戦時下の盛岡中学   4    増田眞郎(昭和20年卒業生)

鍛錬期間と呼ばれた休み

 学年暦において、学期の期間は始業式から終業式までである。

 夏・冬・春の長期休暇が、1年生(昭和16年度)の冬から鍛練期間という名前で呼ばれるようになったことは、注目に値する。それを除けば、2年生までは特記することはないであろう。

 3年生1学期の臨時試験は、当初5月27日から31日までの予定であったが、27日午後高松の池にて敵前渡河の演習があり、その見学に行ったため、日程を1日ずつ繰り下げ、28日は平常授業、29日より臨時試験が再開された。

 また1学期の学期末試験も、7月16日から21日までの予定であったが、16日のみ実施したところで学徒動員令の通達があり、その強制力によって試験は後日に延期され、17日・19日の2日間、大志田に熊笹の実の採集に出かけた。20日は学校において講演を2時間聞いて下校、試験は21日に再開された。

 4年生のときは1学期のみ試験があったが、7月6日は試験のあと4時から、4・5年生は公会堂で行われた坂本海軍人事部長の講演会に出たため、翌7日は平常授業、8・9日に再度試験が行われた。

 ちなみに、この9日は日曜日であった。その後20日より急に松尾鉱山動員が決まって出動、1カ月間で帰校したのち、9月16日まで断続的に授業があった。その後10月からは平塚に動員されたので、学年暦らしいものは考えられなくなった。

 9月17日から27日までの学校におけるわたしたちの行動について記録がない(わたしはこの間滑空訓練のため学校を離れていた)が、9月16日が、学科の授業を受けたことを明確に記録している最後の日となっている。 (つづく)


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