらわずかの写真群を見ると、畠山さんの写真集の一つ「ライム・ワークス」を思い起こさずにいられない。石灰岩を掘り出す山の風景が、津波浸水地のかさ上げの風景などと重なってしまう
▼震災直後から落ち着き、復旧・復興の進行形の時間では、人物よりも風景描写の方がのちのちに町を考える動機付けになるのではないか。「ライム・ワークス」で掘り出された石灰岩は、多くが離れた都市の構造物に化ける。今の陸前高田では近くの山から削られた土がかさ上げに使われた
▼あしたには消える一瞬の風景を残すこの記録は貴重だ。畠山さんは切実に見たりしたいのは「新しさ」ではなく、ただ「明日」を感じさせるものという。写真の風景はあしたへと動く姿か。

 2017年  3月  11日 ― 「弥生」暗転のあの日 ―
 幾星霜を経ても3・11の重々しさは変わらない。当事者には風化などあり得ないし、この日は悲しみと強く生きる決意とを新たにする人が多い
▼NHKは毎年震災詠を公募し入選作品を放映している。ここでは発災の日にちなみ、昨年7月の最新放映作品の幾つかを読み返してみたい。気仙沼市の後藤善之氏は率直に吐露する。「もう一度会いたき人にもう二度と会えなくなりぬ弥生のあの日」と
▼華やぐ弥生が暗転。大切な人ととわに会えなくなってしまった無念がにじむ。歌の選者でフリーアナウンサーの生島ヒロシ氏も気仙沼出身で、妹夫婦を大津波で亡くしている。氏は後藤氏を訪ね悼みを分かち合ったという
▼後藤氏は大槌町の海辺の高台に篤志家が設置した死者と心で会話をする「風の電話」にも足を運び詠む。「もしもしと語りかけたら『はいはい』と返事したがに風の電話は」と。悲涙を浮かべ会話をしたのであろう
▼一方、警察官らによる行方不明者捜索は今も続く。岩手県警の舘洞嗣雄氏(北上市)はつらい場面を歌にする。「これ以上拭へませんと涙ぐむ部下に少女の納棺命ず」と。京都府の鯵本ミツ子さんは「原発事故避難生活除染作業フレコンバッグふるさとよいつ?」と生まれ故郷福島を案じる
▼6年目も多くの被災者が仮設や避難先で迎えている。

 2017年  3月  10日 ― 知事選に見る政治家の出処進退 ―
 今月告示の秋田県知事選は3選を目指す現職の佐竹敬久知事に対して、8年も前の前職の寺田典城さんが立候補する。新たに知事のいすを狙う意欲も、政党や県民が推したい人も、秋田には無いのだ。岩手県のように20年以上政争に明け暮れ、累々たるありさまになったのもつらいが、隣県の現実はちょっと悲しい。
▼2年半前の滝沢市と雫石町の首長選でも、一度任期をまっとうした元職が出直して出馬したことがあった。現職時代は仕事ができて、下野してなお人望はあったが、やはり有権者の信任を得るのは難しかった。政治家の出処進退は重い。
▼知事だった寺田さんが、あるとき盛岡でラジオ出演した。なかなか面白い話なので取材して帰り際、走って追いかけてきた。「あなた、お金落としたよ」と、百円玉を握りしめて。
▼そんなドジで知事をわずらわせて恐縮したが、受け取った手は温かく、横手の素封家に何代がかりで醸し出された人柄が、じわり伝わった。ワンコインで親しめる知事もいいなと。
▼わんこと言えば秋田犬のハチ公。いなくなったあるじを探し、何度も駅に出直す姿が世界の胸を打った。寺田さんの出直しも未練にあらず、無投票を避けて一票を与えようとする県民への忠信と、喝であると信じたい。「秋田のあるじはいぬのか!」と。

 2017年  3月  9日 ― 森友学園に国有地売却の闇 ―
 5日の自民党大会では党総裁の任期を「連続3期9年まで」に改定。安倍総理総裁は長期政権への視野を開く。だが今夏の都議選も厳しく油断はできない
▼今国会でも大阪の森友学園への国有地売却問題が火を噴き追及を浴びている。同学園に対し鑑定評価額を8億円超も下回る価格で売却したから、国民の間にも「裏に何かあるぞ」という疑惑が広がっている。国会では大物議員が介在していないかという直球質問も出ている
▼政官業絡みの贈収賄を疑う声もある。そんな折に浮上したのが学園理事長の指示で、幼稚園児にまで教え込む戦前回帰思想だ。幼児たちが難しい漢字が多い「教育勅語」を大きな声で朗唱する映像がテレビでも紹介された。園側は愛国心や道徳心などを育むためと説明している
▼保守系議員の中には波長が合う人がいよう。自民党憲法改定草案にも似た表現がある。学園理事長は安倍総理夫妻の支援を狙ったのか。運動会では園児たちに「安倍首相がんばれ!安保法制国会通過、よかったです!」などと叫ばせている
▼昭恵夫人は頼まれて2度も講演。学園の教育方針は素晴らしいと褒めている。開校予定小学院の名誉校長にも就任(後に辞退)。「安倍晋三記念小学校」と院の命名案も大書されていた。請託はにおい超値引きは現実で真相は見えない。

 2017年  3月  8日 ― 離職する選択も評価される社会 ―
 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズは1960年代東京の下町が主舞台。郷愁ある再現映像と人情味ある下町の営みが魅力となっている。64年東京五輪開催を控えた頃から五輪後までを描く。経済成長の時期であり、東京タワーの建設と五輪で人々に高揚感がみなぎっていた
▼それから半世紀が過ぎ2020年東京五輪へ向かう首都。成熟しスカイツリーの建つ東京に60年代の高揚感は求めるべくもない。がむしゃらに仕事をした時代とでは仕事や私生活に対する考え方が大きく変わっている
▼映画で青森からの集団就職で下町の自動車修理工場に勤めた少女の六子役だったのが、芸能界を引退した堀北真希さん。結婚して第1子が誕生、家族の生活を大切にするという。芸能人の引退と言えば、この映画に出演した三浦友和さんの妻(山口)百恵さん。スーパースター百恵さんの選択に対し賛否ともに多く聞かれた
▼一億総活躍社会や働き方改革、政党の女性候補擁立などは少子高齢化の国で多様な人材を生かす方向性から出た。就業における女性の環境改善を進める施策は当然だろう。と同時に結婚や出産を機に離職する生き方を選んだ女性が働かないことに肩身の狭い思いをしたり非難されたりしないよう、多様な価値観を認める社会醸成も欠いてはならない。

 2017年  3月  7日 ― 大震災の語り部たち ―
 「語り部」というと遠野に伝わる民話を語る人がまず浮かぶ。時間的に過去のことを現在の人に伝えるのも「語り部」だ
▼一方、近年目立つが災害被災者が体験や教訓を、被災経験のない地域の人に空間的に伝えるのもまた語り部である。昨春には宮城県三陸町で「教訓を未来へ語り継ぐ」とのテーマを掲げ「全国被災地語り部シンポジウム」を開催している
▼阪神淡路、東日本、熊本などの被災地語り部が参加して語り合った。防災減災への教訓を学び合うこの試みは好評で、今年も先月末に兵庫で第2回シンポジウムを催した。基調講話では元神戸大学教授の五百旗頭真氏が、阪神大震災で自宅が全壊した体験を披露
▼家族は広島の知人が快く疎開させてくれ、勤務の合間に様子を見に行くと小1の娘が、近所のお姉さんに守られ足を弾ませ登校する姿を目にし思わず涙したという。「神戸は独りぼっちではない。広島のいや全国の人たちが支えてくれている」と、氏は深い感動を語り部風に述べている
▼各地では若い語り部も活躍している。東松島の3人の高校生は昨春、小5で被災して以来の体験をつづり「16歳の語り部」(ポプラ社)を出版した。大津波に流される大人が助けを求めて伸ばした手をつかめなかった自分。その心の葛藤など胸を打つ語りを満載している。

 2017年  3月  6日 ― 東南アジアに岩手の商機 ―
 盛岡市のラーメン店の柳家がベトナムに進出し、岩手町のアンドファームと経産省採択事業で農業と食のビジネスを展開している。初めて天皇皇后両陛下を迎えたベトナムには、先ごろ達増知事も訪れ、経済発展たくましい。
▼漢字では越南と書く。中国にならい朝鮮半島、日本、沖縄は、漢字とそれに伴う文明や風俗習慣が入り、帝王の即位する王朝があった。ベトナムも同じく李朝、陳朝、阮朝など歴代の興亡があり、他の東南アジア諸国のインド文化圏とは一線を画する。
▼そこにラーメンで進出するのは面白い。ラーメンはもとより和製の中華風そばで、中国大陸の麺とかなり違う。ハノイで食べるラーメンは、日本経由の中華味ということになる。フランス統治やベトナム戦争時代は洋食が発展し、社会主義下でも味にうるさい国柄だ。麺どころ盛岡の外食が勝負するには、うってつけだろう。
▼隣国カンボジアには盛岡市の古着のドンドンアップが進出するなど、岩手のビジネスモデルによるASEAN市場の開拓は、実にベンチャーな夢がある。ベトナム進出には県も大きな関心を寄せる。
▼両国が参加するはずのTPPはどうなるか分からない情勢だが、日越経済の交流と発展のためにも、柳家のチャレンジに期待したい。何しろ越南だけに、コシのある麺で。

 2017年  3月  5日 ― ベトナムで日本兵家族励ます両陛下 ―
 第2次大戦下のベトナムはフランスの植民地だった
▼そのベトナムには仏軍と戦うため、約8万人の日本軍が進駐していたが終戦で大半が撤収。600人ほどが残留したが半数が仏軍との戦いで落命したという。生存兵士はその後もベトナムを支援する
▼日本兵は「新ベトナム人」と呼ばれこの国に溶け込み、現地の女性と結婚した兵士も多い。だがベトナム国内の南北対立の激化を背景に、日本への帰国を急ぐ兵士の動きも目立つようになる。ところが米軍の内戦介入が始まり親米国日本行き認可が厳しくなる
▼特に家族同伴が認められなくなる。夫が妻に「出張だよ」と言い帰国したまま戻らない事例も起き多くの家族が引き裂かれていく。必死で子育てをした母たちも今は高齢である。天皇、皇后両陛下は先月28日から国賓として招かれこのベトナムを初訪問されている
▼国内外を問わず苦しみ悲しむ人を温かく励まされる両陛下は、ベトナムでも2日に滞在先ホテルに元日本兵の家族15人を招かれている。天皇陛下は「皆さん、くれぐれもお元気で」と声をかけ、皇后さまは年老いた母たちの手を握り「長い間ご苦労さまでした」とねぎらわれた
▼「お心をお寄せいただいて」と涙をあふれさせ感謝を述べる母もいた。ご高齢の両陛下の日々のご健勝を祈るばかりである。

 2017年  3月  4日 ― 夜空に仰ぐブルーナさん ―
 女の子の節句にちなんで。先頃、「ミッフィー」生みの親ディック・ブルーナさんが亡くなった。日本では「うさこちゃん」の別名があり、「ハローキティ」と並ぶ世界のキャラクターだ。以前、岩手県立美術館で「ブルーナに学ぶモダン・アートの楽しみ方」が開かれ、釜石市には公認の「ミッフィーカフェ」があり、県民にも愛された。
▼東日本大震災では、ミッフィーの目が大粒の涙をこぼすイラストで、見舞うメッセージが寄せられた。それを見た岩手の子はブルーナさんの国をよく知らなくても、「うさこちゃんは、おらんだ!」と、胸ときめいたろう。それほど無数の小さなハートをつかむのが、うまかった。
▼ハローキティのお友達「キャシー」と、日蘭の間に意匠の件で争いもあったが、震災をきっかけに和解。そんな2011年、高齢のため惜しまれてペンを置いた。
▼デザインを見ると、なぜかキティには口が、ミッフィーには鼻がない。世界には飢えて栄養を口にできず、大気汚染で健康に呼吸ができない子どもたちもいる。震災のときのように愛されるキャラ同士で、これからも悲しい胸を癒やしてほしい。
▼若い頃は欧州の動乱をくぐり、89歳で天に召されたブルーナさん。今ごろは月のウサギの目になって、ブルーな地球を優しく見詰めているのかな。

 2017年  3月  3日 ― うれしいひな祭り ―
 冬でも日課の散歩はしているが、2月後半からは午前11時ごろに歩くことにしている
▼散歩コースには幼稚園がありこの時間帯なら、園児らが声を張り上げ歌う童謡「うれしいひなまつり」を聞くことができるからだ。正規の歌う時間と多少ずれても子どもたちが遊びながら、鼻歌でも歌うように口ずさむ声が聞こえてくる
▼その雰囲気が大人びて見え思わず手を振ってしまうこともある。その歌い方がこちらにも伝染し「♪おはなをあげましょ もものはな〜はるのやよいのこのよきひ なによりうれしいひなまつり」とそらんじながら、歩幅もリズミカルに運びつつ帰路に向かう
▼3月3日の桃の節句は歴史のある旧来の祭事だが、園児らがはつらつと楽しむ姿は清新な今の祝祭だ。一昨日は東京郊外に住み地元幼稚園の年長クラスに通う孫娘から電話があった。年長になってからピアノ教室に通いはじめ、一曲弾けるようになるたびに電話で聞かせられる
▼今回は「おひなさまの歌、覚えたよ。聞いてね」というなり「うれしいひなまつり」を弾き始めた。毎回「上手だね」と褒めると中一の姉が教えたという「ギブ・ミー・マネー(お小遣いちょうだい)」と冗句を言い大笑いして電話を切る愉快な子だ
▼きょうは日本中で「一人の女児」に温かな目が注がれることだろう。

 2017年  3月  2日 ― こずかたの名を全国区に ―
 2月2日に連載が終了した盛岡市先人記念館の「うちまる今昔物語」では、明治になってから一時期、不来方町という町名があったことが紹介されていた。南部氏が三戸から拠点を移した折に盛岡を使いだしたが、ここにはかつて福士氏の不来方城があった。幕藩体制が終わり廃城になった後、わずかな区画だが不来方が復活した
▼不来方をこずかたと読めたのが先か、こずかたを不来方と書くことを知ったのが先か。子どもの頃だったので判然としないが、盛岡で生まれ育った身としては「常識」だ。こずかたを覚えたのは「不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心」の石川啄木短歌だったとは疑いようがない
▼全国に読めない地名は数多い。漢文読み下しのような不来方も、正攻法では崩せない難問。短歌愛好者や啄木ファンなら有名短歌を通じて知っているかもしれないが、広くは浸透していない
▼今年の選抜高校野球に選出された不来方高も新聞を見た全国の大多数が読み方に驚いたのではないか。同高はスポーツや芸術に全国レベルの大会で好成績を残し名を広めてきたが、それでも一般的に不来方という名はなじみが薄い
▼開会式の国歌独唱には同高の竹内菜獅ウんと1日決まった。名前に反して県外から来県が増える呼び水にもと期待したい。

 2017年  3月  1日 ― 東京五輪メダルも都市鉱山で ―
 まだ20世紀だったが、それまでのポケットベルに比べ、携帯電話はあまりにも便利だから、流通初期に急いで買い求めたことを思い出す
▼最初は図体も大きかったが日本のケータイ時代は、形も機能も日進月歩。今や主流のスマートフォンは低年齢児童にまで普及している。海外からは内向き商法と見られながらも独自に多機能、高機能化した製品やサービスを誇っている。老若を問わず新機種が出ると買い替える人も多い
▼ところで買い替えなどによって廃棄された携帯電話や、パソコンなど電子機器には純度の高い金や銀、銅などが含まれている。それらが都会の家や倉庫などにうず高く放置されていることを「宝の山」の意味も添え、「都市鉱山」と呼ぶ
▼近年のオリンピックでは入賞者に贈る金銀銅のメダルを、この宝を精製して作ろうという動きが見られる。金脈のある一般の鉱山で1dを採掘して精製される金はわずか5c。これに対し同じく1dのスマホから精製される金は、その50倍の250cに及ぶ
▼都市鉱山の効率の高さが注目される。2020年東京オリンピック組織委員会は今月1日の理事会で、入賞メダルはパラリンピックも含め都市鉱山で精製すると発表。不用携帯や小型家電などの回収を今年4月から始めるという。国民総参加の機運も高めたい。

2017年 2月の天窓へ